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22章 リリス嬢、成長の証

272. 痛いっ、パパぁ!!

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「不思議だ」

「一種の呪詛ですね。聖水を飲んだ人間の血が、結界を無効化しているようです。血に触れなければ問題ありません」

 つまり城門の上から援護の結界を施しても、対象の魔族が血で汚れていれば無効化されるのだろう。降りる前に教えて欲しかった。

「降りる前に言え」

「城門の上から見れば気づけたでしょう」

 アスタロトの指摘に、ちょっと目が泳ぐルシファーは「まあいい」と話を切って捨てた。もう血が付いた以上、この場で結界は利用できない。終わった話をしても不毛なだけだった。

「リリス嬢はまだ結界を展開できるのでは?」

 人族の血を踏んでいないでしょう。そう指摘され、笑顔のリリスに声をかけた。

「リリス。いつもオレの周りにある膜みたいなの作れるか?」

「うん! ふわふわっとして硬くてぐにゃっとするやつ」

 表現された内容が理解できないが、可愛いからよし! ぐっと拳を握って満足げな魔王の姿に、近くの人族が矢を射かけた。

「痛いのはダメっ!」

 リリスが手を突き出す。その前に立派な結界が広がった。だが立派すぎて、なんと目視できるほど強烈な結界だ。矢を弾くだけじゃなく、消滅させてしまった。

 かなり過剰戦力だ。

「リリス、すごく綺麗で強い結界を作れるんだな。さすがはオレのお嫁さんだ。でも、もっと透明で薄くて力を抜いたやつにしないと疲れちゃうぞ」

 結界をまずは褒める。わずか5歳の幼女が作るレベルではない。だからやる気を削がないために褒めまくり、それから別の提案という形で薄く透明の結界を提案した。

 正直、リリス本人が包まれる程度の結界で足りるのだ。

「うーんと、こう?」

「おお! すぐに出来ちゃうのか? お嫁さんが賢くて可愛くて、オレは最高に幸せだ」

 大げさに褒める。自らを卵型のつるんとした結界で包んだリリスは、嬉しそうに笑った。飛んできた矢を、左手の鎌で弾いていく。その間もリリスは魔力を操って薄い結界を維持していた。愛用の白いポシェットから飴を取り出す余裕まである。

 アスタロトとベルゼビュートは心配するまでもなく、淡々と敵を排除した。ダークプレイスの住人による後ろからの追撃に追われた兵は、すでに半分ほどしか残っていない。これなら殲滅した後でお茶会のやり直しを要求する時間もとれる。

 ひとまず安心か。そう油断したのが悪かったのだろう。弾いた矢が方向を変えて、リリスの結界に触れた。キンと甲高い音がして、リリスが目を見開く。続いて顔をくしゃりと歪めて泣き出した。

「うわぁああ。痛いっ、パパぁ!!」

「リリス!?」

 慌ててリリスの結界を確認するが、先ほどの矢は刺さっていない。きちんと弾いたし、毒も付着してなかった。それでも結界の中で泣き続ける愛娘の口の端から、真っ赤な血が垂れる。

「隙あり!」

「ねえよ」

 尊大な口調も、威厳ある態度もすべてかなぐり捨てたルシファーが、吐き捨てた。その冷えた声が物理的な効果を纏い、地面を這っていく。凍り付いた足元がパシッとひび割れ、ベールが慌てて城門の前に結界を張った。

 選ばれた少女達は守らなくてはならない。ルーサルカの結界の上に重ね掛けされた魔法陣が、凍気に押される。かろうじて間に合った城門は凍結を免れた。

 足元の冷気に飛び退ったアスタロトは、驚いた顔を見せるが空に逃げる。背のコウモリの翼がばさりと広がり、同様に半透明の羽で上空に逃れたベルゼビュートが青ざめた。

「逃げて、そっちに行くわよ」

 叫んだベルゼビュートが、とりあえず魔族達の足元に魔法陣を飛ばす。認識可能な種族から次々とダークプレイスへ転移させた。しかし数人が間に合わずに凍り付く。そうする間に人族は完全に氷像となっていた。タイトルに「逃げ出す人々」と銘打てるほど、立派な逃走シーンが並ぶ。

「陛下、落ち着いてください。一体なにが……」

 腕の中で泣くリリスがしゃくりあげる。その口から零れる赤い血に、アスタロトが言葉を失った。まさか最強を誇る純白の魔王の腕にいたリリスが、最愛の存在が傷つけられるなど考えられない。

 いくら結界がなくても、デスサイズを手にした魔王が人族風情に?

「リリス、リリス……どうしよう、アスタロト……リリスが」

 取り乱すルシファーの腕の中で、リリスが鼻をすすった。直後、彼女は何かを吐き出した。
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