192 / 1,397
16章 ホトケの顔も三度まで?
189. 人族の所業がひどすぎて
しおりを挟む
沼地を抜けた隣は、湿地帯になっている。蛇女族はその種族名が示す通り、女性しか生まれない魔族だった。繁殖期になると、一族の中から数人が雄になり子孫を残すのだ。
魔法陣で転移した先で、リリスは大人気だった。
繁殖期の後は身篭った女達が一度に出産するラミアにとって、育児は一種の戦争だ。本当に忙しく、子供達を愛でている余裕はない。餌となる魔物を捕まえ、狩りの仕方を教え込み、生きていく術を伝えるのだ。
気付くと子供達は一斉に大人になり、次の繁殖期まで子供はいない。常にこの状態で繁殖してきた彼女らにとって、1人だけの女の子は愛でる対象だった。
「姫、こちらへおいでなさいませ」
「このリボンはいかがです?」
「美味しいジュースがありますわ」
到着するなり始まった持て成しに、リリスは困惑した様子だった。初めて自分自身へ向けられた敵意に怯えたばかりなのに、今度の訪問地では大歓迎されている。状況のめまぐるしい変化についていけない。それでも彼女らが好意的なのは理解した。
「くれるの?」
「どうぞ」
木の実に穴を開けてストローを挿したジュースを、木の実ごと受け取って口にする。ほんのり甘いがすっきりした味に、リリスが頬を綻ばせた。
「おいし…ありがとう」
笑顔を振りまき始めたリリスに「可愛い」と声がかけられ、リボンや花飾りが渡される。黒髪をなでられるたびに、リリスは嬉しそうに笑った。
ラミアに囲まれてお座りしたリリスは、差し出されたお人形に夢中だ。端布を合わせて作ったラミアの人形は、尻尾が短く作られたため人魚にも見える。
「……助かった」
「こちらこそ、姫に失礼がないといいのですが……」
ラミアの長であるコアトリクエは、ルシファーの呟きに首を横に振った。伯爵位を持つ彼女は優雅に一礼する。下半身が蛇であるラミアは、上半身のみ人の姿をしていた。そのため湿地帯を好んで領土として得た経緯がある。
「人族による被害はどの程度だった?」
世間話のようにさりげなく切り出した。憔悴したコアトリクエは、雲のない星空に目を向ける。膝をついた彼女は、無理してはしゃぐ同族を見てから口を開いた。
「はい……一族の者が8人ほど」
人族はラミアを外見から魔物に分類しているようだが、知性の高い魔族である。伯爵位を得るほどに上位の魔力も有していた。ただ、彼女らの魔力は攻撃に適していない。攻撃魔法を使わないので、狩られる対象になったのだ。
「……すまない、余の落ち度だ」
「いえ、陛下の所為ではございません。我らもアルラウネの話を聞いて警戒していたのですが」
そこでコアトリクエは言葉を詰まらせた。
嘆願書の内容を思い出す。書かれていた内容は凄惨を極めていた。ラミアの集落に迷い込んだ男性が食事に毒を盛った、と。その男の存在自体が罠だったが、気付いたときには手遅れだった。
人のいいラミアは迷い人を歓迎する宴を開いた。集まった女性達は一網打尽に捕らえられ、服を剥がれ、皮膚を切り裂かれ、生きたまま鱗や皮を奪われたのだ。悲鳴に駆けつけた他の集落の者が見たのは、瀕死状態で転がる血塗れの同胞だった。
全身を赤に染めた彼女らを治療したが、結局助けられなかったと書かれていた。人族の襲撃だと気付いたのは、大量に残された靴跡や迷い人を見ていた別のラミアによる証言だ。使われた武器も粗末な鉄のナイフだった。
「このような非道を余は許さぬ。リザードマンの沼の先に作られた村は壊したが……そなたらを襲った者らは都の冒険者であろう。アルラウネを襲った者と同じであろうな」
「悔しくても私達は抵抗する術を持ちません。処罰のすべてを陛下にお任せします」
簪で留めた茶色の髪を下げるコアトリクエに、ルシファーはひとつの宝石を取り出す。それを4つに割ってから手渡した。両手で受け取った彼女の前で魔力を込めていく。飽和する少し手前まで魔力を注いで、ルシファーは事も無げに言った。
「これを結界の要として使うがよい」
コアトリクエが深々と頭を下げる。
「陛下、近くに人族の都は見当たりませんが……小さな砦がひとつございます」
それまで黙っていたアスタロトが口を挟んだ。どうやらコウモリを放って周囲を探索していたらしい。敵を見つけたと報告する彼の表情は、残忍さが全面に出ていた。
「滅ぼせ」
「かしこまりました」
小さな砦ならば任せてもいいだろう。必要以上に被害を大きくする心配もない。砦にいる人族は誰一人残さないだろうが……夜空を見上げて、ルシファーはひとつ息をついた。
しかたあるまい、人族の所業がすべての根源なのだから。
魔法陣で転移した先で、リリスは大人気だった。
繁殖期の後は身篭った女達が一度に出産するラミアにとって、育児は一種の戦争だ。本当に忙しく、子供達を愛でている余裕はない。餌となる魔物を捕まえ、狩りの仕方を教え込み、生きていく術を伝えるのだ。
気付くと子供達は一斉に大人になり、次の繁殖期まで子供はいない。常にこの状態で繁殖してきた彼女らにとって、1人だけの女の子は愛でる対象だった。
「姫、こちらへおいでなさいませ」
「このリボンはいかがです?」
「美味しいジュースがありますわ」
到着するなり始まった持て成しに、リリスは困惑した様子だった。初めて自分自身へ向けられた敵意に怯えたばかりなのに、今度の訪問地では大歓迎されている。状況のめまぐるしい変化についていけない。それでも彼女らが好意的なのは理解した。
「くれるの?」
「どうぞ」
木の実に穴を開けてストローを挿したジュースを、木の実ごと受け取って口にする。ほんのり甘いがすっきりした味に、リリスが頬を綻ばせた。
「おいし…ありがとう」
笑顔を振りまき始めたリリスに「可愛い」と声がかけられ、リボンや花飾りが渡される。黒髪をなでられるたびに、リリスは嬉しそうに笑った。
ラミアに囲まれてお座りしたリリスは、差し出されたお人形に夢中だ。端布を合わせて作ったラミアの人形は、尻尾が短く作られたため人魚にも見える。
「……助かった」
「こちらこそ、姫に失礼がないといいのですが……」
ラミアの長であるコアトリクエは、ルシファーの呟きに首を横に振った。伯爵位を持つ彼女は優雅に一礼する。下半身が蛇であるラミアは、上半身のみ人の姿をしていた。そのため湿地帯を好んで領土として得た経緯がある。
「人族による被害はどの程度だった?」
世間話のようにさりげなく切り出した。憔悴したコアトリクエは、雲のない星空に目を向ける。膝をついた彼女は、無理してはしゃぐ同族を見てから口を開いた。
「はい……一族の者が8人ほど」
人族はラミアを外見から魔物に分類しているようだが、知性の高い魔族である。伯爵位を得るほどに上位の魔力も有していた。ただ、彼女らの魔力は攻撃に適していない。攻撃魔法を使わないので、狩られる対象になったのだ。
「……すまない、余の落ち度だ」
「いえ、陛下の所為ではございません。我らもアルラウネの話を聞いて警戒していたのですが」
そこでコアトリクエは言葉を詰まらせた。
嘆願書の内容を思い出す。書かれていた内容は凄惨を極めていた。ラミアの集落に迷い込んだ男性が食事に毒を盛った、と。その男の存在自体が罠だったが、気付いたときには手遅れだった。
人のいいラミアは迷い人を歓迎する宴を開いた。集まった女性達は一網打尽に捕らえられ、服を剥がれ、皮膚を切り裂かれ、生きたまま鱗や皮を奪われたのだ。悲鳴に駆けつけた他の集落の者が見たのは、瀕死状態で転がる血塗れの同胞だった。
全身を赤に染めた彼女らを治療したが、結局助けられなかったと書かれていた。人族の襲撃だと気付いたのは、大量に残された靴跡や迷い人を見ていた別のラミアによる証言だ。使われた武器も粗末な鉄のナイフだった。
「このような非道を余は許さぬ。リザードマンの沼の先に作られた村は壊したが……そなたらを襲った者らは都の冒険者であろう。アルラウネを襲った者と同じであろうな」
「悔しくても私達は抵抗する術を持ちません。処罰のすべてを陛下にお任せします」
簪で留めた茶色の髪を下げるコアトリクエに、ルシファーはひとつの宝石を取り出す。それを4つに割ってから手渡した。両手で受け取った彼女の前で魔力を込めていく。飽和する少し手前まで魔力を注いで、ルシファーは事も無げに言った。
「これを結界の要として使うがよい」
コアトリクエが深々と頭を下げる。
「陛下、近くに人族の都は見当たりませんが……小さな砦がひとつございます」
それまで黙っていたアスタロトが口を挟んだ。どうやらコウモリを放って周囲を探索していたらしい。敵を見つけたと報告する彼の表情は、残忍さが全面に出ていた。
「滅ぼせ」
「かしこまりました」
小さな砦ならば任せてもいいだろう。必要以上に被害を大きくする心配もない。砦にいる人族は誰一人残さないだろうが……夜空を見上げて、ルシファーはひとつ息をついた。
しかたあるまい、人族の所業がすべての根源なのだから。
23
お気に入りに追加
4,905
あなたにおすすめの小説
三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃
紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。
【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。
【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~
イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」
どごおおおぉっ!!
5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略)
ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。
…だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。
それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。
泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ…
旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは?
更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!?
ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか?
困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語!
※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください…
※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください…
※小説家になろう様でも掲載しております
※イラストは湶リク様に描いていただきました
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!
水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。
シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。
緊張しながら迎えた謁見の日。
シエルから言われた。
「俺がお前を愛することはない」
ああ、そうですか。
結構です。
白い結婚大歓迎!
私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。
私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる