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26章 禁じられた魔術

341. 馬耳東風のストーカー

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 お天気はやや曇り。晴天ではないが過ごしやすい気温だ。最近は少女達と行動するリリスと一緒にいられる時間が少なかったヤンは、小山程の大きさで城門前で待っていた。

「おはよう、ヤン」

 アデーレを従えたリリスが現れると、尻尾がちぎれんばかりに振られる。フェンリルの巨大な尾が竜巻を作り出し、少し離れた魔の森の木々が大揺れした。数本は枝がちぎれ飛んでいく。

「おはようございます。姫様、我が君」

 ぺたんと伏せて上位者への敬意を示したヤンは、城門をちらりと見てから背を向けた。背中に飛び乗ったリリスに続いて、ルシファーも久し振りに毛皮に跨る。下からアデーレが差し出すバスケットを受け取り、リリスは笑顔で手を振った。

「アデーレ、行ってくるわ」

「行ってらっしゃいませ、リリス様」

 普段なら城門前の丘の手入れをしているエルフの姿は見えない。昨夜のキマイラ騒動で折れた噴水や、ルーサルカが操った薔薇の手入れに追われているのだろう。アスタロトによる尋問……ではなく、詰問……じゃなくて、聴取? が終われば、植物関連の魔法が得意な彼女も手伝いに駆り出されるはずだ。

 他の者が働いているのに出掛けるのは、多少気が引ける。しかし昨夜頑張ったリリスのご褒美なので、彼女を後ろから抱き締め、ルシファーはヤンの毛皮に埋もれていた。

「後は任せる」

「はい、承りました」

 城門前に見送りに来たベールに挨拶を済ませると、ヤンはすくっと立ち上がって駆け出した。魔法で風を防いであるが、何もなければ転がり落ちそうな速度だ。見る間に魔王城が森に飲み込まれ、前後左右どこを見ても魔の森になった。

 少しすると、ヤンが速度を落としてゆっくり駆け足程度になる。

「ピヨに見つかると厄介ですからな。今日はアラエルに預けてまいりました」

 なんだかんだ母親代わりをしているが、本来は同族と暮らした方がピヨのためだ。どんなに慕って懐いたとしても、ヤンは種族が違う。空の飛び方を教えてやることは出来ないし、餌の取り方、巣作りの方法もまったく別だった。

「アラエルに飛び方を習っているのよね」

「はい、ようやく音速が出るようになったと」

 音速で飛ぶ必要性がよくわからないが、鳳凰の能力的に必要なのだろう。にこにこと笑顔で聞き流すルシファーの腕の中で、リリスがごそごそ動き出した。

 今日の彼女はシンプルなワンピース姿だ。動きやすさを重視した格好ながら、オフホワイトのブラウスはフリルが多めだし、紺のエプロンワンピは赤い縁飾りがアクセントになっていた。黒髪をポニーテールにして、さらに三つ編みにしている。上を赤いリボンで飾ったのは、服に合わせたのだろうか。

「今朝はね、久しぶりにプリンも作ったのよ」

 動いていたリリスは、どうやら向きを変えたかったらしい。後ろ抱きの姿勢から、向き合う形に座り直す。そのままぎゅっと抱き着いてくるから、可愛すぎて腕に閉じ込めた。

「可愛いお姫様、どこでこんな仕草を覚えるの?」

「覚えたんじゃなくて、考えたの」

 得意げなリリスを抱き締めて、耳元で「今日の恰好も可愛くて似合ってる。この間読んでいた小説のお嬢さんみたいだ」と囁く。エプロンをした少女が出てくる小説には、愛らしい、可愛らしいと何度も表現されていた。

 リリスが読んだ本はすべて目を通すルシファーの行動が、最近ストーカーじみていると側近達は心配している。しかし当の本人は何が悪いのか理解せず、対象となったリリスも「パパと本のお話ができるわ」と喜ぶ有様で注意も馬耳東風ばじとうふうだった。

 いざとなれば数年眠らなくても平気な体質なので、魔王の暴走と溺愛は深まる一方だ。リリスが眠った後で明け方まで顔を眺めていたり、書類処理の合間にドレスのデザインを検討していたり、その愛情は収まる気配がなかった。

 ちなみにルシファーは早朝から薔薇の庭へ向かい、昨夜倒されたキマイラの頭と胴体の肉の一部を受け取ってきた。山羊の角が一部欠けていたが、戦闘中に折れたのかもしれない。リリスは何も言わなかったが、突然「湖がみたい」と言い出したのは、彼女なりの見送りだろう。

 討伐されたキマイラの処分方法は決まっている。食べられる部分は魔物や魔獣に分け与えて、生態系に戻してやり、残された骨や皮は大地に埋め水に沈め、いずれ自然の流れに還れるように手助けするのだ。かねてからの埋葬方法に従い、キマイラの一部を持ち出した。

「湖ですぞ」

 ヤンの速度がさらに落ちて、木々の間を抜けた巨体が音もなく飛び出す。湖の前は緩やかな斜面がひらけており、美しい花畑が広がる。見覚えのある景色に、リリスは首をかしげた。
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