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41.野良猫に信用なんてついてない

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 何かがぱらぱらと乾いた音を立てて降り注ぎ、呆然と床に押さえられたまま見上げた。目に入った埃が痛くて、生理的な涙がぽろりと溢れる。脳裏を過ぎるのは「リューアやラルクに叱られそうだ、汚れたし」程度の、軽い気持ちだった。

 死ぬ恐怖心なんてない。振動が床から肌に直接響き、連鎖反応した爆発がまだ収まっていないことを知った。

 触れた服から香るのはリューアと違うコロンで、スーツも麻素材のざらついた感じではない。この腕は明らかに別人で、オレを抱き締めてた男じゃない現実を突きつけた。

 リューアに知れたら、嫉妬されそう。

 関係ないことを考える。爆破されたのはもちろん、イベントを邪魔され、オレが隣にいない事実すら気に入らないはずだ。ましてや護衛だと思うが、別の男にオレが押し倒されてる状況なんて、発狂ものじゃないか。

 逆鱗ってこういう時に使うのかな。

 上の男は重く、右肩が呼吸のタイミングで痛む。倒された時に強く打ち付けたんだろう。鎮痛剤が切れてきたか。ズキズキと疼く腕の位置をすこし動かした。

 よく走馬灯が過ぎるというが、まったく関係ない思いが左右に揺れてる。天国からのお迎えは程遠いらしい。状況に驚いたせいか、痛み止めによる吐き気は軽減されたのが唯一の救いだ。

 考えがまとまらないのは、多少なりと混乱している証拠だろう。鳴き続ける夏の蝉みたいな騒音が、現実の音なのかわからない。頭の片隅で、取り止めのない思考に揺れる脳味噌を、冷静に判断する自分がいた。

 う……だめだ、吐きそう。

 また気持ち悪さが振り返して、眉をひそめる。セトに戻されてから散々だ。運が悪いと表現するには、事件が連続して起きすぎた。

「……無事ですか?」

「――え?」

 突然の声かけに、じわじわと蝉が鳴く喧しい耳を傾けた。考え事に気を取られ、間抜けな受け答えをしてしまう。だが声が聞き取れたことで、耳が無事だとわかってよかった。

 んっと、コイツ……護衛だよな。オープンカーの時に斜め後ろにいた。確か3年前に左遷されそうになった、名前は確か。

「アランだっけ?」

「本当に大丈夫ですか? なんか、ボケてません?」

「あ、平気」

 さきほど会場入りした時、左後ろを歩いていたアランがここにいるって事は、右にいたリューアは別の方向へ逃されたのか。砂埃に塗れた姿から、オレを庇って上にいたのはアランで間違いなさそうだ。

「……悪いな、サンキュ」

 礼を言うと人懐っこい笑みで頷く。

「なあ、リューアはどこいった?」

 助け起こされながら、ようやく周囲の状況が目に入った。惨状に顔をしかめる。会場内はボロボロ、なんとか外殻だけは保った状態だった。安普請なら崩れ落ちてた可能性もある。骨組みに金かけてくれて助かった。元の姿を想像できないくらい、徹底的に爆破されている。

 どうみてもプロの仕業だった。爆破自体は完璧な仕事だが、狙いがリューアの命だったなら……まあ失敗しただろう。

 最初の一撃で仕留め損なったら、アイツの命は奪えないぞ。

 いま叫んでる奴がいないのは、アイツが生きてる何よりの証拠だ。悪運が強い奴だから、ピンピンしてるだろう。この会場の様子からして、パーティーが中止になったことだけは嬉しい。

「……何してんの?」

「新たなケガはなさそうですね。助かりました」

 ぺたぺた手足を触るアランに首をかしげたが、右肩だけは触れなかった。ケガチェックが終わり、ほっとした様子で本音が漏れる。

 助かった=首にならなくて済む。素直すぎて笑える。くつくつ笑いながら肩を揺らしていると、周りを見ていたアランが眉をひそめる。

「他の護衛と連絡をとってきます。絶対にここを動かないでください」

「はいはい」

「ルーイ様のその返事ほど信用できないものはないですが……本当に、絶対に動かないでくださいね」

「わかった。ここにいるよ」

 アランの顔に書いてある「どうもあなたが一緒だとろくな事にならない」という本音が頂けないが、3年前の前科があるので黙っておく。手を振って近くの瓦礫に腰かけた。爆発が収まったことと、オレがターゲットではない事実が手伝い、アランはひとまず仲間と合流する方法を模索するようだ。

 通信機器の類は、基地局が吹き飛んだ時点でおじゃんだし、塵が多すぎてジャミング状態だろう。

「動かないでください」

「はいはい、いってらっしゃい」

 のんびり見送るオレを残し、身軽なアランが瓦礫を避けて歩き出す。足を引きずっているが、あの爆風で咄嗟に警護対象を守った結果なら、優秀だった。まあ一流程度の実力じゃ、あのランクレー家当主の護衛は務まらないか。

 ようやく1人になった開放感から、オレはひとつ伸びをした。過酷な環境でも生き残る奴は生き残るものだ。なるようになるさ。
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