17 / 80
17.猛犬注意を忘れていたわ
しおりを挟む
長きに渡る「待て」を解禁したら、忠犬は飼い主の元へ向かう。一直線に……邪魔する全てを蹴散らして。忘れていた訳じゃないわ。でも、さすがに速すぎた。
早朝、ル・フォール大公家の門をくぐった忠犬は、途中で猛犬になっていた。玄関ホール脇の客間を宛てがった執事の判断は、間違いではない。まだ眠っている主君の妹君を叩き起こす用事だとは思わなかった。一般的にはそうなのだけれど……。
一度「よし」を貰った犬は暴走する。何が何でも飼い主の腹に鼻を押し当て、首筋の匂いを嗅ぎたいと興奮状態だった。客間を抜け出し、いくつかの部屋の前を抜け、当たり前のように扉をノックする。
過去に姫が滞在した私室の場所を知っており、家族に愛される姫の部屋が変わっていないと確信をもって。ちなみに元王妃殿下の寝室なので、護衛の騎士は配置した。もちろん、倒されて壁に寄り掛ける。
この辺までは、後から本人が自供したことで判明した。私はと言えば、大公女なのに婚約者以外の異性に寝間着姿を見られてしまったわ。
「っ! ユーグ・エナン卿?」
セレーヌ叔母様の部屋で話し込み、そのまま眠ってしまった。起きて扉を開けた私が固まる姿に、一礼して丁寧に挨拶される。
「お久しぶりです、お嬢様。僕の姫君はこちらでしょう?」
「あ、ええ……」
どうぞと言っていないのに、すり抜けて入室する。叔母様が眠るベッドへ足音もなく近づき、膝をついて見つめた。叔母様の手を優しく下から支え、何度も唇を寄せる。
切なくて神聖な光景のようで、注意するのを忘れた。
「風邪を引くよ、シャル」
事態を嗅ぎつけたレオが肩に上着をかけるまで、私は呆然と二人の再会を見ていた。叔母様はまだ眠っている。いえ、寝たフリかも。
「無粋はやめて、部屋に戻ろう」
もうすぐ夜明けになる時間、廊下に出るとカーテンがない分だけ明るかった。レオは私を抱き上げ、軽々と運ぶ。
「こんな魅力的な姿のシャルを無視するなんて、彼の忠誠心は本物だね」
「せめて愛情と表現してあげて。あなたと同じタイプなのよ」
確かに見向きもされなかった。王侯貴族は地位が上がるほど、歴史が長い一族ほど美形が多い。綺麗な伴侶を見初めて子を作り、その子も同じ行為を繰り返す。遺伝の法則が正しければ、美形しか生まれないのよ。
整った顔や美しい体は、外交の武器になる。だから磨いて整えて、いつだって綺麗でいるのが普通だった。たとえ寝起きであろうと、飼い主以外は目に入らないところは……そっくり。
ふふっと笑う私を、レオがベッドに下ろす。ひんやりしたシーツに手足を丸めると、当たり前のような顔で隣に滑り込んだ。
「温めるだけ、いいだろ?」
ご褒美をくれと強請るレオに、私は弱い。寒いから仕方ないと言い訳しながら、レオの腕で目を閉じた。まだ二時間は眠れるわ。
早朝、ル・フォール大公家の門をくぐった忠犬は、途中で猛犬になっていた。玄関ホール脇の客間を宛てがった執事の判断は、間違いではない。まだ眠っている主君の妹君を叩き起こす用事だとは思わなかった。一般的にはそうなのだけれど……。
一度「よし」を貰った犬は暴走する。何が何でも飼い主の腹に鼻を押し当て、首筋の匂いを嗅ぎたいと興奮状態だった。客間を抜け出し、いくつかの部屋の前を抜け、当たり前のように扉をノックする。
過去に姫が滞在した私室の場所を知っており、家族に愛される姫の部屋が変わっていないと確信をもって。ちなみに元王妃殿下の寝室なので、護衛の騎士は配置した。もちろん、倒されて壁に寄り掛ける。
この辺までは、後から本人が自供したことで判明した。私はと言えば、大公女なのに婚約者以外の異性に寝間着姿を見られてしまったわ。
「っ! ユーグ・エナン卿?」
セレーヌ叔母様の部屋で話し込み、そのまま眠ってしまった。起きて扉を開けた私が固まる姿に、一礼して丁寧に挨拶される。
「お久しぶりです、お嬢様。僕の姫君はこちらでしょう?」
「あ、ええ……」
どうぞと言っていないのに、すり抜けて入室する。叔母様が眠るベッドへ足音もなく近づき、膝をついて見つめた。叔母様の手を優しく下から支え、何度も唇を寄せる。
切なくて神聖な光景のようで、注意するのを忘れた。
「風邪を引くよ、シャル」
事態を嗅ぎつけたレオが肩に上着をかけるまで、私は呆然と二人の再会を見ていた。叔母様はまだ眠っている。いえ、寝たフリかも。
「無粋はやめて、部屋に戻ろう」
もうすぐ夜明けになる時間、廊下に出るとカーテンがない分だけ明るかった。レオは私を抱き上げ、軽々と運ぶ。
「こんな魅力的な姿のシャルを無視するなんて、彼の忠誠心は本物だね」
「せめて愛情と表現してあげて。あなたと同じタイプなのよ」
確かに見向きもされなかった。王侯貴族は地位が上がるほど、歴史が長い一族ほど美形が多い。綺麗な伴侶を見初めて子を作り、その子も同じ行為を繰り返す。遺伝の法則が正しければ、美形しか生まれないのよ。
整った顔や美しい体は、外交の武器になる。だから磨いて整えて、いつだって綺麗でいるのが普通だった。たとえ寝起きであろうと、飼い主以外は目に入らないところは……そっくり。
ふふっと笑う私を、レオがベッドに下ろす。ひんやりしたシーツに手足を丸めると、当たり前のような顔で隣に滑り込んだ。
「温めるだけ、いいだろ?」
ご褒美をくれと強請るレオに、私は弱い。寒いから仕方ないと言い訳しながら、レオの腕で目を閉じた。まだ二時間は眠れるわ。
763
お気に入りに追加
1,259
あなたにおすすめの小説
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜
みおな
恋愛
伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。
そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。
その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。
そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。
ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。
堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・

【完結】婚約者様、王女様を優先するならお好きにどうぞ
曽根原ツタ
恋愛
オーガスタの婚約者が王女のことを優先するようになったのは――彼女の近衛騎士になってからだった。
婚約者はオーガスタとの約束を、王女の護衛を口実に何度も破った。
美しい王女に付きっきりな彼への不信感が募っていく中、とある夜会で逢瀬を交わすふたりを目撃したことで、遂に婚約解消を決意する。
そして、その夜会でたまたま王子に会った瞬間、前世の記憶を思い出し……?
――病弱な王女を優先したいなら、好きにすればいいですよ。私も好きにしますので。

貴方を捨てるのにこれ以上の理由が必要ですか?
蓮実 アラタ
恋愛
「リズが俺の子を身ごもった」
ある日、夫であるレンヴォルトにそう告げられたリディス。
リズは彼女の一番の親友で、その親友と夫が関係を持っていたことも十分ショックだったが、レンヴォルトはさらに衝撃的な言葉を放つ。
「できれば子どもを産ませて、引き取りたい」
結婚して五年、二人の間に子どもは生まれておらず、伯爵家当主であるレンヴォルトにはいずれ後継者が必要だった。
愛していた相手から裏切り同然の仕打ちを受けたリディスはこの瞬間からレンヴォルトとの離縁を決意。
これからは自分の幸せのために生きると決意した。
そんなリディスの元に隣国からの使者が訪れる。
「迎えに来たよ、リディス」
交わされた幼い日の約束を果たしに来たという幼馴染のユルドは隣国で騎士になっていた。
裏切られ傷ついたリディスが幼馴染の騎士に溺愛されていくまでのお話。
※完結まで書いた短編集消化のための投稿。
小説家になろう様にも掲載しています。アルファポリス先行。

【完結】え、別れましょう?
須木 水夏
恋愛
「実は他に好きな人が出来て」
「は?え?別れましょう?」
何言ってんだこいつ、とアリエットは目を瞬かせながらも。まあこちらも好きな訳では無いし都合がいいわ、と長年の婚約者(腐れ縁)だったディオルにお別れを申し出た。
ところがその出来事の裏側にはある双子が絡んでいて…?
だる絡みをしてくる美しい双子の兄妹(?)と、のんびりかつ冷静なアリエットのお話。
※毎度ですが空想であり、架空のお話です。史実に全く関係ありません。
ヨーロッパの雰囲気出してますが、別物です。

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる
kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。
いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。
実はこれは二回目人生だ。
回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。
彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。
そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。
その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯
そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。
※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。
※ 設定ゆるゆるです。
王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?
いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、
たまたま付き人と、
「婚約者のことが好きなわけじゃないー
王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」
と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。
私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、
「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」
なんで執着するんてすか??
策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー
基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる