上 下
23 / 1,397
2章 魔王様のお姫様は悪戯ざかり

20. 魔王のポケットマネー

しおりを挟む
 魔王城から赤子の夜泣きが聞こえなくなって1年弱――城の主ルシファーは痛みに顔を歪めていた。

「いててっ、リリス。痛いっ」

 白い髪がお気に入りのリリスが無邪気に引っ張る。つい先日もごっそり抜かれそうになり、ルシファーは1歳児の力を甘く見たツケを突きつけられた。やっとの思いで取り返した髪だが、そもそも赤子のときから髪であやした自分が悪いのだと彼は気付いていない。

 リリスにとって、白い髪は遊び道具なのだ。ベビーメリーと同等に扱われてきた純白の飾りに、リリスは今日も夢中だった。

「あばぁ……」

 まだ人語と呼ぶには獣に近い発声を繰り返し、大きな赤い瞳をきらきら輝かせて次の獲物に手を伸ばす。執務机の上に置かれたインク瓶だ。隣に置いたペンが刺さると危ないと回避したルシファーの手をすり抜け、リリスの指が瓶に突っ込まれた。

「ああ! ダメ、舐めるなっ!」

 大声で叱られたリリスがびくりと肩を震わせ、見る間に目に涙を浮かべる。慌てて抱き上げてあやしながら、笑顔を向けた。

「危ないぞ、リリス。お手手が汚れちゃっただろ……みせてご覧」

 差し込んだ右手の指2本を確認すると、予想外に綺麗だった。黒いインクの跡が多少残っているが、真っ黒ではない。ほっと安心して抱き締めるルシファーは、涙目の眦に唇を寄せた。ちゅっと音を立ててキスしてから、腕の中の愛し子に声をかける。

「泣かなくていいぞ、大声出したパパが悪かったな」

「うー」

 頬をすり寄せると、リリスはすぐに表情を変えて首に抱きつく。まだ身体が小さく手足が短いので、首の後ろまで手が回らないのが逆に可愛い。頬を緩めたルシファーが物音に振り返ると、書類を運んできた侍従が目を見開いて動きを止めた。

 ここ1年、親バカを遺憾なく発揮するルシファーの姿は見慣れたはずだ。何を硬直しているのか首をかしげると、侍従のベリアルが震えながら指差した。

「へ、陛下……お髪やお召し物が……」

 人を指差しちゃいけないぞと呟きながら、身だしなみを確認するために鏡を呼び出す。目の前にくるりと指先で輪を描いて作った鏡に写るのは可愛いリリスと、なぜか髪や服に黒いシミをつけた自分の姿だった。

「ん?」

「陛下、失礼いたします。こちらの書類にサインを………はぁああ?!」

 署名を求めるベールの声が裏返って響き渡る。目を大きく見開いて驚きを表すリリスの愛らしさに頬を緩めながら、自分の髪を引っ張って確認してみた。

 ベトベトする液体がついた指で髪を引き寄せ、よく観察する。ちょっと匂いも確認した結果、液体の正体は黒インクだと判明した。墨独特の臭いに、顔を顰める。

「すぐに洗ってください」

「魔法でやるからいいよ」

 面倒そうに言い放ったルシファーが、浄化魔法を使用する。ついでにリリスも綺麗になるので、一石二鳥だ。彼女の黒髪を撫でながら、ベールの手から書類をひったくった。

「城下町の街道を整備する費用?」

「ええ、先日壊されましたので」

 にっこり笑うベールの目は笑っていない。つい先日暴れた魔獣相手に魔法を使った迎撃を行ったルシファーは、街道ごと周囲の家もまとめて吹き飛ばした。その修繕費用の請求書だった。

「えっと……壊れちゃったなら直さないとな」

「はい、壊した方にお支払いいただく予定です」

 きっぱりとした部下の言葉に、慌てて確認すると支払人の欄に城の会計担当ではなく、自分の名が記されていた。あとは魔王自身のサインがあれば、すぐに引き出した金で修繕が始まる。

「いや、あれは……経費」

「無理です。なんでもリリス嬢に見せるため魔力を抑えずに攻撃したとか?」

 隠していたのになぜバレた……冷や汗が伝うルシファーをよそに、ベールは下線を引いた空欄を示した。必要以上の被害を出した上司へ、部下は詰め寄る。

「ここにご署名を! 陛下」

 署名を渋るルシファーからリリスを取り上げたベールが、さらに怖い笑顔を見せるまで……ささやかな抵抗は続いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

処理中です...