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49.猫には飼い主を選ぶ権利があるそうで
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「あれってさ……」
「言わなくてもわかる」
途中で遮ったリューアは、これみよがしに溜め息を吐いた。それはもう見本みたいに立派で大きいやつを……。癖になってる、眉間を押さえる仕草で憂鬱そうにオレに流し目をくれた。
「あんだよ」
「落としたのはお前だったな、ルーイ」
確認ではなく、言い聞かせる響きに言葉が詰まる。うっと息を飲んだオレに、後ろでアランも頷いた。彼はこの事故で左遷されかけたから、よく覚えているだろう。居心地の悪さにそっと目を逸らした。
リューアの手が顎を捕らえ、強引に視線を合わせられる。逃げ場を失い、オレは藍色の瞳と正面から向き合った。吸い込まれるような夜空の色がオレの視界を埋め尽くす。場面を忘れて綺麗だなと思った。
「謝ってもらおうか?」
「えっと、何を?」
惚けて逃げる態勢に入ったオレを瓦礫に壁ドンし、両手で逃げ道を塞がれた。痛む肩を捕まえられては、抵抗は俯く程度だ。それを顔を傾けて覗き込まれ、完全にお手上げだった。
やばい、ピアスの時なんてピンチだと思えないくらい、本気でやばい。
……どうしよう。
「先日の狙撃の際、お前は私のせいでケガをしたと言ったはずだ。間違いだったのだから、謝罪は当然だろう? 違うか、ルーイ」
顔を近づけて、耳元に息を吹きかけながら囁かれた。背筋がぞくぞくする。人一倍敏感なのを知ってて人前で、何てことしやがる。根性の悪さは天下一品だった。
でも顔はいいんだよな……顔の綺麗さは好みだ。それが今は悔しい。
「謝罪って、ごめんなさい……ってやつ?」
「その程度で許せないな」
ですよね~。にやにやと楽しそうな笑みを浮かべるリューアに、後ずさって。瓦礫の後ろ側から布団のような何かに引っ張られた。
瓦礫が崩れた隙間から抱き寄せる手は……っ!
「さあ、ルーイ。いらっしゃい」
「うぎゃぁああああ!!」
叫んだオレの大声にエリシェルやリューアを通り越して、犯人や人質の視線まで釘付けになった。目立つとか文句言ってる場合じゃない。じたばた暴れるオレを後ろから羽交い絞めにしたオバサンの息が、首筋にかかる。違う意味でぞくぞくした。
あれだ、肉食獣に噛まれる直前の恐怖感!
「ルーイを離せ」
「いやよ」
一族当主の言葉に逆らい、彼女は力任せにオレを抱き締める。抵抗する気力はもちろん、あれこれ放棄するくらい怖い。真っ青になったオレの今の心境はひとつ――本気で謝るからオレを助けろ、リューア。
「……痛っ」
右肩がひどく痛んだ。ちょうど鎮痛剤が切れた所為もあるが、ばたばた動き回り、興奮したりしたのが悪かった。額に汗が滲むのも、寒気がするのもオバサンの影響だけじゃなく、発熱してる証拠だ。さらに傷の上を怪力で締め付けられたら……声を上げるのも辛いほど痛む。意識が遠のきそうで、オレは顔をしかめてぼやいた。
「せめて……綺麗なまま死にたい」
錯乱しかけているオレの様子に、オレ以上に青ざめたリューアが言い聞かせる。
「ルーイを離すんだ。ケガをしているんだぞ。傷の上を圧迫したら……最悪死ぬ」
やっと腕が少し緩んだ。深呼吸を繰り返し、オレはするりと腕の中から逃げ出した。突然だったのと激痛に混乱して取り乱したが、素人の拘束はプロに通用しない。上着を脱ぐように身体を捻れば、驚くほど簡単に抜け出た。上着は取られてしまったが……。
「は、あ、助かった」
リューアの足元に懐くと、心底大きな溜め息をついて力を抜いた。僅かな距離しか離れてないが、保護者の腕は安心できる。引き寄せたリューアの眼差しは思いのほか柔らかかった。自力で逃げてくると信じていたらしい。
あとは何とかしてくれ――目で訴えた内容に、リューアは笑顔を作った。政治家とやり取りする時に似た、実業家としての顔だ。安心して全身がくにゃりと崩れ、隣のアランからエリシェルに引き渡される。
「痛むの? 顔色が悪いわ」
「ん、痛い」
腕の痛みは今も激しくなる一方だし、呼吸のたびに冷や汗が浮かんで滴る。ぞくりと背筋を寒気が走り、自分を抱くようにして身を震わせた。気づいたリューアの上着が掛けられ、慣れた匂いに目を閉じる。
「どうして? 私じゃだめなの……?」
「猫にも飼い主を選ぶ権利はある。無理やり拘束すれば逃げるのが習性だ。ルーイが欲しいなら捕まえるのではなく、離れられないようにするのが腕の見せどころ。私とあなたの違いですよ、伯母上」
酷い言われ様だが、彼女は納得したらしい。
どうもオレはリューアを誤解していた。彼が奇妙な性癖もちのヤンデレ系だからかと思ってたけど、ランクレ―家の人間がおかしかった。一般的な常識の範囲内にいないというか、通常の人間とは考え方が違うんだろう。
跡取りが必要なはずの当主がオレみたいな野良猫を飼ってるのはもちろん、執着して周囲を威嚇しまくる姿は異常の一言に尽きる。長い近親婚の結果が、これか。血が濁るとはよく言ったものだ。
「でも諦めないわよ!」
オバサンの宣言に、オレは「冗談は大概にして欲しい」とぼやいた。
「言わなくてもわかる」
途中で遮ったリューアは、これみよがしに溜め息を吐いた。それはもう見本みたいに立派で大きいやつを……。癖になってる、眉間を押さえる仕草で憂鬱そうにオレに流し目をくれた。
「あんだよ」
「落としたのはお前だったな、ルーイ」
確認ではなく、言い聞かせる響きに言葉が詰まる。うっと息を飲んだオレに、後ろでアランも頷いた。彼はこの事故で左遷されかけたから、よく覚えているだろう。居心地の悪さにそっと目を逸らした。
リューアの手が顎を捕らえ、強引に視線を合わせられる。逃げ場を失い、オレは藍色の瞳と正面から向き合った。吸い込まれるような夜空の色がオレの視界を埋め尽くす。場面を忘れて綺麗だなと思った。
「謝ってもらおうか?」
「えっと、何を?」
惚けて逃げる態勢に入ったオレを瓦礫に壁ドンし、両手で逃げ道を塞がれた。痛む肩を捕まえられては、抵抗は俯く程度だ。それを顔を傾けて覗き込まれ、完全にお手上げだった。
やばい、ピアスの時なんてピンチだと思えないくらい、本気でやばい。
……どうしよう。
「先日の狙撃の際、お前は私のせいでケガをしたと言ったはずだ。間違いだったのだから、謝罪は当然だろう? 違うか、ルーイ」
顔を近づけて、耳元に息を吹きかけながら囁かれた。背筋がぞくぞくする。人一倍敏感なのを知ってて人前で、何てことしやがる。根性の悪さは天下一品だった。
でも顔はいいんだよな……顔の綺麗さは好みだ。それが今は悔しい。
「謝罪って、ごめんなさい……ってやつ?」
「その程度で許せないな」
ですよね~。にやにやと楽しそうな笑みを浮かべるリューアに、後ずさって。瓦礫の後ろ側から布団のような何かに引っ張られた。
瓦礫が崩れた隙間から抱き寄せる手は……っ!
「さあ、ルーイ。いらっしゃい」
「うぎゃぁああああ!!」
叫んだオレの大声にエリシェルやリューアを通り越して、犯人や人質の視線まで釘付けになった。目立つとか文句言ってる場合じゃない。じたばた暴れるオレを後ろから羽交い絞めにしたオバサンの息が、首筋にかかる。違う意味でぞくぞくした。
あれだ、肉食獣に噛まれる直前の恐怖感!
「ルーイを離せ」
「いやよ」
一族当主の言葉に逆らい、彼女は力任せにオレを抱き締める。抵抗する気力はもちろん、あれこれ放棄するくらい怖い。真っ青になったオレの今の心境はひとつ――本気で謝るからオレを助けろ、リューア。
「……痛っ」
右肩がひどく痛んだ。ちょうど鎮痛剤が切れた所為もあるが、ばたばた動き回り、興奮したりしたのが悪かった。額に汗が滲むのも、寒気がするのもオバサンの影響だけじゃなく、発熱してる証拠だ。さらに傷の上を怪力で締め付けられたら……声を上げるのも辛いほど痛む。意識が遠のきそうで、オレは顔をしかめてぼやいた。
「せめて……綺麗なまま死にたい」
錯乱しかけているオレの様子に、オレ以上に青ざめたリューアが言い聞かせる。
「ルーイを離すんだ。ケガをしているんだぞ。傷の上を圧迫したら……最悪死ぬ」
やっと腕が少し緩んだ。深呼吸を繰り返し、オレはするりと腕の中から逃げ出した。突然だったのと激痛に混乱して取り乱したが、素人の拘束はプロに通用しない。上着を脱ぐように身体を捻れば、驚くほど簡単に抜け出た。上着は取られてしまったが……。
「は、あ、助かった」
リューアの足元に懐くと、心底大きな溜め息をついて力を抜いた。僅かな距離しか離れてないが、保護者の腕は安心できる。引き寄せたリューアの眼差しは思いのほか柔らかかった。自力で逃げてくると信じていたらしい。
あとは何とかしてくれ――目で訴えた内容に、リューアは笑顔を作った。政治家とやり取りする時に似た、実業家としての顔だ。安心して全身がくにゃりと崩れ、隣のアランからエリシェルに引き渡される。
「痛むの? 顔色が悪いわ」
「ん、痛い」
腕の痛みは今も激しくなる一方だし、呼吸のたびに冷や汗が浮かんで滴る。ぞくりと背筋を寒気が走り、自分を抱くようにして身を震わせた。気づいたリューアの上着が掛けられ、慣れた匂いに目を閉じる。
「どうして? 私じゃだめなの……?」
「猫にも飼い主を選ぶ権利はある。無理やり拘束すれば逃げるのが習性だ。ルーイが欲しいなら捕まえるのではなく、離れられないようにするのが腕の見せどころ。私とあなたの違いですよ、伯母上」
酷い言われ様だが、彼女は納得したらしい。
どうもオレはリューアを誤解していた。彼が奇妙な性癖もちのヤンデレ系だからかと思ってたけど、ランクレ―家の人間がおかしかった。一般的な常識の範囲内にいないというか、通常の人間とは考え方が違うんだろう。
跡取りが必要なはずの当主がオレみたいな野良猫を飼ってるのはもちろん、執着して周囲を威嚇しまくる姿は異常の一言に尽きる。長い近親婚の結果が、これか。血が濁るとはよく言ったものだ。
「でも諦めないわよ!」
オバサンの宣言に、オレは「冗談は大概にして欲しい」とぼやいた。
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