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26章 禁じられた魔術
343. 治癒してデートは続行
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「我が君、死臭と薬品の臭いがしますぞ」
フェンリルの鼻は遠くの獲物を捕らえるため敏感だ。彼が死体の臭いだと断言するなら、間違いはないだろう。眉をひそめて、リリスから受け取った小人を覗き込んだ。
「呼吸してるようだが……」
時折咳き込みながらも、小人は呼吸を続ける。どう見ても死体ではなかった。じっと見つめたあと、2つの解決策を思いつく。できれば後者を選んで欲しいのだが……。
「リリス。この小人を助ける方法が2つあるから、よく聞いて選んでくれ。ひとつ目はこのまま帰って、ルキフェルに預ける。ふたつ目はこの場で治癒してみる。どうする?」
選択肢が複数ある時、選んで欲しい選択肢を後ろにする。絶対に選ばれたくない面倒くさい案を最初に提示し、相手の選択肢を後半へ引っ張る心理戦だった。ルシファーとしては小人を見殺しにする気はないが、せっかくリリスと2人きり(この場合のヤンは1匹換算)でデート中なのだ。出来るならまだ帰りたくない。
じっと見つめたあと、リリスは手の中の小人に視線を落とした。
「治癒して、治ったら考えるんじゃダメ?」
「リリスが出した答えなら、オレはそれでいいぞ」
治癒の魔法陣を描いてふと気づく。魔力の量に調整しないと、小人の身体が耐えられないかもしれない。魔法陣の中に新しい文様を書き足した。古代の魔法文字だが、魔力量を必要最小限に抑える記号として使われてきた。それを織り込んで、手のひらの上で展開させる。
ぼんやりと光った後、ゆっくりと小人が身を起こした。
「……大丈夫そうだな」
ほっとする。魔力を流しすぎてパンクしなかったことに安堵した。失敗して「パパの役立たず」なんてリリスに罵られたら、たぶん立ち直れない衝撃を受けただろう。
手のひらの上に座った小人は小首をかしげ、それから立ち上がろうとしてぺたんと座り込んだ。まだ回復度合いが足りないのか。もう一度弱い魔法陣で治癒を重ねてみる。
「パパ、この子……足が具合悪いんじゃないかしら」
「どれどれ」
顔を突き合わせて、小さな足を眺める。確かに身体の大きさの割に、奇妙なほど足が細かった。その足には鱗に似た模様があり、背中に小さな昆虫に似た羽がある。そのバランスは妖精に近いが、明らかに歪だった。
一言で言えば『自然界の法則に反して』いるのだ。
魔族にとって、羽は体内から溢れた魔力が顕現した象徴だった。つまり魔力が弱い種族は最初から翼をもたない。それはシトリーのような鳥人族であっても同様に適用される、いわば世界のルールだった。この小人の魔力はアルラウネの葉1枚程度の量で、魔物や魔族に分類されるか難しい。
微小な魔力量もさることながら、羽の付け根が弱く羽ばたく動きがぎこちなかった。まるで後から付けたパーツのように、違和感が過る。
「羽も不自然だ」
眉をひそめたルシファーの手から小人を受け取ったリリスが、おどおどする小人に微笑みかけた。ゆっくり指先で頭を撫でると、小人は笑う仕草を見せる。しかし声は一切発しない。声帯を持たない種族か、または心話など別の会話手段を持つ可能性があった。
「パパ、お茶にしましょう」
ルシファーが用意したお茶に気づいて、リリスが先に立って歩き出す。その手のひらの小人を落とさないよう、細心の注意を払って歩く少女が敷物の上に腰を下ろした。大量のクッションを周囲に置いて、リリスの座り心地が良いよう整えたルシファーが隣に座る。
ぐるりと回り込んだヤンは小型犬サイズのまま、ルシファーの足元に寝そべった。お茶を淹れて手渡そうとして、小人の存在に気づいたルシファーが周りを見回す。
「リリス、このお皿に小人を置くといい」
本来はカップのソーサーなのだが、少し縁が持ち上がった小皿はちょうどいい大きさだった。花柄のカラフルなソーサーに、同柄のカップではなく小人が降ろされる。
「小人さん、何を食べるのかしら?」
普段は世話を焼かれる側のリリスは、世話を焼くことが嬉しいようだ。焼き菓子の端を指先で砕いて、脅かさないようにソーサーの縁に置いた。おどおどした態度は変わらないものの、食べ物に近づいて匂いをかぎ、小人は砕けた欠片を口に押し込む。
パンパンになるほど頬張る姿に、ルシファーと顔を見合わせた。
フェンリルの鼻は遠くの獲物を捕らえるため敏感だ。彼が死体の臭いだと断言するなら、間違いはないだろう。眉をひそめて、リリスから受け取った小人を覗き込んだ。
「呼吸してるようだが……」
時折咳き込みながらも、小人は呼吸を続ける。どう見ても死体ではなかった。じっと見つめたあと、2つの解決策を思いつく。できれば後者を選んで欲しいのだが……。
「リリス。この小人を助ける方法が2つあるから、よく聞いて選んでくれ。ひとつ目はこのまま帰って、ルキフェルに預ける。ふたつ目はこの場で治癒してみる。どうする?」
選択肢が複数ある時、選んで欲しい選択肢を後ろにする。絶対に選ばれたくない面倒くさい案を最初に提示し、相手の選択肢を後半へ引っ張る心理戦だった。ルシファーとしては小人を見殺しにする気はないが、せっかくリリスと2人きり(この場合のヤンは1匹換算)でデート中なのだ。出来るならまだ帰りたくない。
じっと見つめたあと、リリスは手の中の小人に視線を落とした。
「治癒して、治ったら考えるんじゃダメ?」
「リリスが出した答えなら、オレはそれでいいぞ」
治癒の魔法陣を描いてふと気づく。魔力の量に調整しないと、小人の身体が耐えられないかもしれない。魔法陣の中に新しい文様を書き足した。古代の魔法文字だが、魔力量を必要最小限に抑える記号として使われてきた。それを織り込んで、手のひらの上で展開させる。
ぼんやりと光った後、ゆっくりと小人が身を起こした。
「……大丈夫そうだな」
ほっとする。魔力を流しすぎてパンクしなかったことに安堵した。失敗して「パパの役立たず」なんてリリスに罵られたら、たぶん立ち直れない衝撃を受けただろう。
手のひらの上に座った小人は小首をかしげ、それから立ち上がろうとしてぺたんと座り込んだ。まだ回復度合いが足りないのか。もう一度弱い魔法陣で治癒を重ねてみる。
「パパ、この子……足が具合悪いんじゃないかしら」
「どれどれ」
顔を突き合わせて、小さな足を眺める。確かに身体の大きさの割に、奇妙なほど足が細かった。その足には鱗に似た模様があり、背中に小さな昆虫に似た羽がある。そのバランスは妖精に近いが、明らかに歪だった。
一言で言えば『自然界の法則に反して』いるのだ。
魔族にとって、羽は体内から溢れた魔力が顕現した象徴だった。つまり魔力が弱い種族は最初から翼をもたない。それはシトリーのような鳥人族であっても同様に適用される、いわば世界のルールだった。この小人の魔力はアルラウネの葉1枚程度の量で、魔物や魔族に分類されるか難しい。
微小な魔力量もさることながら、羽の付け根が弱く羽ばたく動きがぎこちなかった。まるで後から付けたパーツのように、違和感が過る。
「羽も不自然だ」
眉をひそめたルシファーの手から小人を受け取ったリリスが、おどおどする小人に微笑みかけた。ゆっくり指先で頭を撫でると、小人は笑う仕草を見せる。しかし声は一切発しない。声帯を持たない種族か、または心話など別の会話手段を持つ可能性があった。
「パパ、お茶にしましょう」
ルシファーが用意したお茶に気づいて、リリスが先に立って歩き出す。その手のひらの小人を落とさないよう、細心の注意を払って歩く少女が敷物の上に腰を下ろした。大量のクッションを周囲に置いて、リリスの座り心地が良いよう整えたルシファーが隣に座る。
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パンパンになるほど頬張る姿に、ルシファーと顔を見合わせた。
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