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7章 療養という名の隔離
84. 大人しくと二度繰り返された
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黒い壁と黒い床、なんとなく冷たい感じのする部屋で、リリスはぐるりと周りを確認する。自分の髪色と同じ黒が多用された部屋で、ソファの上に寝ていた。身を起こすと誰もいなくて、唇を尖らせる。
「ぱぱ……」
呼んだ途端、目の前にルシファーが現れた。抱き上げて頬にキスをしてくれる。痛いのか、すこしぎこちない動きで支えてくれる腕を撫でた。
パパのお月様色はまだ完全じゃない。あちこち黒くて痛そうだった。
「痛いの、とんでけ」
可愛いお呪いをする幼子に頬ずりして、まだ痛む腕で彼女を抱き締める。魔王城での報告会が終わって戻っても、リリスはまだ起きなかった。腕の中に収まってしまう小さな身体で、城の魔法陣が反応するほどの魔力を放出したのだ。その疲れはしばらく抜けないだろう。
だから寝かせて隣の部屋で事務処理をしていたのだが、可愛い声が聞こえた瞬間に転移していた。主治医であるメフィストに「魔力を使わないよう」言い含められたが、反射的な行動なので仕方ない。こんな可愛い子が不安そうに名を呼んだら、可及的速やかに駆けつけるのが親の役目だ。
「ありがとう、リリスは可愛いなぁ」
魔力を色で認識するリリスに隠し事は出来ない。魔力断絶による体調不良は気付かれているだろう。腕だけでなく全身が痛むが、リリスを抱っこしないという選択肢はルシファーになかった。
「陛下……魔力を、使いましたね?」
疑問系を使うくせに、言い聞かせるような圧力を感じるアスタロトの声に、ぎくりと身を竦ませて振り返る。隣の部屋に置いてきたはずの腹心は、それはそれは黒い笑顔で立っていた。後ろに立たれると恐怖しかない彼の黒い笑みが、さらに深くなる。
「いっそ完全に封じますか?」
吸血一族の中に派生した特殊能力の持ち主は、怖ろしいセリフとともに口角から牙を覗かせた。魔力を吸うことが出来るアスタロトの脅迫に、ルシファーは身を震わせる。
体内の魔力循環が狂った状態で、彼に魔力を吸われたら……間違いなく数十年単位で『役立たず』の烙印を押される。魔力はほぼ使えなくなるだろう。生活に必要な湯を用意したりする程度は許されているが、転移は禁止された項目だった。
リリスのために使っても許される理由にならない。
「い、いや……遠慮しておく」
引きつった笑顔で首を横に振る。呆れを含んだ溜め息を吐いたアスタロトは、牙を隠さぬまま言い聞かせた。
「数年でいいですから、大人しく、大人しくしてください。陛下が使える魔力は限られています。これ以上流れが乱れると、本当に一度止めて回復させる必要がでてきますよ」
大人しくと二度繰り返された。
魔力の流れは生命の流れと同じだ。引き千切られた今の状態は、重傷と言い換えることが出来た。あまり傷が深くなれば、仮死状態にして流れを整える必要がある。その間、数百年は目覚めることがない眠りに落ちるのだ。
それは最後の手段というべき方法で、アスタロトも使いたくなかった。もちろん、リリスの成長を手元で見守りたいルシファーとしても、絶対に避けるべき事態だ。
「わかった。気をつける」
しょんぼりした態度で反省を示すと、苦笑いしてテラスへ続く扉が開かれた。冷たい風が吹き込んで、ぶるりと震える。自分のローブの中にリリスを入れると、首に手を回して抱きついた彼女が嬉しそうに声を上げた。
「パパ、あったかい」
「そうか? よかった」
微笑み返したルシファーの目に、外の景色が飛び込んだ。魔王城ほどではないが、アスタロトの城もひらけた丘に建っている。景観と監視の視界確保を兼ねた造りは、ほとんどの魔族が取り入れる手法だった。
「ヤンを呼びました。彼と一緒に行動してください」
護衛を兼ねた監視役だと笑うアスタロトに逆らう術がないルシファーは、無言で頷いた。魔王城の裏にあるアスタロトの領地は、広大な魔の森の一部だ。魔の森に住まう生き物で、灰色魔狼であるヤンに勝てるのはドラゴン種くらいだろう。
「ヤン一緒?」
「そうだ、しばらくヤンと一緒だ」
嬉しそうに笑うリリスに釣られ、ルシファーの表情が和らぐ。テラスに近づくと窓の外にお座りしたヤンが見えた。
「ぱぱ……」
呼んだ途端、目の前にルシファーが現れた。抱き上げて頬にキスをしてくれる。痛いのか、すこしぎこちない動きで支えてくれる腕を撫でた。
パパのお月様色はまだ完全じゃない。あちこち黒くて痛そうだった。
「痛いの、とんでけ」
可愛いお呪いをする幼子に頬ずりして、まだ痛む腕で彼女を抱き締める。魔王城での報告会が終わって戻っても、リリスはまだ起きなかった。腕の中に収まってしまう小さな身体で、城の魔法陣が反応するほどの魔力を放出したのだ。その疲れはしばらく抜けないだろう。
だから寝かせて隣の部屋で事務処理をしていたのだが、可愛い声が聞こえた瞬間に転移していた。主治医であるメフィストに「魔力を使わないよう」言い含められたが、反射的な行動なので仕方ない。こんな可愛い子が不安そうに名を呼んだら、可及的速やかに駆けつけるのが親の役目だ。
「ありがとう、リリスは可愛いなぁ」
魔力を色で認識するリリスに隠し事は出来ない。魔力断絶による体調不良は気付かれているだろう。腕だけでなく全身が痛むが、リリスを抱っこしないという選択肢はルシファーになかった。
「陛下……魔力を、使いましたね?」
疑問系を使うくせに、言い聞かせるような圧力を感じるアスタロトの声に、ぎくりと身を竦ませて振り返る。隣の部屋に置いてきたはずの腹心は、それはそれは黒い笑顔で立っていた。後ろに立たれると恐怖しかない彼の黒い笑みが、さらに深くなる。
「いっそ完全に封じますか?」
吸血一族の中に派生した特殊能力の持ち主は、怖ろしいセリフとともに口角から牙を覗かせた。魔力を吸うことが出来るアスタロトの脅迫に、ルシファーは身を震わせる。
体内の魔力循環が狂った状態で、彼に魔力を吸われたら……間違いなく数十年単位で『役立たず』の烙印を押される。魔力はほぼ使えなくなるだろう。生活に必要な湯を用意したりする程度は許されているが、転移は禁止された項目だった。
リリスのために使っても許される理由にならない。
「い、いや……遠慮しておく」
引きつった笑顔で首を横に振る。呆れを含んだ溜め息を吐いたアスタロトは、牙を隠さぬまま言い聞かせた。
「数年でいいですから、大人しく、大人しくしてください。陛下が使える魔力は限られています。これ以上流れが乱れると、本当に一度止めて回復させる必要がでてきますよ」
大人しくと二度繰り返された。
魔力の流れは生命の流れと同じだ。引き千切られた今の状態は、重傷と言い換えることが出来た。あまり傷が深くなれば、仮死状態にして流れを整える必要がある。その間、数百年は目覚めることがない眠りに落ちるのだ。
それは最後の手段というべき方法で、アスタロトも使いたくなかった。もちろん、リリスの成長を手元で見守りたいルシファーとしても、絶対に避けるべき事態だ。
「わかった。気をつける」
しょんぼりした態度で反省を示すと、苦笑いしてテラスへ続く扉が開かれた。冷たい風が吹き込んで、ぶるりと震える。自分のローブの中にリリスを入れると、首に手を回して抱きついた彼女が嬉しそうに声を上げた。
「パパ、あったかい」
「そうか? よかった」
微笑み返したルシファーの目に、外の景色が飛び込んだ。魔王城ほどではないが、アスタロトの城もひらけた丘に建っている。景観と監視の視界確保を兼ねた造りは、ほとんどの魔族が取り入れる手法だった。
「ヤンを呼びました。彼と一緒に行動してください」
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「ヤン一緒?」
「そうだ、しばらくヤンと一緒だ」
嬉しそうに笑うリリスに釣られ、ルシファーの表情が和らぐ。テラスに近づくと窓の外にお座りしたヤンが見えた。
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