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39.金持ちは無駄がお好き

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 臨時とはいえ、特設会場は立派だった。三角屋根を形作ったテントに似た建物は、たった1ヶ月で建てられ、僅か1週間の祭りが終わると解体される。細部に至るまで手を抜かずに作った会場が、その美しさを誇れるのはたったの7日間なのだ。

 金持ちのすることはよくわからない。せっかく作った建物なんだから、その後も利用すればいいのに。貧乏くさい考え方かも知れないが、溜め息が漏れた。しかし毎年デザインを変えて作る会場は、これ自体が観光の目玉となるという。ああ、もったいない。

 心の中でぼやきながら、玄関ホールへの階段へ足を踏み出した。右隣のリューアが肩を庇ってくれるので、体調の悪さを理由に寄り掛かって歩いた。体温が低いリューアの指が触れて、微熱ありのオレは心地よさに口元が緩んでしまう。

 建物の内部は予想通りの派手さ、これは『ホテルGIRAFFE』と張るかも知れない。色は白を基調としているのに、要所要所に現職を使用していた。この色彩感覚と配色センスは、『シェーラ』のラルクだ。趣味が悪い! と言われるギリギリ手前の色遣いは彼の十八番だった。

 リューアのお気に入りが、今回の設計にかかわらない理由がない。ましてや今年はショーを中止したのだ。きっと設計やデザインでこき使う予定があったからだろう。

 デザイナーの卵が、エリシェルに才能を見出された。金は出すが口は出さないパトロンを得て、一流デザイナーの仲間入りをする。シンデレラストーリーはいいが、偶然顔を見せたオレを見初めて『イメージモデルが彼でなければ無理』とごねたのが、オレがこの世界に入った原因だった。

 しかもリューアが了承してしまった。この頃すでにリューアを狙って失敗したオレは捕獲されていて、逃げ場はなかった。モデルになりたい奴なんて掃いて捨てる程いるんだから、そいつらにチャンスをやればいいのに……。

 リューアはすでにモデルを引退していたし、あれよあれよと祭り上げられ――モデルになっていた。策略や謀略にかけて、オレはリューアに勝てる気がしない。

 後戻りできない状況になり、現在に至るわけだが……有名税は想像より高かった。目立つし、大嫌いなパーティーは山ほど呼ばれ、事あるごとに呼び出されて撮影会。元から自分の女顔が嫌いなオレにしてみたら、モデルの現状は不思議なだけ。

 日参するラルクに根負けしたわけだが、彼のデザインは正直好みだった。色使いが派手なのだけ抑えてくれたら、文句のつけようがない。

 誰しもどこかに欠点があるものだが、一般人受けする斬新な色使いらしいから……オレが地味好みってことか?

「どうした?」

 周囲を見回したオレに、リューアが顔を寄せて囁く。キスされないように押しのけながら、ぽつりと指摘した。

「ラルクのデザインだ」

「さすがにわかるか」

 感心した響きのリューアに、オレは「分からない奴がいたら、逆に紹介して欲しいぜ」と独りごちる。会場内の視線が集中するのは、気のせいじゃないだろう。誰より目立つ男リューアと一緒にいて、注目されないわけがなかった。

 雑誌で噂になってるのもあるだろうが、とにかくリューアは目立つ。外見も、計算された表情や仕草も、すべてが他者の視線を釘付けにする。

 ちなみに、今のオレ達の恰好も『シェーラ』の新作だった。間違いなく会場と合わせたデザインだ。リューアは薄茶がかった天然の麻を基調に、落ち着いたデザインで纏めている。襟や袖に青い差し色が鮮やかだった。

 隣のオレは正反対に目立つ色で、派手な青と白。気分的にはまた青か? ってカンジだが、リューアの好みを反映した結果だと思う。仕事で赤も着るが、青い服が全体的に多い。

 長めの金髪は淡い色で、瞳は銀にも見えるアイス・グレー。元から肌が白くて、全体的に色が薄い。おまけに高額サファイアのピアス付けて、モデルとしての美貌が加われば視線を集めない理由がない。どうせ目立つなら徹底的に視線を集めてやろうと開き直った。

 こんな狙撃チャンス、他のスナイパーはこぞって繰り出したはずだ。ランクレ―家当主に親族が勢ぞろい、当然だが政治家や有力者が集まる会場はターゲットの山だった。オレもケガしてなければ、こっそり裏稼業の方へ回りたかったぞ。

 外見から予想できない、丸い形の玄関ホールを抜けると、会場は目の前だった。一応式典会場という名目だが、実際はパーティー会場に過ぎない。飲んで食べて騒ぐのは、毎年の恒例なのだ。

「怠い、痛い、眠い」

 文句を垂れ流しながらエスコートされるオレは、リューアに寄り掛かって足を踏み入れた。冷たい手が触れるたびに首を竦めてしまうが、気持ちいいので逃げる気はない。大人しくついていくと、満足げだったリューアが舌打ちした。
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