343 / 1,397
26章 禁じられた魔術
340. 疲れた少女は眠りに落ちる
しおりを挟む
リリスの黒髪を丁寧に洗ったあと、背中を流してもらった魔王ルシファーは湯船でお姫様を膝に乗せていた。わずか数年で成長していくリリスを見守るのが楽しい反面、このままでは一緒にいられる時間が短いのではないかと不安に駆られる。
寿命問題はルキフェルが真剣に研究中なので任せるとして、今後の予定を組み立てていく。レライエが見つけた、キマイラの生産地と思われる北の小川は調べる必要があった。目撃情報が魔の森の北部に集中したのも、もしかしたら誘導された可能性がある。
この辺の調査は魔王軍の管轄になるので、ベールが動いただろう。少女達から明日話を聞くのはアスタロトが担当する。ベルゼビュートが暇そうだから、北の小川のほとりに住む小屋へ向かわせるとして……。
「……することがないな」
「パパは明日暇なの?」
「うーん、毎日の書類だけだぞ」
敵が見つかればルシファーが動くが、特に来客予定もないし、明日の予定は空白に近かった。簡易的な竹の髪留めで黒髪をアップにしたリリスは、背中から抱っこするルシファーを振り返る。
「明日は皆がアシュタに呼ばれてるから、リリスは時間が余るの。ヤンを連れて湖に行きたいわ! パパも一緒に行きましょうよ」
考えるまでもなく、可愛い愛娘からのお誘いである。ルシファーに断る選択肢はなかった。にっこり笑って同意する。
「お昼頃にでるか?」
「もう少し早く行きたいわ。久しぶりにヤンの上に乗っていくのよ」
どうやら彼女の中で、ヤンは乗り物分類らしい。くすくす笑いながら「構わない」と許可を与えた。ヤンの毛皮に包んで育てたせいか、リリスはヤンを家族のように接する。獣人でもない獣姿しか見せない灰色魔狼との交流は、他種族認識にかなり影響を与えていた。
半透明の妖精でも、鱗を持つリザードマンや植物の形をしたアルラウネに対しても、リリスは同じように声をかけて手を伸ばす。獣耳や角、蛇の尻尾があっても、彼女にとって魔族は同じ分類だった。
だから興味を持って問うことはあっても、差別や区別の対象にならない。角、鱗、蛇尾など女性が悲鳴を上げる特徴を、リリスは『個性』の一言で片づけてきた。
「ピヨとアラエルはどうする?」
「門番のお仕事があるから置いていくけど、もしピヨが来たら大変ね」
ピヨが母親代わりのヤンについて来たら、アラエルは仕事を放り出して番を追うだろう。ピヨが城門に残ってくれたらいいのだが。そんなことを考えながら、真っ赤になったリリスの項に唇を寄せる。ちゅっと音を立ててキスして、のぼせかけた少女を抱き上げた。
「これ以上入ってると、茹だってしまうな」
魔法で乾かしてから、子供の頃と同じようにふかふかのタオルで包んだ。数枚の薔薇の花びらがリリスの肌に貼りついている。薄い寝間着を着せて、湯冷めしないようガウンを羽織らせた。
「さあ、お姫様。お肌の手入れをしておいで」
ここから先は待ちかねていたアデーレの役目だ。ドワーフが作った薔薇の彫刻が美しい鏡台の前に座らせた。侍女長になってからもリリスの専属であるアデーレは、エルフ特製のオイルを使った木製の櫛で黒髪を梳いていく。手慣れた彼女の乳白色の柔らかな手のひらが、顔や首筋から手足に至るまで保湿用のハーブ水を塗りこんだ。
「リリス様?」
鏡台の前に座ったままのリリスに声をかけ、眠っている少女に微笑みかける。少し離れたベッドの上で髪を乾かしていたルシファーに目配せすると、立ち上がった魔王の腕に少女を譲った。そのまま物音を立てずに部屋を辞す。
「さすがに今夜は疲れたな。おやすみ、リリス」
ベッドに横たえ、シルクの上掛けを被せる。ひんやりする肌触りに身を竦めたリリスを抱き寄せながら、ルシファーは隣に滑り込んだ。
今夜はいろいろあった。リリスにとって特別な一日だったに違いない。彼女の活躍を思い浮かべながら、提案された明日の予定に頬を緩めた。
腕枕された少女が胸元で純白の髪を握って引き寄せる。幼い頃から変わらぬ仕草が愛しくて、ルシファーは見守りながら夜を明かした。
寿命問題はルキフェルが真剣に研究中なので任せるとして、今後の予定を組み立てていく。レライエが見つけた、キマイラの生産地と思われる北の小川は調べる必要があった。目撃情報が魔の森の北部に集中したのも、もしかしたら誘導された可能性がある。
この辺の調査は魔王軍の管轄になるので、ベールが動いただろう。少女達から明日話を聞くのはアスタロトが担当する。ベルゼビュートが暇そうだから、北の小川のほとりに住む小屋へ向かわせるとして……。
「……することがないな」
「パパは明日暇なの?」
「うーん、毎日の書類だけだぞ」
敵が見つかればルシファーが動くが、特に来客予定もないし、明日の予定は空白に近かった。簡易的な竹の髪留めで黒髪をアップにしたリリスは、背中から抱っこするルシファーを振り返る。
「明日は皆がアシュタに呼ばれてるから、リリスは時間が余るの。ヤンを連れて湖に行きたいわ! パパも一緒に行きましょうよ」
考えるまでもなく、可愛い愛娘からのお誘いである。ルシファーに断る選択肢はなかった。にっこり笑って同意する。
「お昼頃にでるか?」
「もう少し早く行きたいわ。久しぶりにヤンの上に乗っていくのよ」
どうやら彼女の中で、ヤンは乗り物分類らしい。くすくす笑いながら「構わない」と許可を与えた。ヤンの毛皮に包んで育てたせいか、リリスはヤンを家族のように接する。獣人でもない獣姿しか見せない灰色魔狼との交流は、他種族認識にかなり影響を与えていた。
半透明の妖精でも、鱗を持つリザードマンや植物の形をしたアルラウネに対しても、リリスは同じように声をかけて手を伸ばす。獣耳や角、蛇の尻尾があっても、彼女にとって魔族は同じ分類だった。
だから興味を持って問うことはあっても、差別や区別の対象にならない。角、鱗、蛇尾など女性が悲鳴を上げる特徴を、リリスは『個性』の一言で片づけてきた。
「ピヨとアラエルはどうする?」
「門番のお仕事があるから置いていくけど、もしピヨが来たら大変ね」
ピヨが母親代わりのヤンについて来たら、アラエルは仕事を放り出して番を追うだろう。ピヨが城門に残ってくれたらいいのだが。そんなことを考えながら、真っ赤になったリリスの項に唇を寄せる。ちゅっと音を立ててキスして、のぼせかけた少女を抱き上げた。
「これ以上入ってると、茹だってしまうな」
魔法で乾かしてから、子供の頃と同じようにふかふかのタオルで包んだ。数枚の薔薇の花びらがリリスの肌に貼りついている。薄い寝間着を着せて、湯冷めしないようガウンを羽織らせた。
「さあ、お姫様。お肌の手入れをしておいで」
ここから先は待ちかねていたアデーレの役目だ。ドワーフが作った薔薇の彫刻が美しい鏡台の前に座らせた。侍女長になってからもリリスの専属であるアデーレは、エルフ特製のオイルを使った木製の櫛で黒髪を梳いていく。手慣れた彼女の乳白色の柔らかな手のひらが、顔や首筋から手足に至るまで保湿用のハーブ水を塗りこんだ。
「リリス様?」
鏡台の前に座ったままのリリスに声をかけ、眠っている少女に微笑みかける。少し離れたベッドの上で髪を乾かしていたルシファーに目配せすると、立ち上がった魔王の腕に少女を譲った。そのまま物音を立てずに部屋を辞す。
「さすがに今夜は疲れたな。おやすみ、リリス」
ベッドに横たえ、シルクの上掛けを被せる。ひんやりする肌触りに身を竦めたリリスを抱き寄せながら、ルシファーは隣に滑り込んだ。
今夜はいろいろあった。リリスにとって特別な一日だったに違いない。彼女の活躍を思い浮かべながら、提案された明日の予定に頬を緩めた。
腕枕された少女が胸元で純白の髪を握って引き寄せる。幼い頃から変わらぬ仕草が愛しくて、ルシファーは見守りながら夜を明かした。
23
お気に入りに追加
4,943
あなたにおすすめの小説
【完結】聖女と結婚ですか? どうぞご自由に 〜婚約破棄後の私は魔王の溺愛を受ける〜
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264)
「アゼリア・フォン・ホーヘーマイヤー、俺はお前との婚約を破棄する!」
「王太子殿下、我が家名はヘーファーマイアーですわ」
公爵令嬢アゼリアは、婚約者である王太子ヨーゼフに婚約破棄を突きつけられた。それも家名の間違い付きで。
理由は聖女エルザと結婚するためだという。人々の視線が集まる夜会でやらかした王太子に、彼女は満面の笑みで婚約関係を解消した。
王太子殿下――あなたが選んだ聖女様の意味をご存知なの? 美しいアゼリアを手放したことで、国は傾いていくが、王太子はいつ己の失態に気づけるのか。自由に羽ばたくアゼリアは、魔王の溺愛の中で幸せを掴む!
頭のゆるい王太子をぎゃふんと言わせる「ざまぁ」展開ありの、ハッピーエンド。
※2022/05/10 「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過
※2021/08/16 「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過
※2021/01/30 完結
【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう
【完結】聖獣もふもふ建国記 ~国外追放されましたが、我が領地は国を興して繁栄しておりますので御礼申し上げますね~
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
婚約破棄、爵位剥奪、国外追放? 最高の褒美ですね。幸せになります!
――いま、何ておっしゃったの? よく聞こえませんでしたわ。
「ずいぶんと巫山戯たお言葉ですこと! ご自分の立場を弁えて発言なさった方がよろしくてよ」
すみません、本音と建て前を間違えましたわ。国王夫妻と我が家族が不在の夜会で、婚約者の第一王子は高らかに私を糾弾しました。両手に花ならぬ虫を這わせてご機嫌のようですが、下の緩い殿方は嫌われますわよ。
婚約破棄、爵位剥奪、国外追放。すべて揃いました。実家の公爵家の領地に戻った私を出迎えたのは、溺愛する家族が興す新しい国でした。領地改め国土を繁栄させながら、スローライフを楽しみますね。
最高のご褒美でしたわ、ありがとうございます。私、もふもふした聖獣達と幸せになります! ……余計な心配ですけれど、そちらの国は傾いていますね。しっかりなさいませ。
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
※2022/05/10 「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過
※2022/02/14 エブリスタ、ファンタジー 1位
※2022/02/13 小説家になろう ハイファンタジー日間59位
※2022/02/12 完結
※2021/10/18 エブリスタ、ファンタジー 1位
※2021/10/19 アルファポリス、HOT 4位
※2021/10/21 小説家になろう ハイファンタジー日間 17位
【完結】聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。
みやこ嬢
恋愛
「ルーナ嬢、神聖なる聖女選定の場で不正を働くとは何事だ!」
魔法国アルケイミアでは魔力の多い貴族令嬢の中から聖女を選出し、王子の妃とするという古くからの習わしがある。
ところが、最終試験まで残ったクレモント侯爵家令嬢ルーナは不正を疑われて聖女候補から外されてしまう。聖女になり損なった失意のルーナは義兄から襲われたり高齢宰相の後妻に差し出されそうになるが、身を守るために侍女ティカと共に逃げ出した。
あてのない旅に出たルーナは、身を寄せた隣国シュベルトの街で運命的な出会いをする。
【2024年3月16日完結、全58話】
没落貴族と拾われ娘の成り上がり生活
あーあーあー
ファンタジー
名家の生まれなうえに将来を有望視され、若くして領主となったカイエン・ガリエンド。彼は飢饉の際に王侯貴族よりも民衆を優先したために田舎の開拓村へ左遷されてしまう。
妻は彼の元を去り、一族からは勘当も同然の扱いを受け、王からは見捨てられ、生きる希望を失ったカイエンはある日、浅黒い肌の赤ん坊を拾った。
貴族の彼は赤子など育てた事などなく、しかも左遷された彼に乳母を雇う余裕もない。
しかし、心優しい村人たちの協力で何とか子育てと領主仕事をこなす事にカイエンは成功し、おまけにカイエンは開拓村にて子育てを手伝ってくれた村娘のリーリルと結婚までしてしまう。
小さな開拓村で幸せな生活を手に入れたカイエンであるが、この幸せはカイエンに迫る困難と成り上がりの始まりに過ぎなかった。
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~
柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。
家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。
そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。
というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。
けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。
そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。
ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。
それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。
そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。
一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。
これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。
他サイトでも掲載中。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる