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6章 まさかの女勇者誕生?!

82. 試すのは信頼の裏返し

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 ルシファーの笑みの意味に気付いたアスタロトは頭を抱え、ベールは苦笑いした。ルキフェルは理解したくないと唇を尖らせ、わからないベルゼビュートは首をかしげる。

 大公達の反応に、ルシファーは肩を竦めてクッションに寄りかかった。

「陛下、翼の件はしばらく伏せていただきます」

「構わない」

 翼は魔力の顕現だ。これだけズタズタに引き裂かれた姿は、魔族の有史以来なかった。野心を抱く魔族や魔獣にとって、今の魔王ルシファーは恐れるに足りず――反乱が起きてもおかしくない。戒める意味を込めて告げるベールがさらに続けた。

「それと……このようなお話は冗談でも口になさらないでください」

「どの話だ?」

 リリスの勇者の紋章か、翼の話か。問うルシファーの楽しそうな顔に、アスタロトが無言で距離を詰める。そのままルシファーの純白の髪を掴んで上を向かせた。彼の赤い瞳は怒りに満ちている。

「陛下が謀反を望む言動をされるのは、感心しませんね」

 掴まれた髪や上向かされた首が痛いだろうに、ルシファーは笑みを崩さない。

「お前がどう思おうが知ったことか」

 怒りを煽ろうとするルシファーの髪から手を離し、アスタロトは優雅に膝をついた。長い衣の裾に触れ、額に押し当てる。

「何度でも忠誠をお誓いしましょう。あなたが私を信じなくても構いません。ですが……御身は大切になさいませ」

「相変わらず趣味が悪い。いつもそうして我らを突き放そうとされる。アスタロトを本気で怒らせることができるのは、陛下くらいですよ」

 ベールが嫌味を向ける姿に、ルシファーの銀の瞳が細められた。

「ルシファーが考えることくらい、わかる。リリスが勇者だから……」

 ルキフェルが尖らせた唇から拗ねた声を出す。後半をベールがさらった。

「リリス嬢が勇者であっても、魔王陛下のご寵愛ちょうあいたまわる存在をないがしろにはいたしません。彼女は『勇者の紋章を有する魔族』で『陛下の愛し子』でしょう。魔力の制御を覚えてもらう必要はありますが、それ以上は何も問題ありません」

 きっぱり言い切ったベールに、足元で跪いたままのアスタロトも頷く。

「つまり、陛下はしばらく戦えないのよね? それが問題なの??」

 まったく危険性を理解しないベルゼビュートの明るい声に、ルシファーが声を上げて笑い出した。しばらく笑った後、眦に滲んだ涙を拭いながら大きく息を吐く。

「悪い。だってお前ら昔は凄かったからさ。また即位前に戻るかも……と思ったんだ」

 3人の大公がそれぞれの勢力に担ぎ出され、誰もが望まぬまま争っていた混沌とした世界を思い出す。純白の魔王という絶対の力を前に纏まった魔族は、その象徴が揺らげば分散して争いを始めるだろう。そう告げるルシファーへ、アスタロトは物騒な言葉で釘を刺した。

「私はあなたが君臨する世界を壊す輩に、一切容赦する気はありませんよ」

「今のアスタロトを敵に回してまで、魔王位を欲する愚か者はいないでしょうね」

 アスタロトの黒い笑みと、それを肯定するベールの冷たい声が、部屋の空気を凍りつかせる。その殺伐とした雰囲気を壊すように、ルシファーはばさりと翼を羽ばたかせた。すべての翼が幻のように消える。

「しばらくオレは動けない。お前らにすべて任せるから……悪いけど、頼むな」

 軽い口調で、しかし真摯な内容を告げられた大公達は一斉に首を垂れた。

「にしても、偽勇者への対応を定めた後で助かりました」

 ベールの本音が零れる。本物の勇者リリスと十年は対立しようがない現状で、偽勇者の相手を代理で魔王軍が対応する決議をしたことは、今となっては好手こうしゅだった。おかげで魔王ルシファー本人が相手をしなくて済む。不調を悟られる可能性も低くなるだろう。

「あとはお任せください」

 部下の頼もしい言葉に、ルシファーはただ頷いた。
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