92 / 1,397
7章 療養という名の隔離
89. 知らぬは当人ばかりなり
しおりを挟む
魔王城は、銀龍石という特殊な岩を切り出して作られた壮大な建築物だ。そのため材料となる石の切り出しは大規模に行われる。再建途中の城の敷地は、巨大な原石がごろごろ転がっていた。名前の由来となった銀の雲母が輝く石は、ドラゴン達が運搬を担当する。
「ドラゴニア家当主エドモンドにございます」
仮設された謁見用の部屋で大きな1本角の男性が頭を下げる。ベールとアスタロトが両脇に立つ中央には、空の玉座が置かれていた。
「ドラゴン族の男による謀反がありました。療養先の陛下に嘘を吹き込み、他竜の鱗を見せた上で誘い出そうと企んだ形です」
自ら作成した報告書片手に告げるアスタロトの冷めた声に、エドモンドが身を震わせた。片膝をついた礼を崩し、平伏して空の玉座に詫びる。どこまでいっても仮設なので、絨毯を敷いた板の間だった。頭を擦り付けたエドモンドが、震える声を絞り出す。
「我が一族から不逞の輩を出しましたこと、心よりお詫び申し上げます。鱗への誓約と神聖な行為を穢した者を捕らえる許可を。一族の恥を雪ぐ機会をお与えください」
真面目なドラゴニア家に謀反の意があるなどと、アスタロトもベールも思っていない。だが彼の一族の末端であろうと、竜が起こしたトラブルを報告しないわけに行かないのだ。エドモンドが本心から詫びる様子に、アスタロトは申し訳なさそうに続けた。
「罪人を捕らえる許可は出せません」
「なぜです!? 我らの忠義をお疑いか!」
必死に食い下がるエドモンドに手を差し伸べて立たせようとするベールだが、彼はひれ伏したまま首を振って拒否した。困惑した顔で見詰め合ったあと、溜め息をついたアスタロトが事実を口にする。
「罪人はすでに処断しました」
「まさか……。陛下のお手を煩わせた、と? 我が首ひとつで代償は足りましょうか。息子のラインはいまだ幼く、なにとぞお慈悲を賜りたく……」
跡取りとしての自覚もない、まだ保育園に通う息子を庇う親の姿に2人は眉尻を下げた。ドラゴニア家を罰する気はなく、対外的な問題として注意した形を取りたかっただけだ。これ以上彼に謝罪させる必要はない。
「ドラゴニア家の忠誠は、陛下も我々も疑っておりません。ただ謀反があった事実と、罪人を処断した結果を報せるために呼んだのですから、身を起こしていただけませんか」
臣下としての片膝をついた姿勢に戻ってくれたエドモンドが、ひとつ深呼吸して尋ねる。
「よろしければ、罪人の最期をお聞かせいただきたい」
「構いません。一族の当主として、知っておくべき情報でしょう」
そう前置いたアスタロトは、右手に水晶玉に似た水の球体を作り出した。そこに自城の庭を映し出す。監視用に設置した目が映した光景に、ベールでさえ言葉を失った。
ところどころ青い野花が咲く芝の上は真っ赤に染まり、ドラゴンの鱗や肉片が散らばっている。千々に裂かれた元ドラゴンは、元の姿を想像できないほどバラバラだった。よくみると、血の臭いに惹かれた魔獣達が肉片の回収を始めている。罪人を弔う気がないアスタロトの悪意が滲んでいた。
「……ありがとうございました」
確認を終えたエドモンドの声が掠れている。竜族は魔の森で3本の指に入る強者だ。たとえ裏切り者であっても、強者の一角を担う者がここまで完膚なきまで原型も残さず倒される状況は、想像外だったらしい。
「これからも魔王陛下の御世のため、竜族の変わらぬ忠誠をお誓い申し上げます。また罪人の処断に、お手を煩わせたお詫びは……いつか必ず」
深く頭を下げて出て行くエドモンドの肩が落ちている。気の毒で声をかけられずに見送ったアスタロトに、ベールが深い溜め息をついた。
「やりすぎです、アスタロト」
「陛下にも言われましたが、あのトカゲ風情は陛下の御名を呼び捨てたのですよ? あのくらい当然です」
「……私が問題にしたのは、死体の状況ですが……罪人以外のドラゴンに、間違ってもトカゲなんて呼び方しないでくださいね」
わかっていますと苦笑いしたアスタロトは次の書類を捲り、意識はもう次の案件に向けられていた。そんな同僚を見ながら、ベールは今頃になってエドモンドの勘違いに気付く。
「そういえば、エドモンド殿は『陛下が自ら手を下された』と勘違いしましたね」
訂正し忘れた。そう告げるベールに、アスタロトは書類から顔をあげて確信犯の表情で口元を歪める。
「勘違いさせたのです。訂正する必要はありません」
城下町ダークプレイスに『療養中の魔王が、ドラゴンを片手でバラバラに引き裂いた』という伝説が広まるのは、当然の結果であった――知らぬは当人ばかりなり。
「ドラゴニア家当主エドモンドにございます」
仮設された謁見用の部屋で大きな1本角の男性が頭を下げる。ベールとアスタロトが両脇に立つ中央には、空の玉座が置かれていた。
「ドラゴン族の男による謀反がありました。療養先の陛下に嘘を吹き込み、他竜の鱗を見せた上で誘い出そうと企んだ形です」
自ら作成した報告書片手に告げるアスタロトの冷めた声に、エドモンドが身を震わせた。片膝をついた礼を崩し、平伏して空の玉座に詫びる。どこまでいっても仮設なので、絨毯を敷いた板の間だった。頭を擦り付けたエドモンドが、震える声を絞り出す。
「我が一族から不逞の輩を出しましたこと、心よりお詫び申し上げます。鱗への誓約と神聖な行為を穢した者を捕らえる許可を。一族の恥を雪ぐ機会をお与えください」
真面目なドラゴニア家に謀反の意があるなどと、アスタロトもベールも思っていない。だが彼の一族の末端であろうと、竜が起こしたトラブルを報告しないわけに行かないのだ。エドモンドが本心から詫びる様子に、アスタロトは申し訳なさそうに続けた。
「罪人を捕らえる許可は出せません」
「なぜです!? 我らの忠義をお疑いか!」
必死に食い下がるエドモンドに手を差し伸べて立たせようとするベールだが、彼はひれ伏したまま首を振って拒否した。困惑した顔で見詰め合ったあと、溜め息をついたアスタロトが事実を口にする。
「罪人はすでに処断しました」
「まさか……。陛下のお手を煩わせた、と? 我が首ひとつで代償は足りましょうか。息子のラインはいまだ幼く、なにとぞお慈悲を賜りたく……」
跡取りとしての自覚もない、まだ保育園に通う息子を庇う親の姿に2人は眉尻を下げた。ドラゴニア家を罰する気はなく、対外的な問題として注意した形を取りたかっただけだ。これ以上彼に謝罪させる必要はない。
「ドラゴニア家の忠誠は、陛下も我々も疑っておりません。ただ謀反があった事実と、罪人を処断した結果を報せるために呼んだのですから、身を起こしていただけませんか」
臣下としての片膝をついた姿勢に戻ってくれたエドモンドが、ひとつ深呼吸して尋ねる。
「よろしければ、罪人の最期をお聞かせいただきたい」
「構いません。一族の当主として、知っておくべき情報でしょう」
そう前置いたアスタロトは、右手に水晶玉に似た水の球体を作り出した。そこに自城の庭を映し出す。監視用に設置した目が映した光景に、ベールでさえ言葉を失った。
ところどころ青い野花が咲く芝の上は真っ赤に染まり、ドラゴンの鱗や肉片が散らばっている。千々に裂かれた元ドラゴンは、元の姿を想像できないほどバラバラだった。よくみると、血の臭いに惹かれた魔獣達が肉片の回収を始めている。罪人を弔う気がないアスタロトの悪意が滲んでいた。
「……ありがとうございました」
確認を終えたエドモンドの声が掠れている。竜族は魔の森で3本の指に入る強者だ。たとえ裏切り者であっても、強者の一角を担う者がここまで完膚なきまで原型も残さず倒される状況は、想像外だったらしい。
「これからも魔王陛下の御世のため、竜族の変わらぬ忠誠をお誓い申し上げます。また罪人の処断に、お手を煩わせたお詫びは……いつか必ず」
深く頭を下げて出て行くエドモンドの肩が落ちている。気の毒で声をかけられずに見送ったアスタロトに、ベールが深い溜め息をついた。
「やりすぎです、アスタロト」
「陛下にも言われましたが、あのトカゲ風情は陛下の御名を呼び捨てたのですよ? あのくらい当然です」
「……私が問題にしたのは、死体の状況ですが……罪人以外のドラゴンに、間違ってもトカゲなんて呼び方しないでくださいね」
わかっていますと苦笑いしたアスタロトは次の書類を捲り、意識はもう次の案件に向けられていた。そんな同僚を見ながら、ベールは今頃になってエドモンドの勘違いに気付く。
「そういえば、エドモンド殿は『陛下が自ら手を下された』と勘違いしましたね」
訂正し忘れた。そう告げるベールに、アスタロトは書類から顔をあげて確信犯の表情で口元を歪める。
「勘違いさせたのです。訂正する必要はありません」
城下町ダークプレイスに『療養中の魔王が、ドラゴンを片手でバラバラに引き裂いた』という伝説が広まるのは、当然の結果であった――知らぬは当人ばかりなり。
20
お気に入りに追加
4,892
あなたにおすすめの小説
【完結】側妃は愛されるのをやめました
なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」
私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。
なのに……彼は。
「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」
私のため。
そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。
このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?
否。
そのような恥を晒す気は無い。
「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」
側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。
今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。
「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」
これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。
華々しく、私の人生を謳歌しよう。
全ては、廃妃となるために。
◇◇◇
設定はゆるめです。
読んでくださると嬉しいです!
伯爵夫人のお気に入り
つくも茄子
ファンタジー
プライド伯爵令嬢、ユースティティアは僅か二歳で大病を患い入院を余儀なくされた。悲しみにくれる伯爵夫人は、遠縁の少女を娘代わりに可愛がっていた。
数年後、全快した娘が屋敷に戻ってきた時。
喜ぶ伯爵夫人。
伯爵夫人を慕う少女。
静観する伯爵。
三者三様の想いが交差する。
歪な家族の形。
「この家族ごっこはいつまで続けるおつもりですか?お父様」
「お人形遊びはいい加減卒業なさってください、お母様」
「家族?いいえ、貴方は他所の子です」
ユースティティアは、そんな家族の形に呆れていた。
「可愛いあの子は、伯爵夫人のお気に入り」から「伯爵夫人のお気に入り」にタイトルを変更します。
私の家族はハイスペックです! 落ちこぼれ転生末姫ですが溺愛されつつ世界救っちゃいます!
りーさん
ファンタジー
ある日、突然生まれ変わっていた。理由はわからないけど、私は末っ子のお姫さまになったらしい。
でも、このお姫さま、なんか放置気味!?と思っていたら、お兄さんやお姉さん、お父さんやお母さんのスペックが高すぎるのが原因みたい。
こうなったら、こうなったでがんばる!放置されてるんなら、なにしてもいいよね!
のんびりマイペースをモットーに、私は好きに生きようと思ったんだけど、実は私は、重要な使命で転生していて、それを遂行するために神器までもらってしまいました!でも、私は私で楽しく暮らしたいと思います!
私は貴方を許さない
白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。
前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。
【完結】竜騎士の私は竜の番になりました!
胡蝶花れん
ファンタジー
ここは、アルス・アーツ大陸。
主に5大国家から成り立つ大陸である。
この世界は、人間、亜人(獣に変身することができる。)、エルフ、ドワーフ、魔獣、魔女、魔人、竜などの、いろんな種族がおり、また魔法が当たり前のように使える世界でもあった。
この物語の舞台はその5大国家の内の一つ、竜騎士発祥の地となるフェリス王国から始まる、王国初の女竜騎士の物語となる。
かくして、竜に番(つがい)認定されてしまった『氷の人形』と呼ばれる初の女竜騎士と竜の恋模様はこれいかに?! 竜の番の意味とは?恋愛要素含むファンタジーモノです。
※毎日更新(平日)しています!(年末年始はお休みです!)
※1話当たり、1200~2000文字前後です。
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
転生幼女の愛され公爵令嬢
meimei
恋愛
地球日本国2005年生まれの女子高生だったはずの咲良(サクラ)は目が覚めたら3歳幼女だった。どうやら昨日転んで頭をぶつけて一気に
前世を思い出したらしい…。
愛されチートと加護、神獣
逆ハーレムと願望をすべて詰め込んだ作品に…
(*ノω・*)テヘ
なにぶん初めての素人作品なのでゆるーく読んで頂けたらありがたいです!
幼女からスタートなので逆ハーレムは先がながいです…
一応R15指定にしました(;・∀・)
注意: これは作者の妄想により書かれた
すべてフィクションのお話です!
物や人、動物、植物、全てが妄想による産物なので宜しくお願いしますm(_ _)m
また誤字脱字もゆるく流して頂けるとありがたいですm(_ _)m
エール&いいね♡ありがとうございます!!
とても嬉しく励みになります!!
投票ありがとうございました!!(*^^*)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる