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6章 まさかの女勇者誕生?!

69. あたくし、字が汚いのよ

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 りない人族の襲撃に対する対策が決まったので、療養と称して部屋に引き篭もる。リリスを連れたルシファーの浮かれた足取りに、理由付けしてサボる気だと気付いているが、誰も指摘せずに見送った。

「ベール、大丈夫ですの?」

 溜まる書類の心配をするベルゼビュートに、ベールは銀の髪を揺らして溜め息を吐いた。今のルシファーに仕事をさせるのは酷だろう。おそらく右腕は使い物にならない。その上、普段ケガをしない魔族にとって傷の痛みは耐えがたいものだった。

「仕事をさせても使い物になりません。我々で片付けるしかありませんね」

「………署名? 印章?」

 自筆の署名と、押すだけの印章では手間が格段に違う。どちらか尋ねるベルゼビュートの不安は的中した。にっこり笑ったベールは、当然とばかり断言する。

「魔王陛下の代理たる書類処理ですよ? 署名に決まっています」

 がくりと崩れ落ちたベルゼビュートのピンクの巻き毛が、床の上に広がる。大げさにうちひしがれる彼女の様子に、他の貴族達は気の毒そうな視線を送った。

 魔王が処理する書類の量は多い。そのほとんどは大公が手分けして内容を確認し、魔王1人の署名で終わるが、大公が代理をする場合は半数以上の署名が必要だった。つまり4人いる大公の半数以上は3人の署名となる。

 今はアスタロト大公が行方不明……ならぬ、人族への刑の執行で留守のため、この場に揃う3人が署名するしかなかった。現状で、ベルゼビュートが逃れる方法はない。

「あたくし、字が汚いのよ」

「100年前もそう言って逃げたのです。今回はきっちり手伝っていただきます。貴女も陛下のお役に立てて幸せでしょう?」

 前勇者と戦った後、疲れたと言って50年ほど魔王は寝ていた。一種のサボりなのだが『長期睡眠逃亡事件』と貴族の間で揶揄されている。この事件で魔王の代理を務めた際、ベルゼビュートは逃げた。その話を持ち出され、逃げ道を完全に塞がれた彼女は仕方なく頷く。

「ベール、僕は手伝う」

 子供の姿で驚くほど達筆なルキフェルはにこにこ笑う。100年前の長期睡眠逃亡事件でも、機嫌よく署名をしていた。しかもほとんどの書類の内容を暗記していたのだ。優秀なルキフェルの表明に、ベールはにっこり笑って彼の水色の髪をなでた。

 しばらくルキフェルは保育園を休むことになるだろう。ついでに、リリス嬢も。

「頼りにしていますよ、ルキフェル」

 右手を繋いだルキフェルと歩くベールの逆の手は、ベルゼビュートを捕まえて引きずっていく。その姿はひどく哀れであったと、後に伝え聞く貴族達の涙を誘った。




「パパ、お手手」

 左腕に抱いたリリスが、どうしても右手に触れたがる。自室に戻ってくるまで掴んでいたリリスだが、部屋の中でも掴んでいたいらしい。ためしに左手を差し出すと首を横に振った。

「こっちのお手手」

「どうした、もう傷はないぞ」

 見える傷は残っていない。逆凪のせいで痛みはあるが、彼女にはわからないはずだった。痛む姿も見せていない。しかし不安そうな顔で右手を握って頬を寄せる。

「でも痛いもん」

 驚いて言葉を失う。見えない痛みを、彼女はどうやって感知した? ルシファーはリリスをベッドの端に座らせ、自分は足元の床に座った。右手を握ってさするリリスの顔を覗き込んで、直球で尋ねる。

「どうして右手が痛いと思うんだ?」

「赤い傷あるよ。お外じゃなくて、ここ」

 小さな指が指し示したのは、傷があった場所だ。表面の傷は白い肌の上に残っていない。それはリリスも口にしていた。「お外じゃなくて、ここ」その意味は、内側に残った激痛の原因を言い当てたという意味だ。

 まさか……もう魔力の流れを読んでいるのか? 魔族で高魔力体質であっても、他者の魔力の流れを読むには5年以上の訓練が必要だ。生まれて3年のリリスにできるわけがない。ましてや彼女は魔族と人族のハーフで、種族は人族に分類されるのだから。
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