上 下
71 / 1,397
5章 勇者は突然に! 来なくていいのにね

68. 指切りして二人だけの約束

しおりを挟む
 大人しい奴ほどキレると怖い。噛み締めながら自室へ戻るルシファーの腕の中で、リリスはずっと親指を噛んでいた。気付くのが遅れたのは、無礼な人族を連れて姿を消したアスタロトを心配していたからだ。

 部屋に戻るまで静かだったリリスをソファに下ろすと、血が付いた服を着替えようとしたルシファーの裾を掴んで離さない。ぎゅっと強く握り、不安そうに爪を噛んだ。

「リリス? どうした、爪噛むと痛いぞ」

 しゃがみこんで視線を合わせ、愛し子を覗き込む。唇を尖らせて眉根を寄せたリリスの赤い瞳は潤んで、今にも泣き出しそうだった。がりっと強く噛んだ指は、血こそ滲んでいないが赤くなる。

「パパ、怖かった」

「……ごめんな、パパが悪かった」

 怖かったの意味を、抱いたまま逆凪を受けた行為だと判断したルシファーが謝る。確かにアスタロトがいる城門へ残したほうが安全だったかも知れない。しかし離したくなかったのだ。触れる距離にいれば、我が身と引き換えにしても助けてみせるが……離れてしまったら間に合わない。

 失う不安をなくすために、リリスを怖がらせてしまった。反省するルシファーの申し訳なさそうな声に、リリスは勢いよく首を振った。結んでいない黒髪がばさばさ揺れる。

「怖かったの、リリスじゃないもん。血でて、赤くなって、パパが死んじゃう」

 拙い言葉で必死に伝えてくれる幼子に、ルシファーは床に膝をついた。そのままソファのリリスへ抱きつく形で座り込む。膝の上に顔を埋めたルシファーの純白の髪が乱れて肩を滑った。

「パパ?」

「心配させちゃったか。パパはリリスが無事なら、腕も足も要らないけど……」

 一度言葉を切って、ひとつ息を吐きだす。

「リリスが怖がらないようにもっと強くなる」

 最強とうたわれても、予想外の攻撃にこの有様ありさまだ。初めて強くなりたいと思った。リリスを心配させず、不安を払って、笑ってやれる強さを――。

 ソファの上の幼子に縋る形で誓うルシファーを、リリスの手が優しく撫でる。包み込むようにして両手で撫でてくれた。擽ったいのに、不思議と離れたくない。

 しばらく時間を過ごしたあと、顔を上げるが照れくさい。ルシファーはにっこり笑って、リリスの頬に残る涙の跡を拭った。

「強くなるから、リリスはずっとパパと一緒にいてくれるか?」

「やくそく?」

 最近覚えた言葉を使って尋ねるリリスが、強張っていた顔を和らげる。微笑んで小首をかしげる姿に、満面の笑みで頷いた。

「ああ、約束だ。指きりしよう」

 小指を絡めて指きりを歌って切る。やっと笑ったリリスの可愛い頬にキスをひとつ、続いて赤い瞳を隠す両方の瞼にふたつ。

「今日はずっと一緒にいようか。一緒にお風呂入って、お膝の上でご飯食べて、抱っこで寝ような」

「うん」

 嬉しそうに頷く娘を抱き上げる。右腕の痛みはもう気にならなかった。普段どおり左腕に抱き上げたルシファーの右手を、リリスの小さな腕が掴む。屈んだせいで落ちそうな体勢だが、ルシファーが咄嗟に風を操ってとどめた。

「どうした?」

「うん……パパのお手手、治りますよーに。痛いのとんでけ」

「ありがとう」

 優しく何度も右手を撫でるリリスに頬が緩んだ。頬ずりして部屋を出る。外でおろおろしていたベルゼビュートが、不安そうな目を向けた。アスタロトに呼ばれ急いで転移した彼女のピンクの巻き毛は、乱れたままだ。それを指先でひょいっと直してやり、ルシファーは微笑んだ。

 穏やかな魔王の様子にほっとした彼女を残し、ベール達が待つ謁見の間に向かう。ルキフェルの手を引いたベールが、長いローブを捌いて膝をついた。城に残っていた貴族を招集したらしく、数十人が一斉に礼を取る。

「陛下、こたびの騒動まことに申し訳ございません。お手を煩わせました」

 謝罪から始まった御前会議は、一人の側近を欠いたまま進められる。最終的に『今後、本物の勇者だと確定するまで魔王軍の管轄とする』という決議がなされた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】いせてつ 〜TS転生令嬢レティシアの異世界鉄道開拓記〜

O.T.I
ファンタジー
レティシア=モーリスは転生者である。 しかし、前世の鉄道オタク(乗り鉄)の記憶を持っているのに、この世界には鉄道が無いと絶望していた。 …無いんだったら私が作る! そう決意する彼女は如何にして異世界に鉄道を普及させるのか、その半生を綴る。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

【完結】魔王様、今度も過保護すぎです!

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
「お生まれになりました! お嬢様です!!」  長い紆余曲折を経て結ばれた魔王ルシファーは、魔王妃リリスが産んだ愛娘に夢中になっていく。子育ては二度目、余裕だと思ったのに予想外の事件ばかり起きて!?  シリアスなようでコメディな軽いドタバタ喜劇(?)です。  魔王夫妻のなれそめは【魔王様、溺愛しすぎです!】を頑張って読破してください(o´-ω-)o)ペコッ 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう ※2023/06/04  完結 ※2022/05/13  第10回ネット小説大賞、一次選考通過 ※2021/12/25  小説家になろう ハイファンタジー日間 56位 ※2021/12/24  エブリスタ トレンド1位 ※2021/12/24  アルファポリス HOT 71位 ※2021/12/24  連載開始

その転生幼女、取り扱い注意〜稀代の魔術師は魔王の娘になりました〜

みおな
ファンタジー
かつて、稀代の魔術師と呼ばれた魔女がいた。 魔王をも単独で滅ぼせるほどの力を持った彼女は、周囲に畏怖され、罠にかけて殺されてしまう。 目覚めたら、三歳の幼子に生まれ変わっていた? 国のため、民のために魔法を使っていた彼女は、今度の生は自分のために生きることを決意する。

【完結】彼女が魔女だって? 要らないなら僕が大切に愛するよ

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
恋愛
「貴様のような下賤な魔女が、のうのうと我が妻の座を狙い画策するなど! 恥を知れ」  味方のない夜会で、婚約者に罵られた少女は涙を零す。その予想を覆し、彼女は毅然と顔をあげた。残虐皇帝の名で知られるエリクはその横顔に見惚れる。  欲しい――理性ではなく感情で心が埋め尽くされた。愚かな王太子からこの子を奪って、傷ついた心を癒したい。僕だけを見て、僕の声だけ聞いて、僕への愛だけ口にしてくれたら……。  僕は君が溺れるほど愛し、僕なしで生きられないようにしたい。  明かされた暗い過去も痛みも思い出も、僕がすべて癒してあげよう。さあ、この手に堕ちておいで。  脅すように連れ去られたトリシャが魔女と呼ばれる理由――溺愛される少女は徐々に心を開いていく。愛しいエリク、残酷で無慈悲だけど私だけに優しいあなた……手を離さないで。  ヤンデレに愛される魔女は幸せを掴む。 ※2022/07/29  FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過 ※2022/05/13  第10回ネット小説大賞、一次選考通過 ※2021/08/16  「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過 ※2021/07/09  完結 【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264) ※メリバ展開はありません。ハッピーエンド確定です。 【同時掲載】アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ、カクヨム

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

転生したら死にそうな孤児だった

佐々木鴻
ファンタジー
過去に四度生まれ変わり、そして五度目の人生に目覚めた少女はある日、生まれたばかりで捨てられたの赤子と出会う。 保護しますか? の選択肢に【はい】と【YES】しかない少女はその子を引き取り妹として育て始める。 やがて美しく育ったその子は、少女と強い因縁があった。 悲劇はありません。難しい人間関係や柵はめんどく(ゲフンゲフン)ありません。 世界は、意外と優しいのです。

【完結】聖女と結婚ですか? どうぞご自由に 〜婚約破棄後の私は魔王の溺愛を受ける〜

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
恋愛
【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264) 「アゼリア・フォン・ホーヘーマイヤー、俺はお前との婚約を破棄する!」 「王太子殿下、我が家名はヘーファーマイアーですわ」  公爵令嬢アゼリアは、婚約者である王太子ヨーゼフに婚約破棄を突きつけられた。それも家名の間違い付きで。  理由は聖女エルザと結婚するためだという。人々の視線が集まる夜会でやらかした王太子に、彼女は満面の笑みで婚約関係を解消した。  王太子殿下――あなたが選んだ聖女様の意味をご存知なの? 美しいアゼリアを手放したことで、国は傾いていくが、王太子はいつ己の失態に気づけるのか。自由に羽ばたくアゼリアは、魔王の溺愛の中で幸せを掴む!  頭のゆるい王太子をぎゃふんと言わせる「ざまぁ」展開ありの、ハッピーエンド。 ※2022/05/10  「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過 ※2021/08/16  「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過 ※2021/01/30  完結 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう

処理中です...