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12章 ワイバーンが拉致りました

148. もう帰ってもいいんでしょうか

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 凄惨な現場のお片づけを部下に任せ、ルシファーは機嫌よく魔王城へ帰還した。もちろん抱っこしたリリスも音階がズレた鼻歌を歌っている。その右手にこっそり赤黒の猛毒蛇サーペントを握って……。

 魔法で綺麗にすることも出来るが、抱っこして入れば問題ない。薔薇のお風呂はリリスのお気に入りだ。

 忌々しいワイバーンは気が済むまでし、リリスの王妃候補の地位も確立できた。今回の即位記念祭は大成功と言える。

「パパ、お風呂!!」

「そうだな、一緒にお風呂に入ろうね」

 左腕のリリスをソファに下ろした。彼女の首にかかった重いネックレスを外して机に置き、髪飾りに手を伸ばしたところで……見覚えのない赤黒い紐に気付く。

「ん? その手に……な、に……えっ、うぎゃあぁああぁ!?」

 そこで初めてリリスの手に握られたサーペントに気付いた。しかもまだ生きている。蠢く尻尾を摘んだルシファーが悲鳴を上げながら窓へ近づいた。サーペントが蛇である以上、尻尾を持つと持ち上がってくる習性がある。首をもたげた蛇と目が合い、慌てて放り出す。

 しゅるしゅると滑らかな動きでベッドの下に潜り込まれてしまった。

「やばい……、アスタロト! アスタロトぉお!!」

 全力で側近を呼びつける。領地内の広場清掃を行っていたアスタロトが、魔王城の中庭に転移した。



 部屋の叫び声に真っ先に反応したのは、廊下の衛兵だ。

「何事ですか、魔王陛下っ!」

「入るなっ!」

 叫び声が聞こえた衛兵コボルトは、入室許可を却下されて右往左往していた。そこへ現れた側近の大公にすがる目を向ける。護衛としては中に入って状況を確認したい。しかし部屋の主である魔王の拒絶が邪魔をしていた。

「アスタロト閣下……陛下がっ、もし賊だったら」

「私が対応しますので、問題ありませんよ。失礼いたします、陛下」

 困惑顔のコボルトの頭を撫でて扉を開けたアスタロトは、すぐに身を滑り込ませて後ろ手に扉を閉めた。こんな魔王の姿を、間違っても外部に広めるわけにいかない。

「アシュタ、紐が逃げちゃった」

「リリス嬢、あれは紐ではありません」

 ソファ前の机で蹲る魔王、ソファの上ではしゃぐお姫様、そして……ベッドの方角から聞こえるサーペントの威嚇音。状況はだいたい把握できた。

「……いい加減慣れてください、情けない」

「あれ片付けて」

 こわごわ指差す先は、ベッドの下である。何らかの理由で部屋に現れた蛇が、暗くて狭い場所に逃げ込んだのだろう。ということは、リリスを守るために多少なりと頑張った可能性がある。攻撃されたと判断したから、サーペントは安全な場所ともくしたベッド下にもぐったのだ。

 贔屓目ひいきめにみて、一度はサーペントを何とかしようとした努力の痕跡だろう。

「今回だけですからね」

 念押しして、それでもリリスを守ろうとしたらしいルシファーに絆された側近は、ひょいっとサーペントを掴んで引きずり出した。ぐいっと持ち上がった頭が、アスタロトの手に噛み付く。しかし結界越しなので問題はなかった。

 猛毒があるといっても、噛まれて毒が回らなければ価値がない。

「パパ、お風呂入る」

「もう少し待ってて」

 ジュエリー類がなくなって身軽になったリリスは、無邪気に声を上げる。しかしルシファーは蛇が部屋から消えるまで安心できなかった。

「ルシファー様、こうやって持ったら平気では?」

 思いついて手を覆う結界を逆転させ、サーペントを包んだ。球体状にした結界に少しだけ色をつけて見やすくすると、ルシファーの前に差し出す。恐る恐る近づいたルシファーは念をいれて、上からさらに3重の結界を施してから触った。

 バレーボール程の大きさの球を手の上で転がし、中のサーペントをじっくり観察する。

「そっか、結界で隔離すればよかったのか」

「噛まれなければいいのでしょう? 次からは自分で処理してくださいね」

 実力者2人が真剣に顔を突き合わせて、低級魔物を相手にしている間に、リリスは豪華なドレスを脱いで身軽になっていた。サーペントを手にしたルシファーの裾をくいっと引く。

「ん?」

「パパぁ! 薔薇のお風呂がいい」

「うん、そうか………っ!? リリス、いつ脱いだ! 見るな、アスタロト!」

「はい」

 慌てて取り寄せたタオルでリリスを包む。当然のように窓の外へ身体ごと向いたアスタロトに「そのまま動くなよ」と言い置いて、魔王は浴室へ消えた。

「もう帰ってもいいんでしょうか」

 まだ片付けの途中だったのですが……2人分合わせて4重の結界で包まれたサーペントを持ち、アスタロトは命令どおり立ち尽くしていた。
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