84 / 1,397
6章 まさかの女勇者誕生?!
81. 古い記憶と夢の交錯
しおりを挟む
「オレだって確証はなかった」
そう前置きして怠い身体を起こした。クッションに身を沈め、集まった大公達を見回す。ひとつ溜め息をついたルシファーはゆっくり話し始めた。
魔王城が崩れたあの日、ルシファーは長椅子に横たわっていた。胸の上に抱きついた幼子は、すやすやと寝息を立てる。肌寒さを感じる外気を結界で遮って、穏やかな日差しに頬を緩める。
右腕や翼は痛むが顔を顰めるほどでもなく、ただただ心地よさに身を委ねていた。きゅっと髪を握るリリスの手が動き、リリスが顔を上げる。まだ寝ぼけているらしく、赤い瞳はぼんやりしていた。
「リリス、起きるのか?」
「ううん……」
唸ったのか否定したのか。判断がつかないまま、とんとんと彼女の肩を叩く。再び眠くなったらしく、埋めた顔を擦り付けるリリスが動かなくなった。整った寝息に誘われて意識が薄れたところで、不思議な夢を見た……いや、夢だったのかわからない。
――――初めて『勇者』と対峙したときの記憶だ。
女勇者の構える剣は禍々しい光を放ち、不吉な感じがした。後に勇者の証として人族に受け継がれる宝剣となるが、このときは魔力を帯びた魔剣の1本に過ぎない。
彼女の髪と同じ黒い刃が振り翳され、とっさに結界を張った。3枚のうち2枚を一撃で砕かれ、仕方なく死神の鎌を召還する。膨大な魔力と自我をもつデスサイズの、身長を超える大きな身を振りかぶった。
戦いの末……彼女はこの身に剣を突き立てた。同時にデスサイズが彼女を切り裂く。魔王として君臨して、たったの数百年。初めて外敵と戦ったオレは胸に刺さった剣をそのままに、倒れる勇者を受け止めた。
もう顔も思い出せないのに、あの瞬間に彼女を丁重に葬ってやりたいと願った気持ちは忘れていない。命を引き取る前に願ったとおり、魔王に手傷を負わせた勇者に敬意を表して人族に土地を与えた。勇者の願いを忘れぬように、我が身を傷つけた剣を誓約の証として――――
泡沫の夢に似た古い記憶の直後、リリスが目を覚まして髪を引っ張った。
「パパは魔王なのに、どうしてリリスは勇者なの?」
彼女の疑問に対応を迷った。魔族だから勇者ではないと答えるべきか、紋章があるから勇者の資格はあると伝えればいいか。その迷いを敏感に察したリリスが涙を零し、拭おうと伸ばした右手が切り裂かれた。身を起こして「怖い」と泣くリリスを慰めたくて、だが近づけない。
魔法による風の攻撃とも違う。感情の揺らぎがそのまま魔力として叩きつけられるような、激しい痛みを伴う刃だった。泣きながら「怖い」「やだ」と叫ぶ姿が哀れで、痛みを無視して手を伸ばし続けたのがいけなかったのか。
涙を拭うリリスの左手の甲が赤く光る。勇者の紋章がくっきりと鮮やかに浮かんでいた。その紋章を中心に魔力が収束していく。だが彼女の左腕には、ルシファーの髪で作った御守りが存在した。
勇者と魔王は表裏で、対立する。ブレスレットに残る魔王の魔力に反発して、最初の爆発が起きた。私室を中心に吹き飛んだ範囲にいた魔族に結界を張る。涙を零すリリスの右手が左手の痣に触れ、アスタロトの御守りが反応した。
これが二度目の爆発の原因だ。ルシファーの魔力で不安定になった勇者の紋章が、他の魔族の魔力に過剰反応したのだ。リリスを囲む結界を張れば、魔王城の崩壊は免れたかもしれない。だが彼女だけを覆えば、すべての逆凪は彼女へ向かうだろう。
魔力の制御も出来ない幼子に、魔王を傷つけるほどの逆凪が向けばどうなるか……覚悟を決めて、自分以外のすべてに結界を張った。逆凪を受けた瞬間、城の主を攻撃されたとみなした魔法陣が稼動する。それすら魔力で無理やり捻じ曲げて、受け止めきった。
長い話を終えると、ばさりと背の翼を引き出す。普段見せる1対だけでなく、6対すべてを広げた。即位以来ほとんどみせたことがない翼は、美しい艶を帯びた漆黒だ。しかし今は傷だらけだった。
「この通り、あと数十年はまともに使えない」
欠点をさらりと口にした魔王は、意味ありげに笑った。
そう前置きして怠い身体を起こした。クッションに身を沈め、集まった大公達を見回す。ひとつ溜め息をついたルシファーはゆっくり話し始めた。
魔王城が崩れたあの日、ルシファーは長椅子に横たわっていた。胸の上に抱きついた幼子は、すやすやと寝息を立てる。肌寒さを感じる外気を結界で遮って、穏やかな日差しに頬を緩める。
右腕や翼は痛むが顔を顰めるほどでもなく、ただただ心地よさに身を委ねていた。きゅっと髪を握るリリスの手が動き、リリスが顔を上げる。まだ寝ぼけているらしく、赤い瞳はぼんやりしていた。
「リリス、起きるのか?」
「ううん……」
唸ったのか否定したのか。判断がつかないまま、とんとんと彼女の肩を叩く。再び眠くなったらしく、埋めた顔を擦り付けるリリスが動かなくなった。整った寝息に誘われて意識が薄れたところで、不思議な夢を見た……いや、夢だったのかわからない。
――――初めて『勇者』と対峙したときの記憶だ。
女勇者の構える剣は禍々しい光を放ち、不吉な感じがした。後に勇者の証として人族に受け継がれる宝剣となるが、このときは魔力を帯びた魔剣の1本に過ぎない。
彼女の髪と同じ黒い刃が振り翳され、とっさに結界を張った。3枚のうち2枚を一撃で砕かれ、仕方なく死神の鎌を召還する。膨大な魔力と自我をもつデスサイズの、身長を超える大きな身を振りかぶった。
戦いの末……彼女はこの身に剣を突き立てた。同時にデスサイズが彼女を切り裂く。魔王として君臨して、たったの数百年。初めて外敵と戦ったオレは胸に刺さった剣をそのままに、倒れる勇者を受け止めた。
もう顔も思い出せないのに、あの瞬間に彼女を丁重に葬ってやりたいと願った気持ちは忘れていない。命を引き取る前に願ったとおり、魔王に手傷を負わせた勇者に敬意を表して人族に土地を与えた。勇者の願いを忘れぬように、我が身を傷つけた剣を誓約の証として――――
泡沫の夢に似た古い記憶の直後、リリスが目を覚まして髪を引っ張った。
「パパは魔王なのに、どうしてリリスは勇者なの?」
彼女の疑問に対応を迷った。魔族だから勇者ではないと答えるべきか、紋章があるから勇者の資格はあると伝えればいいか。その迷いを敏感に察したリリスが涙を零し、拭おうと伸ばした右手が切り裂かれた。身を起こして「怖い」と泣くリリスを慰めたくて、だが近づけない。
魔法による風の攻撃とも違う。感情の揺らぎがそのまま魔力として叩きつけられるような、激しい痛みを伴う刃だった。泣きながら「怖い」「やだ」と叫ぶ姿が哀れで、痛みを無視して手を伸ばし続けたのがいけなかったのか。
涙を拭うリリスの左手の甲が赤く光る。勇者の紋章がくっきりと鮮やかに浮かんでいた。その紋章を中心に魔力が収束していく。だが彼女の左腕には、ルシファーの髪で作った御守りが存在した。
勇者と魔王は表裏で、対立する。ブレスレットに残る魔王の魔力に反発して、最初の爆発が起きた。私室を中心に吹き飛んだ範囲にいた魔族に結界を張る。涙を零すリリスの右手が左手の痣に触れ、アスタロトの御守りが反応した。
これが二度目の爆発の原因だ。ルシファーの魔力で不安定になった勇者の紋章が、他の魔族の魔力に過剰反応したのだ。リリスを囲む結界を張れば、魔王城の崩壊は免れたかもしれない。だが彼女だけを覆えば、すべての逆凪は彼女へ向かうだろう。
魔力の制御も出来ない幼子に、魔王を傷つけるほどの逆凪が向けばどうなるか……覚悟を決めて、自分以外のすべてに結界を張った。逆凪を受けた瞬間、城の主を攻撃されたとみなした魔法陣が稼動する。それすら魔力で無理やり捻じ曲げて、受け止めきった。
長い話を終えると、ばさりと背の翼を引き出す。普段見せる1対だけでなく、6対すべてを広げた。即位以来ほとんどみせたことがない翼は、美しい艶を帯びた漆黒だ。しかし今は傷だらけだった。
「この通り、あと数十年はまともに使えない」
欠点をさらりと口にした魔王は、意味ありげに笑った。
31
お気に入りに追加
4,905
あなたにおすすめの小説
ミルクティーな君へ。ひねくれ薄幸少女が幸せになるためには?
鐘ケ江 しのぶ
恋愛
アルファポリスさんではまった、恋愛モノ、すかっとしたざまあを拝読したのがきっかけです。
初めてこの分野に手を出しました。んん? と思うわれる箇所があるかと思いますが、温かくお見守りください。
とある特殊な事情を持つ者を保護している、コクーン修道院で暮らす12歳の伯爵令嬢ウィンティア。修道女や、同じ境遇の子供達に囲まれて、過去の悲惨な事件に巻き込まれた、保護されている女性達のお世話を積極的に行うウィンティアは『いい子』だった。
だが、ある日、生家に戻る指示が下される。
自分に虐待を繰り返し、肉体的に精神的にズタズタにした両親、使用人達、家庭教師達がまつそこに。コクーン修道院でやっと安心してすごしていたウィンティアの心は、その事情に耐えきれず、霧散してしまった。そして、ウィンティアの中に残ったのは………………
史実は関係ありません。ゆるっと設定です。ご理解ください。亀さんなみの更新予定です。
異世界転生でチートを授かった俺、最弱劣等職なのに実は最強だけど目立ちたくないのでまったりスローライフをめざす ~奴隷を買って魔法学(以下略)
朝食ダンゴ
ファンタジー
不慮の事故(死神の手違い)で命を落としてしまった日本人・御厨 蓮(みくりや れん)は、間違えて死んでしまったお詫びにチートスキルを与えられ、ロートス・アルバレスとして異世界に転生する。
「目立つとろくなことがない。絶対に目立たず生きていくぞ」
生前、目立っていたことで死神に間違えられ死ぬことになってしまった経験から、異世界では決して目立たないことを決意するロートス。
十三歳の誕生日に行われた「鑑定の儀」で、クソスキルを与えられたロートスは、最弱劣等職「無職」となる。
そうなると、両親に将来を心配され、半ば強制的に魔法学園へ入学させられてしまう。
魔法学園のある王都ブランドンに向かう途中で、捨て売りされていた奴隷少女サラを購入したロートスは、とにかく目立たない平穏な学園生活を願うのだった……。
※『小説家になろう』でも掲載しています。
我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。
たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。
しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。
そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。
ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。
というか、甘やかされてません?
これって、どういうことでしょう?
※後日談は激甘です。
激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。
※小説家になろう様にも公開させて頂いております。
ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。
タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
これ以上私の心をかき乱さないで下さい
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。
そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。
そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが
“君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない”
そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。
そこでユーリを待っていたのは…
【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革
うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。
優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。
家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。
主人公は、魔法・知識チートは持っていません。
加筆修正しました。
お手に取って頂けたら嬉しいです。
家賃一万円、庭付き、駐車場付き、付喪神付き?!
雪那 由多
ライト文芸
恋人に振られて独立を決心!
尊敬する先輩から紹介された家は庭付き駐車場付きで家賃一万円!
庭は畑仕事もできるくらいに広くみかんや柿、林檎のなる果実園もある。
さらに言えばリフォームしたての古民家は新築同然のピッカピカ!
そんな至れり尽くせりの家の家賃が一万円なわけがない!
古めかしい残置物からの熱い視線、夜な夜なさざめく話し声。
見えてしまう特異体質の瞳で見たこの家の住人達に納得のこのお値段!
見知らぬ土地で友人も居ない新天地の家に置いて行かれた道具から生まれた付喪神達との共同生活が今スタート!
****************************************************************
第6回ほっこり・じんわり大賞で読者賞を頂きました!
沢山の方に読んでいただき、そして投票を頂きまして本当にありがとうございました!
****************************************************************
利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます
やまなぎ
ファンタジー
9/11 コミカライズ再スタート!
神様は私を殉教者と認め〝聖人〟にならないかと誘ってきた。
だけど、私はどうしても生きたかった。小幡初子(おばた・はつこ)22歳。
渋々OKした神様の嫌がらせか、なかなかヒドイ目に遭いながらも転生。
でも、そこにいた〝ワタシ〟は6歳児。しかも孤児。そして、そこは魔法のある不思議な世界。
ここで、どうやって生活するの!?
とりあえず村の人は優しいし、祖父の雑貨店が遺されたので何とか居場所は確保できたし、
どうやら、私をリクルートした神様から2つの不思議な力と魔法力も貰ったようだ。
これがあれば生き抜けるかもしれない。
ならば〝やりたい放題でワガママに生きる〟を目標に、新生活始めます!!
ーーーーーー
ちょっとアブナイ従者や人使いの荒い後見人など、多くの出会いを重ねながら、つい人の世話を焼いてしまう〝オバちゃん度〟高めの美少女の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる