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12章 ワイバーンが拉致りました

143. リリス姫の狩り好き伝説

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「いまの、凄い威力だ」

「さすがはリリス嬢、ルシファー様の妃候補らしいです」

 呆然としていたアスタロトは、慌てて周囲の生きた魔物を一括して捕獲した。魔力の網で縛りあげた魔物を転移させ、ほっと一息つく。範囲を大きくしたため、足元に巨大な魔法陣が浮かんで消えた。

「では戻りましょうか」

「あ、ああ」

 驚きすぎて、怒りが麻痺したルシファーを連れて転移する。残されたワイバーンの死体がひとつ、別の魔法陣でこっそり回収された。





「あとを頼みましたよ、ベール」

 そんな無責任な言葉だけ残され、陛下と側近が消えた現場は……当然ながら騒然とした。そもそも近くに陣取った貴族以外、リリス嬢がさらわれた事実を知らないのだ。

「……怨みますよ」

 追いかける側のが楽だった。たとえ出向いた先がスプラッタ現場だとしても、この状況をどうしろと……そんなベールの呻く声に、ルキフェルが袖を引っ張る。

「ねえ、説明」

「任せるわ」

 丸投げのベルゼビュートとルキフェルの期待の眼差しに、ベールは仕方なく表に立った。簡単に状況を説明し終えた頃、一部の貴族から声が上がる。

「陛下はいつお戻りに?」

「それより王妃様が危険だろう」

「いや、助けに向かう必要があるか」

 そこで一斉に彼らは黙り込んだ。

「助けは不要だと思いますよ」

 ベールの指摘に、誰もが顔を見合わせてハモった。

「「「「まあ、魔王様だから」」」」

 最強の魔族が、ワイバーンの群れごときに遅れをとるはずがない。問題は連れ去られた王妃候補のリリス嬢が無事かどうかだ。彼女がすでに害されていたら……世界中からトカゲ類は駆除されかねない事態だった。ドラゴン種は一部青ざめている。

「……帰ったぞ。オレだと助け不要ってのがわからん」

 どこから聞いてたのか。憮然とした口調でぼやくルシファーが現れる。すぐ後ろにアスタロトも続き、広間に集まっていた貴族がざわついた。その騒ぎは後方の民まで伝わり、無事の帰還を祝う声となって戻ってくる。

「ご無事で……リリスもおケガがなく、安堵いたしました」

 公的な場なので呼び名を改めたベールの挨拶に、鷹揚に頷いて溜め息を吐いた。リリスの黒髪の乱れを指先で直しながら、彼女に笑いかける。

「まったく。突然の騒ぎで立后が後回しになるなんて」

「魔族らしいエピソードですね」

 縁起が悪いと言われる。そう呟きかけた言霊を遮るアスタロトを振り返り、にやっと笑う。確かに、魔王を始めとした上位貴族は、すべて何らかのエピソードを持っていた。他種族を罠にはめる貴族や大量虐殺を行ったフェンリル、どこかの側近のように大義名分を掲げて敵を殲滅した者もいる。

 そういったエピソードとして残せばいい。『ワイバーンの群れを撃退したリリス姫』の触れ込みは、おそらく魔族好みの噂となるだろう。

「アシュタ、さっきのトカゲは?」

「お持ちしておりますよ」

 収納空間の口を開いて中を見せると、彼女は無造作に尻尾を掴んで引きずり出そうとする。さすがに大きすぎるのでベールやルシファーが手を貸すと、ずるりと出てきた焼きトカゲがテラスの上に転がった。

 ドンと音を立てて置かれたワイバーン焼きに、国民は大いに盛り上がる。貴族達も一瞬あっけに取られるが、すぐに拍手を始めた。

「ヤンにあげる!」

「そうですね、姫がトドメを刺したのですから」

 なにやら思いついたアスタロトが声にして賛同する。ベールが一瞬考えて、すぐに追従した。

「姫は狩りが得意ですからね」

「リリスの獲物だ。好きにすればいいさ」

 そう告げたルシファーが頬にキスしたことで、『リリス姫の狩り好き伝説』が魔族の間で一気に広まった。曰く『リリス姫はワイバーンに攫われたのではなく、晴れの場に相応しい獲物を見つけて狩りに行ったらしい』と。
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