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3章 リリス嬢、保育園でお友達作り

36. 初日の身支度は念入りに

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「来たッ! 今日は保育園に通うリリスを送っていく!!」

 リリスに会えなくて辛い5日間を過ごし、今朝はようやくリリスを抱っこできた。忘れられていないか心配だったが、彼女は天真爛漫な笑顔で「るー」とルシファーを指差す。

「パパでちゅよ、よくできまちたね~」

 幼児言葉で褒めながら、クローゼットからピンクのワンピースを選ぶ。今日のためにリボンを増やしたワンピースは、ふわふわしたスカートが広がって愛らしい。慣れた手つきで着替えさせると、黒髪を丁寧に梳いた。

「どのリボン?」

 3種類の髪飾りを並べた。1歳児に聞いてどうすると呆れ顔のアスタロトをよそに、真剣な眼差しで髪飾りを睨んだリリスがひとつ手に取る。サテンの柔らかなリボンではなく、豪華な薔薇の飾りでもなかった。幾重にも薄い生地を重ねて立体的に仕上げた薄桃色の飾りは、ドレスよりすこし色が淡い。

「さすがはリリス。いい趣味でしゅね~。アスタロトおじ……お兄ちゃんは鈍いんでちゅよ」

 黒髪を手早く結って、髪飾りを固定した。物理的なピンに加えて、そっと魔法陣も付属しておく。

 振り返るなり、まじめに話しかけてくる。

「そういや、角は痛くないか?」

 謹慎2日目に時間をつくり、アスタロトの角を修復した。ルシファーが折った角を丁寧に乗せて、魔法陣で囲う。緻密な魔法陣を描いて角にまつわる時間を巻き戻した。

 言葉にすれば簡単だが、実はこの魔術はルシファーが壊した城の備品を直すために開発した魔法陣だった。初めて有機物に使用したため、不安が過ぎる。

「ええ、お気遣いありがとうございます。何も問題はありません」

「そっか、よかった。何かあれば治すから」

 穏やかな2人の会話を大人しく聞いていたリリスが、突然「だぁあ!!」と外を指差した。つられて指の先を見ると、大きな影が近づいている。

「なんだ、あれ」

「……竜族ドラゴン、ですか?」

 幸いにして城ではなく、近くに用があったらしい。すぐに着陸して見えなくなった。人型をとったのだろう。深く考えずに、ルシファーはリリスを抱いて立ち上がった。

「さて、朝食のあとにリリスを保育園へ送っていかなくちゃな」

「お迎えの時間までに仕事を終えられるよう、書類はセーブしておきましたから」

「おう、サンキュ。お前も一緒に食べるか?」

「いいえ。もう朝食は済ませましたので」

 にっこり笑って出て行くアスタロトは機嫌がいい。角が戻ってから満面の笑みを振りまいて、城内で噂になっていた。曰く「アスタロト様はリリス嬢に惚れたらしい」と。

 数日後、侍従たちの勘違いを訂正する頃には、噂は城下町の娯楽として広まっていた。噂話はどの時代でも人々の貴重な娯楽である。それが他人事であり、意外性があるほど喜ばれるのは世の習いだった。



「リリス、あーん」

「ああっ」

 まだ「ん」の発音がイマイチのリリスだが、ひな鳥のように口をあけて擦った林檎を食べる。離乳も遅かったリリスは液体状の離乳食を嫌がり、最初はほとんど口にしなかった。あきらかに人族の赤ん坊基準より成長が遅い。

 魔族は魔力が高いほど成長が遅くなる。人族ではあるが、魔族の血も入ったリリスは成長がゆっくりだった。長く手元におきたいルシファーとしては、嬉しくて仕方ない。

「はい、あーん」

「ああ、あっ…けふっ、けほ」

 気管に入ったのか、奇妙なむせ方をして吐き出す。着替え終えたワンピースを守るため、涎掛けをしておいてよかった。安堵の息をつきながら、手早く涎掛けを交換する。

 以前は膝の上に乗せて与えていた。だが育児経験があるベールの言葉に従い、小さな机越しに向かい合って食べさせる。確かに吐いたりむせたり忙しいリリスの相手をするなら、向かいの方が対応しやすかった。

「よしよし、大丈夫でちゅか?」

「失礼いたします」

 入ってきた侍従がルシファーの幼児言葉に一瞬動きをとめ、何もなかったように食器の片づけを始める。魔王城で働く以上、この程度の異常事態に驚いてたら勤まらない。動揺を表に出さない侍従はとても優秀だった。
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