上 下
245 / 1,397
19章 神獣は番を突き落とす

242. 意外と近くにいましたね

しおりを挟む
 一度深呼吸して気持ちを落ち着けた。

 城門を守りきれず、ピヨを連れ去られたヤンの心情は理解できる。心配なのもあるだろう。すぐに駆けつけて鳳凰の首を噛み千切り、雪辱を果たしたい気持ちもわかる。

 左腕でぐったりしたリリスの疲れきった顔をみつめ、その頬や額にキスを落とした。この子が必死でヤンを心配して癒した気持ちを無駄にさせたくない。ヤンもピヨも大事だが、誰よりもリリスが大切なのだ。彼女が傷つく可能性があるなら、自分自身を含めて他の者を全員切捨てられるほどに。

「悪かった」

 取り乱したと詫びるルシファーへ、ヤンは震えながらも必死に食い下がった。殺されるかも知れない恐怖に身を震わせながら、譲れない一線を口にする。

「……申し訳、ございません。リリス姫のお気持ちを無駄にするつもりは、なく……ただ、我も鳳凰探しに協力、を」

「わかってる。酷い言い方をした。許せ」

 でかい図体で震えるフェンリルの姿に、子狼だったヤンを叱った過去を思い出す。あの時の彼は狩りの邪魔をされて、頭に血が上っていた。自分より強い相手に食い下がり、挙句に負けてボロボロにされて……それでも食らいつこうと必死だった。

「お前は変わらないな」

 あの頃と同じだと苦笑いが口元に浮かんだ。くいっと髪を引っ張る感覚に目をやると、リリスが赤い目を潤ませていた。

「どこか痛むのか?」

「ううん……パパ、あんまりヤンを怒らないで」

「わかってる。もう仲直りするから大丈夫だよ」

 リリスの額にキスをすると、赤い瞳が伏せられた。その瞼の上にもキスを降らせる。誤魔化されたと思ったのか、リリスがぎゅっと髪を引っ張った。

「もう、怒らない?」

「ああ」

 安心したリリスがにこっと笑う。

 様子を窺っていたアスタロトの手に、ひらりとコウモリが止まる。手に触れると元の紙に戻る報告書に目を通し、金髪の側近は口元に笑みを浮かべた。その表情に気付いたルシファーが問うより早く、報告がもたらされる。

「陛下、鳳凰を発見いたしました。我が領域の奥、山脈の噴火口付近です。意外と近くにいましたね」

 鳳凰が好む場所は限られていた。まず冷気がある水の近くは嫌う傾向にあり、火山がある高温の温泉や硫黄漂う火口付近を住処とする。そのため行動範囲が絞れたこと、魔王軍の一部が火山付近で火トカゲを駆除中に見かけたことが決め手となった。

「すでにベルゼビュートが向かっております。陛下も向かわれますか」

 疑問ではなく、確定事項として口にした側近へ頷く。足元のヤンに視線を向け、髪を掴んだまま赤い目で見つめるリリスを見つめ返す。どちらも引く様子はなかった。

「行こう。ヤン、リリスの護衛として共をせよ」

 命じる形でヤンの同行を許す。大きな耳がぴくりと動き、尻尾がゆらゆらと振られた。嬉しそうに「承知しました」と返したフェンリルに、ルシファーはしっかり釘を刺す。

「いいか、だ。勝手に鳳凰へ攻撃すれば、今度こそペットだからな」

 いくらヤンが大きいとはいえ、リリスの魔力量があれば癒すことも出来たはずだ。それがベルゼビュートの最低限の治療が済んだ状態のフェンリルを治せなかったのは、彼が死の寸前まで追い詰められていたことを意味した。

 なんとか命を繋ぐところまでを、ベルゼビュートがこなした。魔法陣を操れないリリスの治癒魔法が非効率的だったとしても、内臓関係をほとんど修復できている。無意識にだが、リリスは体内の黒い断絶を見て優先的に治したのだろう。そのため外傷は後回しにされた。

 ルシファーが治したのは目立つ外傷と、一部治癒が遅れた関節等だ。まだ魔力が戻らないヤンは足手纏いだが、置いていったら己を責めて自害しかねない。だから『リリスの護衛』という役目を与えて、身勝手に振舞えないよう見えない鎖で拘束した。

 ルシファーの意図を汲んだヤンは「我が君の仰せに従います」と、小型化して戦う意思を放棄する。起き上がったヤンの背中を撫でたリリスが「いいこ」と何度も呟いた。

「ならば参ろう。アスタロト」

「はい」

 彼の足元に展開した転移魔法陣が全員を包む。書き上げたメモをコウモリに変えて飛ばし、アスタロトは魔法陣を発動させた。
しおりを挟む
感想 851

あなたにおすすめの小説

【完結】聖獣もふもふ建国記 ~国外追放されましたが、我が領地は国を興して繁栄しておりますので御礼申し上げますね~

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
 婚約破棄、爵位剥奪、国外追放? 最高の褒美ですね。幸せになります!  ――いま、何ておっしゃったの? よく聞こえませんでしたわ。 「ずいぶんと巫山戯たお言葉ですこと! ご自分の立場を弁えて発言なさった方がよろしくてよ」  すみません、本音と建て前を間違えましたわ。国王夫妻と我が家族が不在の夜会で、婚約者の第一王子は高らかに私を糾弾しました。両手に花ならぬ虫を這わせてご機嫌のようですが、下の緩い殿方は嫌われますわよ。  婚約破棄、爵位剥奪、国外追放。すべて揃いました。実家の公爵家の領地に戻った私を出迎えたのは、溺愛する家族が興す新しい国でした。領地改め国土を繁栄させながら、スローライフを楽しみますね。  最高のご褒美でしたわ、ありがとうございます。私、もふもふした聖獣達と幸せになります! ……余計な心配ですけれど、そちらの国は傾いていますね。しっかりなさいませ。 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ ※2022/05/10  「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過 ※2022/02/14  エブリスタ、ファンタジー 1位 ※2022/02/13  小説家になろう ハイファンタジー日間59位 ※2022/02/12  完結 ※2021/10/18  エブリスタ、ファンタジー 1位 ※2021/10/19  アルファポリス、HOT 4位 ※2021/10/21  小説家になろう ハイファンタジー日間 17位

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

【完結】過保護な竜王による未来の魔王の育て方

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
魔族の幼子ルンは、突然両親と引き離されてしまった。掴まった先で暴行され、殺されかけたところを救われる。圧倒的な強さを持つが、見た目の恐ろしい竜王は保護した子の両親を探す。その先にある不幸な現実を受け入れ、幼子は竜王の養子となった。が、子育て経験のない竜王は混乱しまくり。日常が騒動続きで、配下を含めて大騒ぎが始まる。幼子は魔族としか分からなかったが、実は将来の魔王で?! 異種族同士の親子が紡ぐ絆の物語――ハッピーエンド確定。 #日常系、ほのぼの、ハッピーエンド 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/08/13……完結 2024/07/02……エブリスタ、ファンタジー1位 2024/07/02……アルファポリス、女性向けHOT 63位 2024/07/01……連載開始

公爵夫人アリアの華麗なるダブルワーク〜秘密の隠し部屋からお届けいたします〜

白猫
恋愛
主人公アリアとディカルト公爵家の当主であるルドルフは、政略結婚により結ばれた典型的な貴族の夫婦だった。 がしかし、5年ぶりに戦地から戻ったルドルフは敗戦国である隣国の平民イザベラを連れ帰る。城に戻ったルドルフからは目すら合わせてもらえないまま、本邸と別邸にわかれた別居生活が始まる。愛人なのかすら教えてもらえない女性の存在、そのイザベラから無駄に意識されるうちに、アリアは面倒臭さに頭を抱えるようになる。ある日、侍女から語られたイザベラに関する「推測」をきっかけに物語は大きく動き出す。 暗闇しかないトンネルのような現状から抜け出すには、ルドルフと離婚し公爵令嬢に戻るしかないと思っていたアリアだが、その「推測」にひと握りの可能性を見出したのだ。そして公爵邸にいながら自分を磨き、リスキリングに挑戦する。とにかく今あるものを使って、できるだけ抵抗しよう!そんなアリアを待っていたのは、思わぬ新しい人生と想像を上回る幸福であった。公爵夫人の反撃と挑戦の狼煙、いまここに高く打ち上げます! ➡️登場人物、国、背景など全て架空の100%フィクションです。

【1/21取り下げ予定】悲しみは続いても、また明日会えるから

gacchi
恋愛
愛人が身ごもったからと伯爵家を追い出されたお母様と私マリエル。お母様が幼馴染の辺境伯と再婚することになり、同じ年の弟ギルバードができた。それなりに仲良く暮らしていたけれど、倒れたお母様のために薬草を取りに行き、魔狼に襲われて死んでしまった。目を開けたら、なぜか五歳の侯爵令嬢リディアーヌになっていた。あの時、ギルバードは無事だったのだろうか。心配しながら連絡することもできず、時は流れ十五歳になったリディアーヌは学園に入学することに。そこには変わってしまったギルバードがいた。電子書籍化のため1/21取り下げ予定です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

処理中です...