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16章 ホトケの顔も三度まで?

195. リリスの妹はいつ出来るの?

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 エルフの領域を抜けた先はフェンリルの森がある。彼らは人族にとっても脅威となる強者であったため、襲撃者を自力で撃退していた。

「セーレ、森の様子はどうだ?」

「はい、我らに被害はございません。周辺から逃げ込んだ種族を一部保護しています」

 風の妖精族シルフィードが住まう森へ移動する途中で、養い子の子孫を見舞う。先代セーレのヤンに懐いていることもあり、リリスはフェンリルが好きだった。護衛というより大きなお友達なのだ。

「ヤンのお友達?」

 首をかしげるのは、ヤンに似た巨大狼を他に知らないからだ。1歳前後で会ったセーレの記憶はないのだろう。小山サイズのフェンリルは身を低くして鼻を地面に擦り付けた。忠誠心や攻撃の意思がないことを示す、魔獣特有の行動だ。

「セーレはヤンの子供だ」

「子供……でも大きいよ?」

 もっともな指摘に、アスタロトがくすっと笑った。夜明け過ぎの森は音がないので、小さな声や物音がよく聞こえる。振り返ったリリスへ、アスタロトは説明を始めた。

「ヤンはもうおじいちゃんですから、息子はお父さんサイズで大きいのですよ。たしか報告だと、もうすぐ次のセーレが生まれるのでしたね」

 最後にセーレへ話を向けると、大きな尻尾を振りながらセーレが頷いた。少し離れた場所で伏せている大きな雪狼の腹が大きい。どうやら彼女がセーレのお嫁さんらしい。

「パパ! あの白い狼さんは赤ちゃんいる!」

「あれはセーレのお嫁さんだ」

「ヤンの子供の子供がいるの?」

「そうだよ」

 ルシファーの肯定に、嬉しそうにリリスが身を乗り出す。落とさないように抱きかかえ直したルシファーへ、降りたいと訴えた。

「お嫁さん、撫でてくる!」

「彼女はいまお腹に赤ちゃんがいるから、撫でるときも声をかけて驚かさないようにして、触るのも少しだけだ。いいね」

 大きく頷いた娘をおろして手をつなぎ、恐縮している白い雪狼の前に膝をついた。

「悪いが、リリスにすこし撫でさせてくれないか?」

 魔王の願いに、雪狼は頷いて寝転がった。赤ちゃんがいる大きなお腹を見せてくれた彼女に、リリスが「ありがとう」とお礼を言って触る。中で赤ちゃんが動くのか、時々びっくりしたように目を見開いて笑う。それからゆっくり手を離してルシファーに抱き着いた。

「もういいか?」

「うん。ありがとう」

 ごろんと転がって再び伏せた雪狼は気分を害した様子なく、白い尻尾を大きく左右に振った。問題なかったらしい。ほっとしながら立ち上がったルシファーは、次のリリスの言葉に動きを止めた。

「パパ、リリスの妹はいつ出来るの?」

 ぎぎぎっと音がしそうな動きでリリスを覗き込み、ルシファーががくりと膝をつく。なんとなく落ち込んでいるのは理解したリリスが白い頭を撫でた。しかし魔王は復活しない。強くリリスを抱いて彼女の黒髪に顔を押し付けたままだった。

 さすがに配下のフェンリルがいる場所で泣き出したりしない……と信じたいアスタロトが、静かに口を開いた。

「リリス嬢、ルシファー様のお嫁さんになるのでしょう?」

「うん。パパのお嫁さんになるの!」

 固唾をのんで見守っていたセーレや魔狼が一斉に安堵の息をつく。ここで否定されたら、魔王最期の日になりかねない。お嫁さんの定義は理解していると頷いたアスタロトは、膝をついて視線を合わせた。

「ならばリリス嬢が大人になって、ルシファー様のお子様を生むのですよ。妹や弟は生まれません」

 難しかったのか、口元に指を当てて考えているリリス。少しして納得した様子で頷いた。

「わかった! リリスが弟と妹を生めばいいのね!」

「……かなり違いますが、まあ……今はいいでしょう」

 複雑そうな顔で立ち上がったアスタロトは、いつまでもリリスにしがみ付いている情けない大人を一瞥した。いつまで落ち込んでいるのか。そもそも物の善悪も理解しない幼女を嫁候補にしたくせに。彼女が何もわかっていないことなど、当に承知でしょう。

 冷めた側近の切り刻むような視線に、ようやくルシファーが動き出す。立ち上がったが、まだリリスを抱く腕を緩めようとしなかった。どれだけ独占欲が強いのやら。アスタロトが溜め息を吐いた。

「いい加減復活してください。シルフが待っていますよ」

「……うん」

「子供じゃないんですから!」

 叱りつけるアスタロトの姿は、言葉以上に子供を叱る母親だ。なんとなく視線をそらす魔狼達は居心地悪そうだった。

「パパ、お仕事して!」

 なぜか元凶のリリスにも叱られる。頷くがまだルシファーは顔を見せようとしなかった。するとリリスが小さな手で、ルシファーの首に手を回した。ぎゅっと抱き着いてから、旋毛のあたりを撫でる。

「ちゃんとお仕事したら、リリスが一緒にお風呂してあげる」

「わかった」

 先ほどのまでの態度が嘘のように、きりっと立ち直った主君の姿は喜ばしいはずなのに、アスタロトは頭を抱えて「情けない」と呟いた。
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