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19章 神獣は番を突き落とす
248. 誤解が誤解を生んだらしい
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獣王フェンリルと戦った鳳凰の姿は、見るも哀れな状態だった。美しい赤と朱色の尾羽が引き千切られ、大きな翼は根元から折れている。格闘の間に噛み付いたヤンが千切った翼や胴体の一部は、無残に肌が露出していた。
「さて、言い訳を聞いてやろう」
冷めた眼差しを向けるルシファーが、億劫そうに声をかける。その冷たい響きに鳳凰だけでなく、周囲のヤンや衛兵まで首を竦めて震えた。
魔王位についた頃のルシファーならば、笑みを浮かべて問答無用で鳳凰を殺したはずだ。しかし魔王という纏め役に就いて数千年すると、統治者『らしく』なった。叶えるかは別として望みを尋ね、相手の言い訳を聞いてやるようになったのだ。
昔に似た冷たい表情と声色で、闇の蔓が絡まって身動きできない鳳凰へ向き合った。以前と違うのは、首に手を絡ませた幼女の存在のみ。リリスが怖がるかと心配したアスタロトだが、彼女はうとうとと眠りかけている。
周囲を恐れさせ怯えさせる魔王の覇気も、リリスには意味を成さないようだ。アスタロトでさえ身が引き締まるのに、まったく意に介さないリリスは大物っぷりを発揮しつつ、首を揺らして眠りの船を漕ぐ。
『我は……ただ、奪われたモノを取り返しただけだ』
無言で先を促すルシファーだが、その右手はリリスの黒髪を撫でている。呼吸するように、当たり前に彼女を気遣った。しがみ付いて眠る幼女を引き寄せ、首筋に顔を埋めたリリスが楽になるよう抱き直す。
『青いヒナは、我が番だ……っ、先に卵を奪ったのは、そちらだろう!』
怒りに駆られた鳳凰の周囲が炎に包まれる。自らを核に炎を呼び起こした鳳凰の上に、冷たい氷の檻が被せられた。冷気に魔力を封じられた鳳凰は、再びぐったりと地面の魔法陣に身を伏せる。しかしその視線は鋭く、ルシファーを睨みつけていた。
「魔王陛下と魔王妃となられる姫への攻撃が、おまえの番の話ごときで許されるわけがないでしょう」
氷の檻を作り出したベールが、呆れ顔で歩み寄った。手を繋いだルキフェルも不機嫌そうに眉を寄せている。長いローブの裾を捌いて身を屈めて一礼する部下に、ルシファーはひとつ頷いた。
魔王城の中庭へ続く通路で行われる断罪に、エルフやドワーフは見ないフリで逃げ出した。万が一にもとばっちりで攻撃が当たったりしたら、治癒する間もなく消滅しかねない。
『我にとって番は、命を賭ける価値がある』
言いたいことを言い終えたのか、鳳凰は伏せて動かなくなった。アスタロトは包んだ結界を解除して、ピヨを開放する。
「ピ、ヨ……?」
明らかに倍ほどの大きさになった青い鳥の姿に、大喜びしかけたヤンが立ち止まる。困惑顔のフェンリルへ大型犬サイズの青い鶏が走った。そのまま勢いを殺さずに突進する。
「ママだ~」
叫んだ鳥の声に、ようやくヤンもピヨだと確信した。いきなりサイズが3~4倍になったので、驚きすぎて認識できていなかったヤンの鼻に、ピヨが激突する。羽を広げて抱きつく形になった青い鳥は、開いたヤンの大きな口に飛び込もうとした。
「むぐ……っ」
以前は飛び込んで遊べた口の中だが、さすがに大型犬サイズは無理だった。ぺっと吐き出した涎塗れのピヨは、ヤンの鼻先に頬ずりする。べたべたになると苦笑いしながらも、ヤンは無理やり引き剥がそうとしなかった。オスなのに母性が目覚めている。
驚きを露にこの光景を見つめる鳳凰がぼそっと呟いた。
『フェンリルに、襲われたのでは……ないのか?』
番である幼いヒナがフェンリルの口に入っていけば、食べられたと誤解したのも頷ける。最初の行動が番を守るための攻撃だったとしたら、この鳳凰を責めるのは可哀想な気がした。
もちろん、魔王への攻撃は別として。
食べられそうな番を助けた鳳凰にとって、火山は再生を促す清浄の地だ。そこへピヨを突き落したのは、番の成長を促す目的があったのかも知れない。結局、鳳凰は己の番のことしか考えなかったのだ。
「どうやら誤解が誤解を生んだ展開のようですね」
事情を大まかに掴んだアスタロトが溜め息を吐いた。正直、この魔王城で騒動を起こすのは魔王だけで足りていると、頭を抱えながら視線を向ける。魔法陣により闇の蔓で縛られた鳳凰は、逃げるのを諦めて地に伏せていた。
「陛下、鳳凰を解放して構いませんか?」
「……しかたあるまい」
反対だと首を横に振るベールへ手を掲げて留め、アスタロトへ合図を送った。すぐに魔法陣が解除され、闇の蔓も消える。自由になっても、折られた翼で羽ばたくことができない鳳凰は動かなかった。
「さて、言い訳を聞いてやろう」
冷めた眼差しを向けるルシファーが、億劫そうに声をかける。その冷たい響きに鳳凰だけでなく、周囲のヤンや衛兵まで首を竦めて震えた。
魔王位についた頃のルシファーならば、笑みを浮かべて問答無用で鳳凰を殺したはずだ。しかし魔王という纏め役に就いて数千年すると、統治者『らしく』なった。叶えるかは別として望みを尋ね、相手の言い訳を聞いてやるようになったのだ。
昔に似た冷たい表情と声色で、闇の蔓が絡まって身動きできない鳳凰へ向き合った。以前と違うのは、首に手を絡ませた幼女の存在のみ。リリスが怖がるかと心配したアスタロトだが、彼女はうとうとと眠りかけている。
周囲を恐れさせ怯えさせる魔王の覇気も、リリスには意味を成さないようだ。アスタロトでさえ身が引き締まるのに、まったく意に介さないリリスは大物っぷりを発揮しつつ、首を揺らして眠りの船を漕ぐ。
『我は……ただ、奪われたモノを取り返しただけだ』
無言で先を促すルシファーだが、その右手はリリスの黒髪を撫でている。呼吸するように、当たり前に彼女を気遣った。しがみ付いて眠る幼女を引き寄せ、首筋に顔を埋めたリリスが楽になるよう抱き直す。
『青いヒナは、我が番だ……っ、先に卵を奪ったのは、そちらだろう!』
怒りに駆られた鳳凰の周囲が炎に包まれる。自らを核に炎を呼び起こした鳳凰の上に、冷たい氷の檻が被せられた。冷気に魔力を封じられた鳳凰は、再びぐったりと地面の魔法陣に身を伏せる。しかしその視線は鋭く、ルシファーを睨みつけていた。
「魔王陛下と魔王妃となられる姫への攻撃が、おまえの番の話ごときで許されるわけがないでしょう」
氷の檻を作り出したベールが、呆れ顔で歩み寄った。手を繋いだルキフェルも不機嫌そうに眉を寄せている。長いローブの裾を捌いて身を屈めて一礼する部下に、ルシファーはひとつ頷いた。
魔王城の中庭へ続く通路で行われる断罪に、エルフやドワーフは見ないフリで逃げ出した。万が一にもとばっちりで攻撃が当たったりしたら、治癒する間もなく消滅しかねない。
『我にとって番は、命を賭ける価値がある』
言いたいことを言い終えたのか、鳳凰は伏せて動かなくなった。アスタロトは包んだ結界を解除して、ピヨを開放する。
「ピ、ヨ……?」
明らかに倍ほどの大きさになった青い鳥の姿に、大喜びしかけたヤンが立ち止まる。困惑顔のフェンリルへ大型犬サイズの青い鶏が走った。そのまま勢いを殺さずに突進する。
「ママだ~」
叫んだ鳥の声に、ようやくヤンもピヨだと確信した。いきなりサイズが3~4倍になったので、驚きすぎて認識できていなかったヤンの鼻に、ピヨが激突する。羽を広げて抱きつく形になった青い鳥は、開いたヤンの大きな口に飛び込もうとした。
「むぐ……っ」
以前は飛び込んで遊べた口の中だが、さすがに大型犬サイズは無理だった。ぺっと吐き出した涎塗れのピヨは、ヤンの鼻先に頬ずりする。べたべたになると苦笑いしながらも、ヤンは無理やり引き剥がそうとしなかった。オスなのに母性が目覚めている。
驚きを露にこの光景を見つめる鳳凰がぼそっと呟いた。
『フェンリルに、襲われたのでは……ないのか?』
番である幼いヒナがフェンリルの口に入っていけば、食べられたと誤解したのも頷ける。最初の行動が番を守るための攻撃だったとしたら、この鳳凰を責めるのは可哀想な気がした。
もちろん、魔王への攻撃は別として。
食べられそうな番を助けた鳳凰にとって、火山は再生を促す清浄の地だ。そこへピヨを突き落したのは、番の成長を促す目的があったのかも知れない。結局、鳳凰は己の番のことしか考えなかったのだ。
「どうやら誤解が誤解を生んだ展開のようですね」
事情を大まかに掴んだアスタロトが溜め息を吐いた。正直、この魔王城で騒動を起こすのは魔王だけで足りていると、頭を抱えながら視線を向ける。魔法陣により闇の蔓で縛られた鳳凰は、逃げるのを諦めて地に伏せていた。
「陛下、鳳凰を解放して構いませんか?」
「……しかたあるまい」
反対だと首を横に振るベールへ手を掲げて留め、アスタロトへ合図を送った。すぐに魔法陣が解除され、闇の蔓も消える。自由になっても、折られた翼で羽ばたくことができない鳳凰は動かなかった。
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