上 下
94 / 1,397
7章 療養という名の隔離

91. 朝食はベーコンにしましょう

しおりを挟む
「眷属に始末させましょう」

 アスタロトが魔法陣で呼び出したのは、大量の巨大なコウモリだった。ミミズを捕食する姿は、ちょっと映像に出来ないグロさがある。しかし確実に数を減らすミミズと、突かれて苦しむワームに対して適切な対処だった。

「うん、帰ろう。グロいし臭い」

 鼻がいいだけにヤンも顔を顰めている。彼の背に乗せてもらって踵を返したところに、今度は城門脇の森からミノタウロスやオークが雄たけび上げて走ってきた。森の王者フェンリルを前に怯んだ様子はなく、やはり操られている可能性が高かった。

 アスタロトが感じた気配は、ワームじゃなくこちらだったかも知れない。

「ヤン、任せる」

「承知しました」

 直後、ヤンの魔力を込めた遠吠えが響く。すると呼び寄せられたのか、コボルトや魔狼が大量に駆け寄ってきた。足の速い彼らはヤンの前に陣を敷くと、ミノタウロスやオークの連合に勢いよく立ち向かう。

「……任せたら混戦になってしまった」

 正直、面倒くさい。オレの魔力が使えれば、一瞬で片がつく話なのに。そう思うから余計に苛立つ。

「パパ、リリスもアオーンって、してもいい?」

 ヤンの遠吠えの真似事だろう。両手で口元にホーンを作る仕草が可愛くて、黒髪に頬ずりしながら頷いて許可を出した。

「いいよ」

 本当に可愛いな……リリスは。駄々漏れの感情を滲ませただらしない顔で、幼女を自分の前に座らせる。ヤンの毛皮に沈み込みそうなリリスが大きく息を吸い込み、アオーンと遠吠えの真似をした。

「はあ?!」

 間抜けな声が漏れる。リリスの放った魔力を込めた遠吠えは、棍棒を振り上げたミノタウロスを吹き飛ばし、オークやオーガも襲った。彼女が手で作ったホーンの先で、魔物が真っ二つに割れている。群れの中央を吹き飛ばしたことで、司令塔不在の群れが混乱をきたした。

 あちこちから逃げ出すゴブリンやオークが見られ、オーガも不安そうにきょろきょろしている。リリスが吹き飛ばした中央部は、魔物の死体すら残っていなかった。

「今の魔力は……陛下、ではない?」

 慌てて駆け寄ったアスタロトが首をかしげ、得意げに幼い胸をそらしたリリスと崩れた魔物の群れを交互に確認する。そっと手を伸ばしてリリスの頭を撫でると、アスタロトの手を無邪気に喜ぶリリスがはしゃいだ。

「アシュタの撫で撫で! パパ、リリスすごい?」

「あ……ああ、凄いな」

 ほかに言葉が見つからないルシファーと、困惑したヤンが顔を見合わせる。

「凄いですね、リリス嬢に陛下を守ってもらえそうです」

 アスタロトのとんでもない発言に、リリスは赤い瞳を輝かせた。両手を精一杯あげて、自己主張する。

「あい! リリスがパパを守る!!」

「頑張ってくださいね」

 撫でてもらってご機嫌のリリスに対し、ルシファーは複雑そうな声で呟いた。

「……パパ、情けない」

「おや。愛されている証拠でしょう。素直に守られておきなさい」

 あと数年したら近づかないでと言われるでしょうし。不吉な予想を笑顔に隠し、アスタロトは残った魔物を風で切り裂いた。台風並みの風が魔物を巻き上げ、切り刻み、大地に降り注ぐ。

「本当にお前は容赦ない」

「とっくにご存知でしたでしょう」

 嫌味を笑ってやり過ごしたアスタロトは、汚れた城門前の大地を眺めた。ワームが掘り起こした土が盛り上がり、中身を撒き散らしたワームが散らばる。少し離れた場所は風に刻まれた豚や牛が転がっていた。いや、魔物なので家畜扱いは失礼だろう。

 ミノタウロスやオークの欠片は、ヤンが呼び寄せたコボルトや魔狼達が有り難く頂戴するらしい。元の形を知らなければ、豚肉であり牛肉だった。彼らにとってご馳走だ。

 平伏して敬意を示してから、それぞれの群れが獲物を分配して運んでいく。弱肉強食の彼らを見送っていると、一匹がヤンの前に獲物を献上した。すると他の群れの長も獲物を選んで運んでくる。

「豚さん! ベーコン!」

 オーク肉の塊を指差すリリスに「やめなさい」と諭すルシファーだが、彼女は興奮してベーコンと繰り返す。そのはしゃいだ姿に肉を運んだ魔狼が得意げに鼻を鳴らした。悔しいのか、他の群れからもオーク肉が献上される。大量に詰まれた肉を見ながら、アスタロトが残酷な決断をした。

「朝食はベーコンにしましょう」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

【完結】いせてつ 〜TS転生令嬢レティシアの異世界鉄道開拓記〜

O.T.I
ファンタジー
レティシア=モーリスは転生者である。 しかし、前世の鉄道オタク(乗り鉄)の記憶を持っているのに、この世界には鉄道が無いと絶望していた。 …無いんだったら私が作る! そう決意する彼女は如何にして異世界に鉄道を普及させるのか、その半生を綴る。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

【完結】魔王様、今度も過保護すぎです!

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
「お生まれになりました! お嬢様です!!」  長い紆余曲折を経て結ばれた魔王ルシファーは、魔王妃リリスが産んだ愛娘に夢中になっていく。子育ては二度目、余裕だと思ったのに予想外の事件ばかり起きて!?  シリアスなようでコメディな軽いドタバタ喜劇(?)です。  魔王夫妻のなれそめは【魔王様、溺愛しすぎです!】を頑張って読破してください(o´-ω-)o)ペコッ 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう ※2023/06/04  完結 ※2022/05/13  第10回ネット小説大賞、一次選考通過 ※2021/12/25  小説家になろう ハイファンタジー日間 56位 ※2021/12/24  エブリスタ トレンド1位 ※2021/12/24  アルファポリス HOT 71位 ※2021/12/24  連載開始

その転生幼女、取り扱い注意〜稀代の魔術師は魔王の娘になりました〜

みおな
ファンタジー
かつて、稀代の魔術師と呼ばれた魔女がいた。 魔王をも単独で滅ぼせるほどの力を持った彼女は、周囲に畏怖され、罠にかけて殺されてしまう。 目覚めたら、三歳の幼子に生まれ変わっていた? 国のため、民のために魔法を使っていた彼女は、今度の生は自分のために生きることを決意する。

【完結】彼女が魔女だって? 要らないなら僕が大切に愛するよ

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
恋愛
「貴様のような下賤な魔女が、のうのうと我が妻の座を狙い画策するなど! 恥を知れ」  味方のない夜会で、婚約者に罵られた少女は涙を零す。その予想を覆し、彼女は毅然と顔をあげた。残虐皇帝の名で知られるエリクはその横顔に見惚れる。  欲しい――理性ではなく感情で心が埋め尽くされた。愚かな王太子からこの子を奪って、傷ついた心を癒したい。僕だけを見て、僕の声だけ聞いて、僕への愛だけ口にしてくれたら……。  僕は君が溺れるほど愛し、僕なしで生きられないようにしたい。  明かされた暗い過去も痛みも思い出も、僕がすべて癒してあげよう。さあ、この手に堕ちておいで。  脅すように連れ去られたトリシャが魔女と呼ばれる理由――溺愛される少女は徐々に心を開いていく。愛しいエリク、残酷で無慈悲だけど私だけに優しいあなた……手を離さないで。  ヤンデレに愛される魔女は幸せを掴む。 ※2022/07/29  FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過 ※2022/05/13  第10回ネット小説大賞、一次選考通過 ※2021/08/16  「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過 ※2021/07/09  完結 【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264) ※メリバ展開はありません。ハッピーエンド確定です。 【同時掲載】アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ、カクヨム

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

転生したら死にそうな孤児だった

佐々木鴻
ファンタジー
過去に四度生まれ変わり、そして五度目の人生に目覚めた少女はある日、生まれたばかりで捨てられたの赤子と出会う。 保護しますか? の選択肢に【はい】と【YES】しかない少女はその子を引き取り妹として育て始める。 やがて美しく育ったその子は、少女と強い因縁があった。 悲劇はありません。難しい人間関係や柵はめんどく(ゲフンゲフン)ありません。 世界は、意外と優しいのです。

処理中です...