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10章 遅れてきた災厄
117. おかしいですね
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説教から解放されたルシファーが這うように移動したソファで、リリスは人形を抱っこしていた。ベルゼビュートは痺れた足を解しながら床に転がる。立てないらしい。ゾンビの移り香に顔をしかめる幼女が望んだのは、いつものバラの香りだった。
「パパ、おふろいこう~」
人形を置いて手を伸ばすお姫様を抱っこするが、痺れた足で立ち上がるとじわじわ痛みが走る。しかし動かないルシファーに痺れを切らしたリリスは、身体を揺すって催促した。
「パパぁ! おふろっ!!」
「……っ、わかってるぞ。今いく」
じんじんするつま先に注意しながら、壊れた機械のような歩き方で帰る主君を見送ったアスタロトは、執務室の床に転がるベルゼビュートに冷めた目を向けた。
「いつまで転がっている気ですか。事務仕事を手伝わせますよ」
「ひっ……帰る。帰ります!!」
自慢の巻き髪が散々な状態なのも直さず、慌てて転がるように部屋を飛び出した。ようやく静けさが戻った部屋で、アスタロトが書類を引き寄せる。ルシファーが休んだ今日の分だけでも、かなりの枚数があった。徐々に書類の山を減らして底が見えてきた頃、ベールが新たな書類を数枚持ち込む。
調査報告書と銘打たれた紙を受け取り、さっと目を通した。
「ルキフェルの調査結果です。あのゾンビの元になった魔物の生息区域と、発生地点が一致しませんね。あれらはフェンリルの領域より外に多く生息する魔物ですよ」
「……おかしいですね」
魔の森は各種族の縄張りによって区分けされている。長距離を移動したのであれば、どこかの種族が気付いて報告を上げるはずだった。森の管理を行うドライアドはもちろん、ハイエルフなども森の異常には敏感なのだ。
すべての種族が一斉に裏切る可能性は低く、反逆するにしても足並みを揃えるのは無理だろう。すべての魔族が魔王を見限ったとして、ゾンビなどという忌むべき手段を選ぶ可能性も低かった。死に損ないは見つけ次第に処分が、どの種族でも通例だ。
何より、魔王城の裏にある領域に発生したゾンビの原料である魔物が、魔王城の正面側に位置するフェンリルの領地より外に生息する種族であったなど……考えにくい。他の地域で発生させた魔物を、魔王城の裏であるアスタロトの領域に送り込むよりも、領地内の魔物をアンデッドにした方が早いからだ。
「ベール、今回の襲撃について追加調査を行いましょう」
書類整理の前にまとめたゾンビに関する検分結果を差し出す。現場で感じた違和をまとめたものだが、目を通すベールが怪訝そうな顔をした。
「炎に耐性、ですか?」
「ベルゼビュートが使った炎の柱は確かにゾンビに効果がありました。あの高温と威力から考えると、灰も残らず消えるはずですが、種族の特徴がわかるほど死体が残っていました」
一般的にアンデッドは浄化と火炎に弱い。燃やされることは浄化に繋がるため、炎はかなり有効な手段だった。それを知るベルゼビュートも、わざわざ炎の魔法陣を使ったのだろう。彼女の得意な水はアンデッドと相性が悪いのだ。
高温で一気に焼き払う魔法陣の威力は、間近で見たアスタロトが一番よく知っている。形も残らぬ灰となる温度で焼き尽くされたのに、特徴がわかるほど残っていた死体――炎に耐性があったか、炎を受け付けない何かが考えられる。
「私が使った風の方がよほど効果が高かったのです。奇妙ですね」
風で刻んでも、切り落とされた手足は勝手に動くのがゾンビの特徴だ。考慮して出来るだけ細かく刻んだとはいえ、あっさり動きが止まったことも違和感が拭えなかった。だから死体を地に埋めたりせず、そのまま現場を放置してきたのだ。
「もう少し調査させましょう」
ベールの慎重な態度に同意の頷きを送り、アスタロトは眉をひそめる。
「嫌な予感がします」
「パパ、おふろいこう~」
人形を置いて手を伸ばすお姫様を抱っこするが、痺れた足で立ち上がるとじわじわ痛みが走る。しかし動かないルシファーに痺れを切らしたリリスは、身体を揺すって催促した。
「パパぁ! おふろっ!!」
「……っ、わかってるぞ。今いく」
じんじんするつま先に注意しながら、壊れた機械のような歩き方で帰る主君を見送ったアスタロトは、執務室の床に転がるベルゼビュートに冷めた目を向けた。
「いつまで転がっている気ですか。事務仕事を手伝わせますよ」
「ひっ……帰る。帰ります!!」
自慢の巻き髪が散々な状態なのも直さず、慌てて転がるように部屋を飛び出した。ようやく静けさが戻った部屋で、アスタロトが書類を引き寄せる。ルシファーが休んだ今日の分だけでも、かなりの枚数があった。徐々に書類の山を減らして底が見えてきた頃、ベールが新たな書類を数枚持ち込む。
調査報告書と銘打たれた紙を受け取り、さっと目を通した。
「ルキフェルの調査結果です。あのゾンビの元になった魔物の生息区域と、発生地点が一致しませんね。あれらはフェンリルの領域より外に多く生息する魔物ですよ」
「……おかしいですね」
魔の森は各種族の縄張りによって区分けされている。長距離を移動したのであれば、どこかの種族が気付いて報告を上げるはずだった。森の管理を行うドライアドはもちろん、ハイエルフなども森の異常には敏感なのだ。
すべての種族が一斉に裏切る可能性は低く、反逆するにしても足並みを揃えるのは無理だろう。すべての魔族が魔王を見限ったとして、ゾンビなどという忌むべき手段を選ぶ可能性も低かった。死に損ないは見つけ次第に処分が、どの種族でも通例だ。
何より、魔王城の裏にある領域に発生したゾンビの原料である魔物が、魔王城の正面側に位置するフェンリルの領地より外に生息する種族であったなど……考えにくい。他の地域で発生させた魔物を、魔王城の裏であるアスタロトの領域に送り込むよりも、領地内の魔物をアンデッドにした方が早いからだ。
「ベール、今回の襲撃について追加調査を行いましょう」
書類整理の前にまとめたゾンビに関する検分結果を差し出す。現場で感じた違和をまとめたものだが、目を通すベールが怪訝そうな顔をした。
「炎に耐性、ですか?」
「ベルゼビュートが使った炎の柱は確かにゾンビに効果がありました。あの高温と威力から考えると、灰も残らず消えるはずですが、種族の特徴がわかるほど死体が残っていました」
一般的にアンデッドは浄化と火炎に弱い。燃やされることは浄化に繋がるため、炎はかなり有効な手段だった。それを知るベルゼビュートも、わざわざ炎の魔法陣を使ったのだろう。彼女の得意な水はアンデッドと相性が悪いのだ。
高温で一気に焼き払う魔法陣の威力は、間近で見たアスタロトが一番よく知っている。形も残らぬ灰となる温度で焼き尽くされたのに、特徴がわかるほど残っていた死体――炎に耐性があったか、炎を受け付けない何かが考えられる。
「私が使った風の方がよほど効果が高かったのです。奇妙ですね」
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「もう少し調査させましょう」
ベールの慎重な態度に同意の頷きを送り、アスタロトは眉をひそめる。
「嫌な予感がします」
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