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20章 鬼の居ぬ間に選択

260. じっくり、きっちり絞られました

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「リリスを寝かせてくる」

 叱られるのは諦めた魔王の後ろに、項垂れた尻尾の幻影が見える。しょんぼりしながら、寝着のリリスを自室のベッドに寝かせた。ここからして問題なのだが、今夜は仕方ないと眉をひそめながら待つ。

 風呂に入れた時点でほとんど寝ていたリリスは、ぎゅっとルシファーの左腕を掴んで離さない。可愛いからこのまま隣に滑り込みたいルシファーの中で、葛藤が始まる。ここで無視して寝たら、明日の朝は目が覚めないかも知れない恐怖に、ごくりと喉が鳴った。

 恐る恐る振り返ると、側近のアスタロトがを作って腕を組んでいる。満面の笑みが恐怖をあおり、ルシファーは覚悟を決めて右手で取り寄せたぬいぐるみを、リリスと腕の間にそっと押し込んだ。頬ずりしたリリスの手を解いて、ぬいぐるみを抱っこさせる。

「……成功した」

 むずがる仕草を見せたが、リリスはそのまま眠ってしまった。音を立てないように後ろに下がるルシファーの肩を、ぽんと叩く。びくっと肩を揺らした魔王が慌てて口を手で押さえた。

「お、脅かすな」

「隣の部屋でじっくり、きっちりお話を伺います」

 青ざめたルシファーを引きずるようにして、リビングルームと化したリリスの私室へ移動した。すでに食卓の上は片付けられており、言い訳のように椅子が増えている。小細工は忘れないルシファーへ着座をすすめた。

「さてと。最初から行きましょうか」

 取り出した顛末書をテーブルに並べる。1枚目は視察で壊した塔について。2枚目は焼き払った魔の森、次は魔物退治で吹き飛ばした村の弁償。凍らせた火口の経済損失を補填する予算案の申請、攻めてきた人族の戦士や騎士と戦った際にダークプレイスの屋敷を一部壊した件。

 驚くほど騒動を起こしている。声に出して20枚ほど読み上げたところで顔をあげると、ルシファーがしょんぼり項垂れていた。子供の頃からバレるくせに小細工して隠そうとする。

 顛末書にも小細工の跡が残っているが、そこは見ないフリをした。

「反省しておられますか?」

 小細工の一部である増えた椅子から立ち上がり、テーブルを挟んだ向かい側のルシファーのほうへ足を向ける。わざとゆっくり近づいて、彼の後ろへ回り込んだ。覗き込むようにすると、金の髪がさらりと流れる。

「えっと……その、悪かった」

「何に対しての謝罪でしょうか」

 鬼の居ぬ間の洗濯とは言いますが、好き勝手に選択したようですね――嫌味に身を竦めるルシファーの姿に、呆れ交じりの溜め息が漏れた。

「あなたの小細工は毎回気付かれるでしょう。好き勝手に振舞って、どうしようもなくなると頼りに来る。同じ事を繰り返して……どうしたら治るのでしょうね」

 バカと何とかは死なねば治らぬと言いますが?

 言葉の端に滲ませる脅しに、ルシファーが反論を試みる。

「魔族の人的被害はないぞ!」

 物は壊したが、人は無事だと胸を張る。純白の髪に触れながら、顔を覗き込んだ。

「当然でしょう。何も威張ることではありません」

 一言で封じられた魔王から離れ、風で手元に引き寄せた書類の続きを確認する。

 リリスのために購入した家具の明細、彼女の側近達に買い与えたあれこれ。我が侭を言って私室を変更したせいで工期が遅れ、魔王城の内装が予定の半分も終わっていない件。リリス用の厨房を作れと命じて、ベールが慌てて取り消したこと。

 予算の一部に紛れた不正処理、城の魔法陣を弄ったことで起きた爆発、その修復予算と工期の延長。竜族の卵を食べたいというリリスの我が侭で、彼らと対立したこと。リリスの飴を勝手に予算で追加購入した着服。

 些細な出来事から、大きなトラブルまで。その数は三桁に及んでいた。

「わずか数ヶ月ですよ。陛下……たったの数ヶ月留守にしたら、このような状態になるなど」

「すまん」

「口先だけの謝罪は聞き飽きました。きっちり反省していただきます」

 その後、説教されながらの書類処理で夜を明かしたルシファーに告げられた罰は――最愛のリリスと過ごす時間の制限だった。
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