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2章 魔王様のお姫様は悪戯ざかり
32. 奪われた誇りを取り戻せ
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痛みがないのが幸いというか、いっそ死ぬくらいの激痛に襲われれば良かったというべきか。
真っ白になったアスタロトの本能が、角を奪い返せと命じる。ゆらりと立ち上がったアスタロトは、ぐしゃぐしゃに乱れた金髪を整えることもなく足を踏み出した。鬼気迫る迫力に、ルシファーがごくりと喉を鳴らす。
「り、リリス。お手手のそれ、パパにちょーだい」
「やぁ!」
嫌だと意思表示されても、なんとかして受け取らねば……今度こそ首を斬り落とされる。リリスの左手を掴むルシファーは必死にお願いした。
「パパの羽根と交換しようか。ほら」
ばさりと背に翼を出してリリスの前で振ってみる。前からお気に入りの黒い羽に手を伸ばしたリリスは、無造作に1本引き抜いた。
「いたっ、よりによって風きり羽根か」
一番大きくて立派な羽根を引き抜いたリリスは、きゃっきゃと喜びの声を上げる。激痛に苛まれながらも、リリスの左手から角の欠片を返してもらおうとした。
「リリス、羽根と交換だから……こっちちょうだい」
「やっ」
ぺっと羽根を捨ててしまった。まだ激痛が走ってるのに、たぶん血もちょっと出ちゃってるのに……アスタロトの角に負けたのか。ショックで涙がでちゃう、だって魔王だもん。よく分からない境地に達したルシファーの頬に、リリスの右手が触れる。
「ルー! だ、あぁ」
頬にぺたり張り付くリリスの右手に癒されていると、翼越しに髪を掴まれた。ぐいっと引き倒され、後ろに倒れこむが翼がクッションになる。転んだ視線の先、天井側に黒い笑顔のアスタロトがいた。
「ア、スタロト?」
「ルシファー様、お約束です」
簡単に『折ったりしないよ』と告げた過去の自分を殴り倒したい気分で、ルシファーは惚けてみせた。
「やくそく?」
「ええ、約束です」
深く考えず『触るだけ』と言った口が呪わしい。まずい、これは本気のやつだ。謹慎中だからどこかへ飛んで逃げるわけに行かない。ましてや互いに監視しているアスタロトを置いて消えるなど、ベールの報復が怖かった。
「も、元に戻してやる」
「……元に」
「そう、元に戻せるから」
「戻す」
自分に言い聞かせる形で繰り返すアスタロトの口元が、にやりと上がった。黒いどころか漆黒の笑みに悲鳴を上げたルシファーへ、彼の白い手が差し伸べられる。何この罰ゲーム。触ると怖いけど、断るのはもっと怖いんですけど。
「どうされました、ルシファー様」
普段の口調に戻っているが、あの漆黒の微笑みは健在だ。仕方なくリリスを抱いたまま手を取った。
「そろそろ寝たか」
結局リリスは角を手放すことはなく、そのままぐずり始めた。お昼寝の時間をすっとばして角に興じていたリリスだが、どこまでいっても幼児。本能から来る眠りの腕に逆らえず、うとうとし始めた。抱いたまま寝かしつけたルシファーが、起こさないようにリリスの顔を覗き込む。
普段の傍若無人っぷりが嘘のように、天使の寝顔で彼女は涎を垂らしていた。ガーゼのハンカチを取り出したルシファーが口元を拭いて、リリスの左手に触れる。細心の注意を払って、彼女から角の先端を取り返した。
「アスタロト、これ」
先祖になんと詫びたら……と地の底に沈みそうな勢いで項垂れている配下に渡す。彼にとって角が大切だと知っているから、丁重にハンカチに包んで渡したのはルシファーなりの気遣いだった。
ひよこが刺繍されたハンカチを受け取り、中を開く。鏡の中で見慣れた自慢の角の先端が、涎まみれで転がっていた。
「へ、い、か?」
なぜリリスの涎を拭ったハンカチに包んだんです? そう告げる低いアスタロトの声に、ルシファーはついに逃走を試みた。
真っ白になったアスタロトの本能が、角を奪い返せと命じる。ゆらりと立ち上がったアスタロトは、ぐしゃぐしゃに乱れた金髪を整えることもなく足を踏み出した。鬼気迫る迫力に、ルシファーがごくりと喉を鳴らす。
「り、リリス。お手手のそれ、パパにちょーだい」
「やぁ!」
嫌だと意思表示されても、なんとかして受け取らねば……今度こそ首を斬り落とされる。リリスの左手を掴むルシファーは必死にお願いした。
「パパの羽根と交換しようか。ほら」
ばさりと背に翼を出してリリスの前で振ってみる。前からお気に入りの黒い羽に手を伸ばしたリリスは、無造作に1本引き抜いた。
「いたっ、よりによって風きり羽根か」
一番大きくて立派な羽根を引き抜いたリリスは、きゃっきゃと喜びの声を上げる。激痛に苛まれながらも、リリスの左手から角の欠片を返してもらおうとした。
「リリス、羽根と交換だから……こっちちょうだい」
「やっ」
ぺっと羽根を捨ててしまった。まだ激痛が走ってるのに、たぶん血もちょっと出ちゃってるのに……アスタロトの角に負けたのか。ショックで涙がでちゃう、だって魔王だもん。よく分からない境地に達したルシファーの頬に、リリスの右手が触れる。
「ルー! だ、あぁ」
頬にぺたり張り付くリリスの右手に癒されていると、翼越しに髪を掴まれた。ぐいっと引き倒され、後ろに倒れこむが翼がクッションになる。転んだ視線の先、天井側に黒い笑顔のアスタロトがいた。
「ア、スタロト?」
「ルシファー様、お約束です」
簡単に『折ったりしないよ』と告げた過去の自分を殴り倒したい気分で、ルシファーは惚けてみせた。
「やくそく?」
「ええ、約束です」
深く考えず『触るだけ』と言った口が呪わしい。まずい、これは本気のやつだ。謹慎中だからどこかへ飛んで逃げるわけに行かない。ましてや互いに監視しているアスタロトを置いて消えるなど、ベールの報復が怖かった。
「も、元に戻してやる」
「……元に」
「そう、元に戻せるから」
「戻す」
自分に言い聞かせる形で繰り返すアスタロトの口元が、にやりと上がった。黒いどころか漆黒の笑みに悲鳴を上げたルシファーへ、彼の白い手が差し伸べられる。何この罰ゲーム。触ると怖いけど、断るのはもっと怖いんですけど。
「どうされました、ルシファー様」
普段の口調に戻っているが、あの漆黒の微笑みは健在だ。仕方なくリリスを抱いたまま手を取った。
「そろそろ寝たか」
結局リリスは角を手放すことはなく、そのままぐずり始めた。お昼寝の時間をすっとばして角に興じていたリリスだが、どこまでいっても幼児。本能から来る眠りの腕に逆らえず、うとうとし始めた。抱いたまま寝かしつけたルシファーが、起こさないようにリリスの顔を覗き込む。
普段の傍若無人っぷりが嘘のように、天使の寝顔で彼女は涎を垂らしていた。ガーゼのハンカチを取り出したルシファーが口元を拭いて、リリスの左手に触れる。細心の注意を払って、彼女から角の先端を取り返した。
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「へ、い、か?」
なぜリリスの涎を拭ったハンカチに包んだんです? そう告げる低いアスタロトの声に、ルシファーはついに逃走を試みた。
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