上 下
75 / 80

75.専門家に任せるのが安全ね

しおりを挟む
 ふわっと温かい風が放たれる。全員が息をひそめ、体を動かさないようにしながら……目だけで周囲の変化を窺う。数分経過し、リュシーがくしゃみをした。

 くしゅんと可愛い音なのに、大音量で鼻水交じりの鼻息が飛んで来る。

「うわぁ」

「こりゃなんだ?」

「リュシー、くしゃみをするときは横を向きなさいと教えたでしょう!」

 私が厳しい声を出すと、慌てたリュシーが寝転がって誤魔化す。撫でていいよと訴えながら、ごろごろと左右に揺れた。鱗はもちろん毛皮もない哀れな姿なので、叱ったこちらが悪いことをした気になるわ。

「もういいわ、次は気を付けてね」

 わん! 元気よく返事をするリュシーは、お詫びなのか。私に飛んだ鼻水を舐めようとした。間に飛び込んだレオがべろりと舐められ、途中で気づいたリュシーにぺっと唾を掛けられる。何をしてるの、あなた達は……。

 額を押さえた私は、駆け寄った侍女から受け取ったタオルで汚れを拭く。レオもタオルを受け取るが、なぜか私の髪や顔を拭き始めた。断ると泣くだろうから、好きにさせておく。私の匂いが付いたタオルで拭きたいのよね? この変態。

「それで、結局何か起きたの?」

 確認の声を上げると、思わぬ自己申告があった。

「おらぁ、腰痛が直っただ」

「あ? そんなわけ……おぉ、膝の痛みが消えてるぞ」

「うそっ、私も片頭痛が楽になってる?!」

 庭師や侍女から次々と答えがあり、私はくるりと回ってみる。変化は感じられなかった。特にどこもケガをしていないから? レオも不思議そうな顔をする。

 正確な結論は出ないが、慢性的な身体の不調を回復する可能性がでてきた。今後の検証は必要だけれど、ご先祖様の魔法道具で一番の人気商品になるかもしれないわ。治療院か神殿でも作って、祀ったらいいかもしれない。

 三角の魔法道具が不調を治すなら、その前に出てきた白濁の球体は何かしら。興味をそそられるが、それで作動させて大陸が真っ二つになったら困る。好奇心をぐっと堪えて、お父様に新しい手紙を書いた。これを渡り鳥の魔法道具に託す頃、もう船は帰港前だろう。

「ご先祖様の遺跡の発掘は専門家に任せ、危険だから一般人は接近禁止にしましょう。その上で発掘した物は厳重に管理します」

 最低限の決め事だけ命じ、私は踵を返した。お風呂に入って綺麗にして、ゆっくり休みたい。それはもう夢も見ないくらい、ぐっすりと。起きたら全部元に戻っているといいわ。

 都合のいい夢を吐いて、自室へ引き上げた。一緒に風呂に入ろうと叫んでいたレオは、執事に叱られて回収される。安心してベッドに潜り込んだ。明日は何もない平凡な一日でありますように。願いながら深く息を吐いた。
しおりを挟む
感想 114

あなたにおすすめの小説

貴方を捨てるのにこれ以上の理由が必要ですか?

蓮実 アラタ
恋愛
「リズが俺の子を身ごもった」 ある日、夫であるレンヴォルトにそう告げられたリディス。 リズは彼女の一番の親友で、その親友と夫が関係を持っていたことも十分ショックだったが、レンヴォルトはさらに衝撃的な言葉を放つ。 「できれば子どもを産ませて、引き取りたい」 結婚して五年、二人の間に子どもは生まれておらず、伯爵家当主であるレンヴォルトにはいずれ後継者が必要だった。 愛していた相手から裏切り同然の仕打ちを受けたリディスはこの瞬間からレンヴォルトとの離縁を決意。 これからは自分の幸せのために生きると決意した。 そんなリディスの元に隣国からの使者が訪れる。 「迎えに来たよ、リディス」 交わされた幼い日の約束を果たしに来たという幼馴染のユルドは隣国で騎士になっていた。 裏切られ傷ついたリディスが幼馴染の騎士に溺愛されていくまでのお話。 ※完結まで書いた短編集消化のための投稿。 小説家になろう様にも掲載しています。アルファポリス先行。

白い結婚がいたたまれないので離縁を申し出たのですが……。

蓮実 アラタ
恋愛
その日、ティアラは夫に告げた。 「旦那様、私と離縁してくださいませんか?」 王命により政略結婚をしたティアラとオルドフ。 形だけの夫婦となった二人は互いに交わることはなかった。 お飾りの妻でいることに疲れてしまったティアラは、この関係を終わらせることを決意し、夫に離縁を申し出た。 しかしオルドフは、それを絶対に了承しないと言い出して……。 純情拗らせ夫と比較的クール妻のすれ違い純愛物語……のはず。 ※小説家になろう様にも掲載しています。

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜

みおな
恋愛
 伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。  そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。  その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。  そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。  ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。  堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・

[完結]本当にバカね

シマ
恋愛
私には幼い頃から婚約者がいる。 この国の子供は貴族、平民問わず試験に合格すれば通えるサラタル学園がある。 貴族は落ちたら恥とまで言われる学園で出会った平民と恋に落ちた婚約者。 入婿の貴方が私を見下すとは良い度胸ね。 私を敵に回したら、どうなるか分からせてあげる。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【本編完結】独りよがりの初恋でした

須木 水夏
恋愛
好きだった人。ずっと好きだった人。その人のそばに居たくて、そばに居るために頑張ってた。  それが全く意味の無いことだなんて、知らなかったから。 アンティーヌは図書館の本棚の影で聞いてしまう。大好きな人が他の人に囁く愛の言葉を。 #ほろ苦い初恋 #それぞれにハッピーエンド 特にざまぁなどはありません。 小さく淡い恋の、始まりと終わりを描きました。完結いたします。

【完結】彼の瞳に映るのは  

たろ
恋愛
 今夜も彼はわたしをエスコートして夜会へと参加する。  優しく見つめる彼の瞳にはわたしが映っているのに、何故かわたしの心は何も感じない。  そしてファーストダンスを踊ると彼はそっとわたしのそばからいなくなる。  わたしはまた一人で佇む。彼は守るべき存在の元へと行ってしまう。 ★ 短編から長編へ変更しました。

処理中です...