上 下
293 / 1,397
23章 魔王の逆鱗を引っぺがす暴挙

290. 呼ばれざる客の饗宴

しおりを挟む
※多少の残酷表現があります。
***************************************






 パシンっ! 派手な音がして、空間を支配する空気が弾ける。ぽたりと赤い血が滴った。

 ルシファーに内在する魔力を外に出すことが出来ずとも、身体の強化は可能だ。これらは身の内の魔力をそのまま身体に変革をもたらす力として作用する。伸ばした爪で己の手のひらを切り裂いた。伝う血が魔法陣の上に落ちると、膨大な魔力が外へ流れ出す。

 内なる魔力の解放が叶うならば、翼を引き出すこともできるはず。強引に翼を2枚広げると、背を切り裂く痛みが走った。翼の先から赤い血が数滴落ちる。ばさりと広げた翼が、地下室をさらに暗く狭く感じさせた。

「稚拙な罠で、純白の魔王である余を封じられると思ったか?」

 滴る血に命じる。

「顕現せよ、我が眷属ケルベロスよ」

 本来なら武器である死神の鎌デスサイズを呼び出す手順だが、この狭い地下室で身の丈より大きな鎌を振り回すことはできない。そのため、デスサイズを別の形で呼び出したのだ。召喚魔法で他所から呼び寄せるのではなく、身の内に封じた眷属を血を鍵として解放したに過ぎない。

 血が滴る指先に、ぺろりと舌が這う。足元に顕現したのは、デスサイズの別形態である3つの頭がついた犬だった。艶やかな銀の毛皮に金瞳が輝く。美しく禍々しい気配をもつ獣は、目の前の人族に対して唸りをあげた。

「あのモノらをくれてやろう。そなたの好きにするがよい」

 足元の少女達も、腕の中で震える幼き娘も、どちらも守らねばならぬ。この状況で自らが切り込む必要はなかった。結界が使えぬなら、己の身を盾にすればよい。そう考えるルシファーの口元が弧を描いた。

「しね、魔王!!」

 定番のセリフで動いたのは、勇者と称する青年だった。輝く鎧で身を固めた彼の剣が振り下ろされるのを、ルシファーは避けない。避ける必要はなかった。

 がうううっ! 飛び掛かった銀犬の頭が剣を噛んで止める。その間に残った頭のひとつが炎を吐いた。身の内で錬成する炎は魔力を源泉としていても、魔法ではない。魔法を封じる魔法陣の影響は受けなかった。

「ぐぁああっ」

 剣を離さない手を高温で焼かれた勇者の苦痛の声が漏れる。残る頭がその手に噛みついた。ぐいっと首を横振る仕草で、片手を手首からもぎ取る。

「ぎゃああああぁ!」

 ついに手から離れた剣を見せつけるように、兵士たちに向けて掲げた中央の頭が剣を噛み砕く。

「聖剣がっ!」

 悲鳴に近い声を上げた魔術師の男が後退あとずさる。釣られたように、魔術師は壁に沿って逃げ道を探った。兵士の足元で痛みにのたうち回る勇者を庇い、武装した数人が前に立つ。

 ルシファーへ向ける剣先は震えていた。

「魔王がっ、なぜ……」

「なぜ、と? 余の妃を連れ去り、それを問うか?」

 震える魔術師の女の呟きに、呼ばれざる客であるルシファーが絶世の美貌に残忍な笑みを浮かべた。恐ろしいのに、美しさで目が離せない。魅了を使われたのかと疑うほど、心が引き寄せられた。

「妃だと?!」

「ばかなっ! ターゲットの設定を間違ったのか?」

「高い魔力の素質がある、魔族の子だったはず」

 ざわついた魔術師たちの言葉で、状況がつかめた。彼らが求めたのは『魔力の素質が高い、魔族の子供』だ。何かの実験に使おうとしたのかも知れない。何にしろ、聞くに値しない下等生物の考えなどどうでもよかった。

「我が君、我が魔王よ」

 斜め後ろに転移したアスタロトが、すぐに膝をついて黒衣の裾を捧げ持つ。忠誠を誓う仕草で接吻けた。ここ数万年見せなかった本性で現れた側近は、角や牙、獣の瞳孔も隠さない。コウモリの翼を背に畳み、普段より長い金髪をゆるりと後ろで結んでいた。

御前おんまえを騒がすお許しをいただきたく」

「許す」

 即決したルシファーの声に、アスタロトは手のひらに魔力を集中させた。この魔法陣に触れたときから、魔力の封印効果に気づいている。もちろんルシファーが望めばすぐに破壊できる程度の魔法陣だ。魔王の血が混じった魔法文字の一部は、すでに効力を失っていた。

 右手のひらを内側から魔力で切り裂けば、溢れた吸血鬼王アスタロトの鮮血が魔法陣を汚していく。書き換えは一瞬だった。同時に血に濡れた右手に、愛用の剣を握りしめる。魔力が解放されれば、武器の召喚も魔法も制限がなかった。
しおりを挟む
感想 851

あなたにおすすめの小説

【完結】聖獣もふもふ建国記 ~国外追放されましたが、我が領地は国を興して繁栄しておりますので御礼申し上げますね~

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
 婚約破棄、爵位剥奪、国外追放? 最高の褒美ですね。幸せになります!  ――いま、何ておっしゃったの? よく聞こえませんでしたわ。 「ずいぶんと巫山戯たお言葉ですこと! ご自分の立場を弁えて発言なさった方がよろしくてよ」  すみません、本音と建て前を間違えましたわ。国王夫妻と我が家族が不在の夜会で、婚約者の第一王子は高らかに私を糾弾しました。両手に花ならぬ虫を這わせてご機嫌のようですが、下の緩い殿方は嫌われますわよ。  婚約破棄、爵位剥奪、国外追放。すべて揃いました。実家の公爵家の領地に戻った私を出迎えたのは、溺愛する家族が興す新しい国でした。領地改め国土を繁栄させながら、スローライフを楽しみますね。  最高のご褒美でしたわ、ありがとうございます。私、もふもふした聖獣達と幸せになります! ……余計な心配ですけれど、そちらの国は傾いていますね。しっかりなさいませ。 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ ※2022/05/10  「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過 ※2022/02/14  エブリスタ、ファンタジー 1位 ※2022/02/13  小説家になろう ハイファンタジー日間59位 ※2022/02/12  完結 ※2021/10/18  エブリスタ、ファンタジー 1位 ※2021/10/19  アルファポリス、HOT 4位 ※2021/10/21  小説家になろう ハイファンタジー日間 17位

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

【完結】過保護な竜王による未来の魔王の育て方

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
魔族の幼子ルンは、突然両親と引き離されてしまった。掴まった先で暴行され、殺されかけたところを救われる。圧倒的な強さを持つが、見た目の恐ろしい竜王は保護した子の両親を探す。その先にある不幸な現実を受け入れ、幼子は竜王の養子となった。が、子育て経験のない竜王は混乱しまくり。日常が騒動続きで、配下を含めて大騒ぎが始まる。幼子は魔族としか分からなかったが、実は将来の魔王で?! 異種族同士の親子が紡ぐ絆の物語――ハッピーエンド確定。 #日常系、ほのぼの、ハッピーエンド 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/08/13……完結 2024/07/02……エブリスタ、ファンタジー1位 2024/07/02……アルファポリス、女性向けHOT 63位 2024/07/01……連載開始

悪役令嬢の騎士

コムラサキ
ファンタジー
帝都の貧しい家庭に育った少年は、ある日を境に前世の記憶を取り戻す。 異世界に転生したが、戦争に巻き込まれて悲惨な最期を迎えてしまうようだ。 少年は前世の知識と、あたえられた特殊能力を使って生き延びようとする。 そのためには、まず〈悪役令嬢〉を救う必要がある。 少年は彼女の騎士になるため、この世界で生きていくことを決意する。

【1/21取り下げ予定】悲しみは続いても、また明日会えるから

gacchi
恋愛
愛人が身ごもったからと伯爵家を追い出されたお母様と私マリエル。お母様が幼馴染の辺境伯と再婚することになり、同じ年の弟ギルバードができた。それなりに仲良く暮らしていたけれど、倒れたお母様のために薬草を取りに行き、魔狼に襲われて死んでしまった。目を開けたら、なぜか五歳の侯爵令嬢リディアーヌになっていた。あの時、ギルバードは無事だったのだろうか。心配しながら連絡することもできず、時は流れ十五歳になったリディアーヌは学園に入学することに。そこには変わってしまったギルバードがいた。電子書籍化のため1/21取り下げ予定です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

処理中です...