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38.噂の原因はこれか
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「……けほっ」
咽せるオレの頭をしっかり脇に抱え込み、奴は周囲に愛想を振りまいている。優雅な仕草で手を振り、湧き上がる歓声に応える姿は、確かに救世主様の息子然としていた。さっきまでオレの唇を奪っていた男には見えない。
「リュ、ァ……なに、しやがっ……る」
喉は痛いが抗議は忘れない。声がかすれて、情けないほど景色が涙で滲んだ。
ちきしょう。
ぼやいたオレの耳に、後ろの護衛の忍び笑いが聞こえる。耳や首まで真っ赤になったオレは、両手でリューアを突き放した。膝の上に転がっていた鏡も投げつけるが、手前で護衛に阻まれた。仕事熱心な奴らめ!
オープンカーなんて大っ嫌いだ。全部見えるし、二度と一緒に乗らないからな。
まだしっとり濡れた唇を、シャツの袖で荒く拭う。乱れた呼吸のせいか、頭痛がする。舌打ちしたオレの気分が下降するのを察したリューアが、宥めるように髪を撫でた。
野良猫だからって、撫でる人なら誰にでも懐くなんて思うなよ。噛みつくからな。情けない文句を口の中で呟くのは、揚げ足取られる危険性を理解しているから。
「ルーイ、会場だ」
人前だから「リヴィ」という愛称を封印した男は、オレの睨む眼差しを流して会場を指差す。特設会場として用意された巨大なホールは、美しい半円形で陽光を弾いた。
「んなこと、聞いてねえよ」
けほっともう一度咳をして食ってかかった。
「なんだ? 足りなくて拗ねているのか」
「……言葉が通じない異世界人か?」
どうしよう。コイツと会話できる自信がない。こんな自分勝手で世界を動かす奴が、巨大財閥のトップで金も権力も併せ持つことは世界の危機だ。
腹いせに長い黒髪を引っ張ってやる。さぞかし痛いだろうと笑みを浮かべると、藍色の瞳を少しだけ細めたリューアが左手の指先に触れるだけのキスをした。
昔の貴族が女性への求愛として行った所作。どこかで見たドラマだか映画の仕草に、眉が寄った。姿を見るために集まった観客には最高の出し物だろうが、オレには悪夢だった。
女性向けの行為だろうが。どうしてオレが対象になってるんだ? 嫌な形で仕返しされ、苦情に顔をしかめた時、オープンカーがようやく停まった。
地球と違い空気が重くないので、抵抗が少ない。やや揺れたが、ランクレー車の最高級車はその性能を遺憾なく発揮した。
むっとした顔で腕を組んで、そっぽを向く。この段階に来ての抵抗を、リューアへの抗議として使う。人目もあって最高のタイミングだった。
オレがいない間に変更された運転手が、ドアを開ける。洗練された所作は訓練の賜物だろうが、妙な違和感を覚えた。
傅かれるのが当然の男は、優雅の一言に尽きる所作でオープンカーを下りる。後ろにいた護衛が立ち位置を変えて、自らの身を盾にした。仕事はいえ、気の毒なことだ。先日のパーティーで失態を演じた護衛にしてみたら、今回は絶対に失敗できない。
ピリピリしたムードを台無しする甘い声で、リューアが手を差し出した。
「おいで」
利き腕が左でも、右肩を庇って不自由な動きになるオレの手を取り、すぐに引き寄せられた。あまりにスムーズすぎて、抵抗すら忘れる。旋毛に口付けて、抱き下ろされた。
……なるほど。これじゃ噂になるわけだ。
諦め半分で溜め息をついた。跡取りが必要な名家の当主のくせして、なにが悲しくて男相手に本気出してるんだか。いくらでも美人を見繕えばいい。優しい子も家柄のいい子も選び放題のくせに。
優しく腰を抱く男を見上げ、貶しながらも少しだけ優越感をいだく。
金髪を梳く指に寄り添う形で、肩に頭を預けた。驚いたような表情をしたリューアに、気分が上昇する。しかしすぐに顔を取り繕うと、作った笑顔で来客をあしらいながら会場へ足を踏み出した。
咽せるオレの頭をしっかり脇に抱え込み、奴は周囲に愛想を振りまいている。優雅な仕草で手を振り、湧き上がる歓声に応える姿は、確かに救世主様の息子然としていた。さっきまでオレの唇を奪っていた男には見えない。
「リュ、ァ……なに、しやがっ……る」
喉は痛いが抗議は忘れない。声がかすれて、情けないほど景色が涙で滲んだ。
ちきしょう。
ぼやいたオレの耳に、後ろの護衛の忍び笑いが聞こえる。耳や首まで真っ赤になったオレは、両手でリューアを突き放した。膝の上に転がっていた鏡も投げつけるが、手前で護衛に阻まれた。仕事熱心な奴らめ!
オープンカーなんて大っ嫌いだ。全部見えるし、二度と一緒に乗らないからな。
まだしっとり濡れた唇を、シャツの袖で荒く拭う。乱れた呼吸のせいか、頭痛がする。舌打ちしたオレの気分が下降するのを察したリューアが、宥めるように髪を撫でた。
野良猫だからって、撫でる人なら誰にでも懐くなんて思うなよ。噛みつくからな。情けない文句を口の中で呟くのは、揚げ足取られる危険性を理解しているから。
「ルーイ、会場だ」
人前だから「リヴィ」という愛称を封印した男は、オレの睨む眼差しを流して会場を指差す。特設会場として用意された巨大なホールは、美しい半円形で陽光を弾いた。
「んなこと、聞いてねえよ」
けほっともう一度咳をして食ってかかった。
「なんだ? 足りなくて拗ねているのか」
「……言葉が通じない異世界人か?」
どうしよう。コイツと会話できる自信がない。こんな自分勝手で世界を動かす奴が、巨大財閥のトップで金も権力も併せ持つことは世界の危機だ。
腹いせに長い黒髪を引っ張ってやる。さぞかし痛いだろうと笑みを浮かべると、藍色の瞳を少しだけ細めたリューアが左手の指先に触れるだけのキスをした。
昔の貴族が女性への求愛として行った所作。どこかで見たドラマだか映画の仕草に、眉が寄った。姿を見るために集まった観客には最高の出し物だろうが、オレには悪夢だった。
女性向けの行為だろうが。どうしてオレが対象になってるんだ? 嫌な形で仕返しされ、苦情に顔をしかめた時、オープンカーがようやく停まった。
地球と違い空気が重くないので、抵抗が少ない。やや揺れたが、ランクレー車の最高級車はその性能を遺憾なく発揮した。
むっとした顔で腕を組んで、そっぽを向く。この段階に来ての抵抗を、リューアへの抗議として使う。人目もあって最高のタイミングだった。
オレがいない間に変更された運転手が、ドアを開ける。洗練された所作は訓練の賜物だろうが、妙な違和感を覚えた。
傅かれるのが当然の男は、優雅の一言に尽きる所作でオープンカーを下りる。後ろにいた護衛が立ち位置を変えて、自らの身を盾にした。仕事はいえ、気の毒なことだ。先日のパーティーで失態を演じた護衛にしてみたら、今回は絶対に失敗できない。
ピリピリしたムードを台無しする甘い声で、リューアが手を差し出した。
「おいで」
利き腕が左でも、右肩を庇って不自由な動きになるオレの手を取り、すぐに引き寄せられた。あまりにスムーズすぎて、抵抗すら忘れる。旋毛に口付けて、抱き下ろされた。
……なるほど。これじゃ噂になるわけだ。
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金髪を梳く指に寄り添う形で、肩に頭を預けた。驚いたような表情をしたリューアに、気分が上昇する。しかしすぐに顔を取り繕うと、作った笑顔で来客をあしらいながら会場へ足を踏み出した。
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