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24章 戦後の暴走、ひと騒動
309. 絶対に違うと思うわ
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「おいで」
両手を広げて待つルシファーの顔を見て、リリスはまたイポスの腕の中に戻ってしまう。背の翼を畳んで結界の際で待っていると、ようやくリリスが動き出した。笑みを浮かべたイポスの腕に背を押されて、差し出された腕に飛び込む。
「リリスが来てくれて嬉しいぞ」
「……うん」
彼女が拗ねている理由はわかっている。アスタロトが危ないと忠告したのに、まだ説明の途中だったのに遮られたこと。寝かされてしまったこと。おいて行かれたことだ。どうやって機嫌を取ろうかと考えながら立ち上がり、抱っこしたリリスの頬にキスを落とす。
「ごめんな、リリス。危なかったんだよ」
「……うん」
まだ納得できていないが、ルシファーの言った意味もわかる。素直に頷けないリリスの額や黒髪にキスを降らせると、擽ったいと手で押しのけられた。しょんぼり肩を落とす魔王の後ろで、所在なく膝をついたアスタロトに気づいたリリスが手招きする。
「アシュタ、アシュタ」
「リリスはオレよりアスタロトか?」
足をじたばたさせてアスタロトを手招いたリリスだが、暴走した自分を恥じているアスタロトは身を起こそうとしない。呆れたと溜め息をついたのはルシファーではなく、ベルゼビュートだった。
「早く行きなさいよ!」
腕をつかんで強引に立たせたベルゼビュートに押され、アスタロトは俯いたままリリスの前に立つ。金の髪に手を伸ばしたリリスが、少し躊躇って頭の上に手を置いた。撫でるように左右に動かして、アスタロトに笑いかける。
「いつものアシュタの赤だ」
魔力の色でアスタロトの状態を見たリリスの断言に「よかったな」とルシファーが言葉を重ねる。それから立ち尽くしているアスタロトを引き寄せた。笑いながらアスタロトの髪をかき乱す。
「悩み過ぎると、また暴走するぞ。もっと気楽に構えろ、次も必ず止めてやるから」
約束するように言い聞かせた。最後にぐしゃりと撫でた金髪から手を離し、イポスに向き直る。
「事態は収束したとベールに報告を頼む」
「はっ」
頭を下げたイポスが転移で、王都の丘に戻る。抱っこしたリリスが宝石箱からお菓子を取りだした。最初のひとつをルシファーの口に捻じ込む。チョコレートらしい。二つ目をアスタロトの手に、三つ目をベルゼビュートに渡した。両方とも焼き菓子で、最後のひとつはまたチョコレートだ。
「あーん」
ルシファーの指が摘まんだチョコを、ぽんとリリスの口に入れる。甘いチョコの香りが漂い、ベルゼビュートが顔を近づけた。
「リリスちゃん、あたくしもチョコがいいわ」
「ベルゼ、これはランダムだから」
「ふぅん、いいよぉ」
口に頬張ったチョコで舌ったらずな話し方をするリリスが、宝石箱から取り出したのは飴だった。首をかしげて、もう一度開け閉めする。しかし前の飴が残っているので次のお菓子が出ない。箱から取り出した飴を「あーん」とルシファーの口に押し込んだ。
飴に口をふさがれたルシファーをよそに、今度こそチョコを取り出した。ベルゼビュートに渡して、リリスは後ろのアスタロトに箱を揺らして見せる。
「パパにもらったの!」
「それは……よかった、です、ね……? ちょっと見せてください」
見覚えのある宝石箱に眉をひそめたアスタロトが手を差し出すと、リリスは素直に渡す。びくりと怯えた様子のルシファーはそっと顔を逸らした。急いで口の中の飴を消し去る。
裏返したり中を開けて確認したアスタロトは、一度目を閉じてから大きく溜め息をつく。これは説教の前の一連の動作だ。心当たりがあるルシファーが言い訳する前に、側近は淡々と問いただした。
「あの、これは」
「陛下、こちらの宝石箱は金剛石を刳り貫いて作られた『パンドラの箱』ですね。魔王城の宝物庫内で封印されたはずのこれが、なぜリリス姫の手に? プレゼントなさったのですか? なぜ封印したのか覚えていらっしゃらないのでしたら、この箱に纏わる曰くを最初からご説明しますよ? 数日かかりますが」
早口で一気に詰め寄られ、ルシファーは満足そうに微笑んでアスタロトの肩を叩いた。
「それでこそ余の側近だ。暴走など気にするな。これは命令だぞ」
はっとした顔で「まさかそのために?」と呟いたアスタロトへ、ルシファーは頷かなかった。しかし否定もしない。実際は本当に忘れててプレゼントしただけなのだが、ここは言わない方がいい話で終われる。何も言わずに微笑んで誤魔化す魔王へ、感激した吸血鬼王は深く首を垂れた。
「……絶対に違うと思うわ」
チョコを口の端につけたまま、ベルゼビュートの呟いた一言は核心をついていた。
両手を広げて待つルシファーの顔を見て、リリスはまたイポスの腕の中に戻ってしまう。背の翼を畳んで結界の際で待っていると、ようやくリリスが動き出した。笑みを浮かべたイポスの腕に背を押されて、差し出された腕に飛び込む。
「リリスが来てくれて嬉しいぞ」
「……うん」
彼女が拗ねている理由はわかっている。アスタロトが危ないと忠告したのに、まだ説明の途中だったのに遮られたこと。寝かされてしまったこと。おいて行かれたことだ。どうやって機嫌を取ろうかと考えながら立ち上がり、抱っこしたリリスの頬にキスを落とす。
「ごめんな、リリス。危なかったんだよ」
「……うん」
まだ納得できていないが、ルシファーの言った意味もわかる。素直に頷けないリリスの額や黒髪にキスを降らせると、擽ったいと手で押しのけられた。しょんぼり肩を落とす魔王の後ろで、所在なく膝をついたアスタロトに気づいたリリスが手招きする。
「アシュタ、アシュタ」
「リリスはオレよりアスタロトか?」
足をじたばたさせてアスタロトを手招いたリリスだが、暴走した自分を恥じているアスタロトは身を起こそうとしない。呆れたと溜め息をついたのはルシファーではなく、ベルゼビュートだった。
「早く行きなさいよ!」
腕をつかんで強引に立たせたベルゼビュートに押され、アスタロトは俯いたままリリスの前に立つ。金の髪に手を伸ばしたリリスが、少し躊躇って頭の上に手を置いた。撫でるように左右に動かして、アスタロトに笑いかける。
「いつものアシュタの赤だ」
魔力の色でアスタロトの状態を見たリリスの断言に「よかったな」とルシファーが言葉を重ねる。それから立ち尽くしているアスタロトを引き寄せた。笑いながらアスタロトの髪をかき乱す。
「悩み過ぎると、また暴走するぞ。もっと気楽に構えろ、次も必ず止めてやるから」
約束するように言い聞かせた。最後にぐしゃりと撫でた金髪から手を離し、イポスに向き直る。
「事態は収束したとベールに報告を頼む」
「はっ」
頭を下げたイポスが転移で、王都の丘に戻る。抱っこしたリリスが宝石箱からお菓子を取りだした。最初のひとつをルシファーの口に捻じ込む。チョコレートらしい。二つ目をアスタロトの手に、三つ目をベルゼビュートに渡した。両方とも焼き菓子で、最後のひとつはまたチョコレートだ。
「あーん」
ルシファーの指が摘まんだチョコを、ぽんとリリスの口に入れる。甘いチョコの香りが漂い、ベルゼビュートが顔を近づけた。
「リリスちゃん、あたくしもチョコがいいわ」
「ベルゼ、これはランダムだから」
「ふぅん、いいよぉ」
口に頬張ったチョコで舌ったらずな話し方をするリリスが、宝石箱から取り出したのは飴だった。首をかしげて、もう一度開け閉めする。しかし前の飴が残っているので次のお菓子が出ない。箱から取り出した飴を「あーん」とルシファーの口に押し込んだ。
飴に口をふさがれたルシファーをよそに、今度こそチョコを取り出した。ベルゼビュートに渡して、リリスは後ろのアスタロトに箱を揺らして見せる。
「パパにもらったの!」
「それは……よかった、です、ね……? ちょっと見せてください」
見覚えのある宝石箱に眉をひそめたアスタロトが手を差し出すと、リリスは素直に渡す。びくりと怯えた様子のルシファーはそっと顔を逸らした。急いで口の中の飴を消し去る。
裏返したり中を開けて確認したアスタロトは、一度目を閉じてから大きく溜め息をつく。これは説教の前の一連の動作だ。心当たりがあるルシファーが言い訳する前に、側近は淡々と問いただした。
「あの、これは」
「陛下、こちらの宝石箱は金剛石を刳り貫いて作られた『パンドラの箱』ですね。魔王城の宝物庫内で封印されたはずのこれが、なぜリリス姫の手に? プレゼントなさったのですか? なぜ封印したのか覚えていらっしゃらないのでしたら、この箱に纏わる曰くを最初からご説明しますよ? 数日かかりますが」
早口で一気に詰め寄られ、ルシファーは満足そうに微笑んでアスタロトの肩を叩いた。
「それでこそ余の側近だ。暴走など気にするな。これは命令だぞ」
はっとした顔で「まさかそのために?」と呟いたアスタロトへ、ルシファーは頷かなかった。しかし否定もしない。実際は本当に忘れててプレゼントしただけなのだが、ここは言わない方がいい話で終われる。何も言わずに微笑んで誤魔化す魔王へ、感激した吸血鬼王は深く首を垂れた。
「……絶対に違うと思うわ」
チョコを口の端につけたまま、ベルゼビュートの呟いた一言は核心をついていた。
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