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16章 ホトケの顔も三度まで?

189. 人族の所業がひどすぎて

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 沼地を抜けた隣は、湿地帯になっている。蛇女族ラミアはその種族名が示す通り、女性しか生まれない魔族だった。繁殖期になると、一族の中から数人が雄になり子孫を残すのだ。

 魔法陣で転移した先で、リリスは大人気だった。

 繁殖期の後は身篭った女達が一度に出産するラミアにとって、育児は一種の戦争だ。本当に忙しく、子供達を愛でている余裕はない。餌となる魔物を捕まえ、狩りの仕方を教え込み、生きていく術を伝えるのだ。

 気付くと子供達は一斉に大人になり、次の繁殖期まで子供はいない。常にこの状態で繁殖してきた彼女らにとって、1人だけの女の子は愛でる対象だった。

「姫、こちらへおいでなさいませ」

「このリボンはいかがです?」

「美味しいジュースがありますわ」

 到着するなり始まった持て成しに、リリスは困惑した様子だった。初めて自分自身へ向けられた敵意に怯えたばかりなのに、今度の訪問地では大歓迎されている。状況のめまぐるしい変化についていけない。それでも彼女らが好意的なのは理解した。

「くれるの?」

「どうぞ」

 木の実に穴を開けてストローを挿したジュースを、木の実ごと受け取って口にする。ほんのり甘いがすっきりした味に、リリスが頬を綻ばせた。

「おいし…ありがとう」

 笑顔を振りまき始めたリリスに「可愛い」と声がかけられ、リボンや花飾りが渡される。黒髪をなでられるたびに、リリスは嬉しそうに笑った。

 ラミアに囲まれてお座りしたリリスは、差し出されたお人形に夢中だ。端布を合わせて作ったラミアの人形は、尻尾が短く作られたため人魚にも見える。

「……助かった」

「こちらこそ、姫に失礼がないといいのですが……」

 ラミアの長であるコアトリクエは、ルシファーの呟きに首を横に振った。伯爵位を持つ彼女は優雅に一礼する。下半身が蛇であるラミアは、上半身のみ人の姿をしていた。そのため湿地帯を好んで領土として得た経緯がある。

「人族による被害はどの程度だった?」

 世間話のようにさりげなく切り出した。憔悴したコアトリクエは、雲のない星空に目を向ける。膝をついた彼女は、無理してはしゃぐ同族を見てから口を開いた。

「はい……一族の者が8人ほど」

 人族はラミアを外見から魔物に分類しているようだが、知性の高い魔族である。伯爵位を得るほどに上位の魔力も有していた。ただ、彼女らの魔力は攻撃に適していない。攻撃魔法を使わないので、狩られる対象になったのだ。

「……すまない、余の落ち度だ」

「いえ、陛下の所為ではございません。我らもアルラウネの話を聞いて警戒していたのですが」

 そこでコアトリクエは言葉を詰まらせた。

 嘆願書の内容を思い出す。書かれていた内容は凄惨を極めていた。ラミアの集落に迷い込んだ男性が食事に毒を盛った、と。その男の存在自体が罠だったが、気付いたときには手遅れだった。

 人のいいラミアは迷い人を歓迎する宴を開いた。集まった女性達は一網打尽に捕らえられ、服を剥がれ、皮膚を切り裂かれ、生きたまま鱗や皮を奪われたのだ。悲鳴に駆けつけた他の集落の者が見たのは、瀕死状態で転がる血塗れの同胞だった。

 全身を赤に染めた彼女らを治療したが、結局助けられなかったと書かれていた。人族の襲撃だと気付いたのは、大量に残された靴跡や迷い人を見ていた別のラミアによる証言だ。使われた武器も粗末な鉄のナイフだった。

「このような非道を余は許さぬ。リザードマンの沼の先に作られた村は壊したが……そなたらを襲った者らは都の冒険者であろう。アルラウネを襲った者と同じであろうな」

「悔しくても私達は抵抗する術を持ちません。処罰のすべてを陛下にお任せします」

 簪で留めた茶色の髪を下げるコアトリクエに、ルシファーはひとつの宝石を取り出す。それを4つに割ってから手渡した。両手で受け取った彼女の前で魔力を込めていく。飽和する少し手前まで魔力を注いで、ルシファーは事も無げに言った。

「これを結界の要として使うがよい」

 コアトリクエが深々と頭を下げる。

「陛下、近くに人族の都は見当たりませんが……小さな砦がひとつございます」

 それまで黙っていたアスタロトが口を挟んだ。どうやらコウモリを放って周囲を探索していたらしい。敵を見つけたと報告する彼の表情は、残忍さが全面に出ていた。

「滅ぼせ」

「かしこまりました」

 小さな砦ならば任せてもいいだろう。必要以上に被害を大きくする心配もない。砦にいる人族は誰一人残さないだろうが……夜空を見上げて、ルシファーはひとつ息をついた。

 しかたあるまい、人族の所業がすべての根源なのだから。
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