上 下
261 / 1,397
20章 鬼の居ぬ間に選択

258. やらかしたアレコレがバレ始めました

しおりを挟む
 主犯だった貴族の一部が残されていたため、それを利用して人族との話し合いを提案したルシファーに、大公達はそろって溜め息を吐いた。人族擁護派なのは仕方ないが、無駄に終わる結末が見えている話し合いを行おうとする魔王の姿勢に呆れ半分、らしいと笑う部分が半分で複雑な心境になる。

「パパ、終わった」

 何の歌かわかるギリギリのズレ具合で鼻歌を繰り返していたリリスは、得意げに薄い胸をそらした。机の右前方に置かれた処理済の箱に、きっちり押印した書類が積まれている。3桁に届く量を処理したリリスは、ひとつ欠伸をしてルシファーに寄りかかった。

 膝の上は温かくて、寄りかかると背中も包まれて温かくなる。窓の外はとっくに星空が広がる時間で、眠くなった幼女が目元を擦った。

「お手伝い、とっても助かったぞ。さすがはオレのお姫様だ」

 褒めながら、擦る手を止めさせる。膝の上のリリスを正面から抱き締め直して、黒髪を何度か梳いた。目を閉じる娘に「お風呂入らないと」と慌てて立ち上がった。

「人族の対処は後日だ。あとは任せる」

「ルシファー様、まだ書類の処理が残っております」

 起きたばかりだからか、絶好調のアスタロトの指摘に一瞬目を泳がせた。逃げられそうにないと観念し、ルシファーは肩を落とす。

「わかった。リリスを寝かしつけたら戻るから、仕分けをしてくれ」

 夢中になって印を押したリリスは夕食も食べていない。大急ぎで食事をさせて、風呂に入れて寝かしつければ、戻って書類処理をする時間が取れる。命令というより提案に近いルシファーの言葉に、アスタロトは素直に従った。

「わかりました」

「任せる」

 立ち上がって、魔王城の廊下を進む。アスタロトが冬眠……じゃなく、深い眠りについている間に季節は冬になった。

 冷える廊下も、以前と違い絨毯があるだけでかなり暖かい。その上石造りの欠点である寒さを補う魔法陣が、床暖房として機能していた。ベールが地脈を利用して刻んだため、エネルギーの供給が必要ないのは助かる。

 評判のいい床暖房のお陰で、風邪を引いたり体調不良になる城仕えが減った。もちろん風邪を引かないルシファーは別として、可愛いリリスが寒い思いをしないのは彼にとって評価が高い。

「待たせた」

 自室に入って、隣のリリスの部屋に移動する。続き部屋のドアを開くと、食事を用意したアデーレが待っていた。頷いた彼女の給仕で、すぐに温かい食事が提供される。

「リリス、ご飯だよ」

 半分眠りそうな娘を膝に乗せ、赤子の時のように口元へスプーンを寄せる。

「あーん」

 声を掛けると、ぱくりとスプーンからリゾットを食べた。赤子扱いでも文句を言われないため、ご満悦のルシファーはサラダからハンバーグまで、次々とリリスの口元に運ぶ。

 食べずに寝かせてしまうと、夜中に起きてしまう。それでは不安で、執務室に戻れなかった。いっそ書類をアスタロトに運ばせて、隣の部屋で処理した方がいいか。命じようとしたルシファーより早く、彼の考えを読んだ側近は書類を隣室に運び込んでいた。

 すでに印を押した書類は、魔法で運ぶと朱肉が無効化されるので、執務室に残す。未処理の束を2つに分けて、後ろに従えて魔法で運んだアスタロトは、なぜか立派な執務机が置かれた私室に眉をひそめた。

 眠りに落ちる前と城の様子が変わっているのは当然だ。数ヶ月も留守にして、何も変わっていないわけがない。働き者のドワーフ達が改築工事に夢中なのは周知の事実で、魔王城は最低限必要とされる機能を取り戻しつつあった。

 家具や装飾品が増えているのもわかる。しかし……明らかにおかしな箇所をいくつか発見していた。

 執務室をリリスの教室と一緒にして、ルシファーのやる気を引き出す作戦は構わない。眠りに入る前に承知して、ベールと相談もした。予算の承認もアスタロト自身が行ったのだ。しかし予想していたより部屋が大きく、また家具が全部入れ替えられたのは何故か。

 書類を置いた机の天板を撫で、品質をチェックする。魔族の頂点に立つ魔王の私室においた机なら、最上級の物を用意するのは当然だった。しかしこの机の必要性に首をかしげる。

 リリスと一緒にいたいから執務室を改造した。ならば、私室に執務机は不要だろう。時間内に仕事をきちんと片付ければ良いだけの話だ。持ち帰ることを前提に机を用意するルシファーの無駄遣いに頭を抱える。誰が予算を承認したのか、後できちんと調べなくては。

 ベッドやクローゼット、隣室へ繋がるドアを睨みつけてアスタロトは唸る。嫌な予感が漂う数ヶ月の空白に「あの人のはいつものことです」と己に言い聞かせ、隣室へのドアを開いた。
しおりを挟む
感想 851

あなたにおすすめの小説

【完結】聖女と結婚ですか? どうぞご自由に 〜婚約破棄後の私は魔王の溺愛を受ける〜

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264) 「アゼリア・フォン・ホーヘーマイヤー、俺はお前との婚約を破棄する!」 「王太子殿下、我が家名はヘーファーマイアーですわ」  公爵令嬢アゼリアは、婚約者である王太子ヨーゼフに婚約破棄を突きつけられた。それも家名の間違い付きで。  理由は聖女エルザと結婚するためだという。人々の視線が集まる夜会でやらかした王太子に、彼女は満面の笑みで婚約関係を解消した。  王太子殿下――あなたが選んだ聖女様の意味をご存知なの? 美しいアゼリアを手放したことで、国は傾いていくが、王太子はいつ己の失態に気づけるのか。自由に羽ばたくアゼリアは、魔王の溺愛の中で幸せを掴む!  頭のゆるい王太子をぎゃふんと言わせる「ざまぁ」展開ありの、ハッピーエンド。 ※2022/05/10  「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過 ※2021/08/16  「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過 ※2021/01/30  完結 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう

【完結】聖獣もふもふ建国記 ~国外追放されましたが、我が領地は国を興して繁栄しておりますので御礼申し上げますね~

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
 婚約破棄、爵位剥奪、国外追放? 最高の褒美ですね。幸せになります!  ――いま、何ておっしゃったの? よく聞こえませんでしたわ。 「ずいぶんと巫山戯たお言葉ですこと! ご自分の立場を弁えて発言なさった方がよろしくてよ」  すみません、本音と建て前を間違えましたわ。国王夫妻と我が家族が不在の夜会で、婚約者の第一王子は高らかに私を糾弾しました。両手に花ならぬ虫を這わせてご機嫌のようですが、下の緩い殿方は嫌われますわよ。  婚約破棄、爵位剥奪、国外追放。すべて揃いました。実家の公爵家の領地に戻った私を出迎えたのは、溺愛する家族が興す新しい国でした。領地改め国土を繁栄させながら、スローライフを楽しみますね。  最高のご褒美でしたわ、ありがとうございます。私、もふもふした聖獣達と幸せになります! ……余計な心配ですけれど、そちらの国は傾いていますね。しっかりなさいませ。 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ ※2022/05/10  「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過 ※2022/02/14  エブリスタ、ファンタジー 1位 ※2022/02/13  小説家になろう ハイファンタジー日間59位 ※2022/02/12  完結 ※2021/10/18  エブリスタ、ファンタジー 1位 ※2021/10/19  アルファポリス、HOT 4位 ※2021/10/21  小説家になろう ハイファンタジー日間 17位

【完結】聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。

みやこ嬢
恋愛
「ルーナ嬢、神聖なる聖女選定の場で不正を働くとは何事だ!」 魔法国アルケイミアでは魔力の多い貴族令嬢の中から聖女を選出し、王子の妃とするという古くからの習わしがある。 ところが、最終試験まで残ったクレモント侯爵家令嬢ルーナは不正を疑われて聖女候補から外されてしまう。聖女になり損なった失意のルーナは義兄から襲われたり高齢宰相の後妻に差し出されそうになるが、身を守るために侍女ティカと共に逃げ出した。 あてのない旅に出たルーナは、身を寄せた隣国シュベルトの街で運命的な出会いをする。 【2024年3月16日完結、全58話】

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】身勝手な旦那様と離縁したら、異国で我が子と幸せになれました

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
腹を痛めて産んだ子を蔑ろにする身勝手な旦那様、離縁してくださいませ! 完璧な人生だと思っていた。優しい夫、大切にしてくれる義父母……待望の跡取り息子を産んだ私は、彼らの仕打ちに打ちのめされた。腹を痛めて産んだ我が子を取り戻すため、バレンティナは離縁を選ぶ。復讐する気のなかった彼女だが、新しく出会った隣国貴族に一目惚れで口説かれる。身勝手な元婚家は、嘘がバレて自業自得で没落していった。 崩壊する幸せ⇒異国での出会い⇒ハッピーエンド 元婚家の自業自得ざまぁ有りです。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/10/07……アルファポリス、女性向けHOT4位 2022/10/05……カクヨム、恋愛週間13位 2022/10/04……小説家になろう、恋愛日間63位 2022/09/30……エブリスタ、トレンド恋愛19位 2022/09/28……連載開始

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

処理中です...