上 下
37 / 53

37.否定する前に上書きされる噂

しおりを挟む
 すべてを仕組んだ男は、オレの右手を捕まえてご満悦だった。もちろんエリシェルにも手伝わせただろうけど、週刊誌がこれだけ大っぴらに記事にかけるのは、情報源がリューア自身で間違いない。

 ある事ない事、情報に乗せたのだ。そう思うと隣で笑顔を振りまく男が憎らしくもなる。まあ……先日も含め、いろいろ助けられてるのも事実だが。それとこれは別問題だった。

 地球に降りる前にそんな噂はなかった。つまり、オレが地球にいる間に広めたに違いない。

 ――なんて独占欲の強さ。

 しかも迂闊にも、今の行為が噂を肯定してしまった。先日発売された『シェーラ』の最新カタログの表紙は、オレの首に噛みつくリューアの野性味溢れる写真だ。噂はどこまでも浸透していく。

 オレが噂を否定する側から、隣でリューアが新しい噂を振り撒くんだろう。いやでも想像できてしまった。

 ランクレー家の当主なんだから、絶対に跡取りは必要なのだ。男と結婚したら、次代をどうするつもりなのか。オレが心配する事じゃないが、親族は……自分の子を養子に送り込もうとするから
、逆に喜ぶかも知れんな。

 精神的な打撃で目眩を感じながら、オレは当初の目的を果たすべく口を開いた。大きめの声で耳元に叫ぶ。

「オレ、帰ってもいいか?」

 吐き気と微熱に加えて、頭痛まで出そうだ。今の運転手は運転が荒いので、酔いやすいオレは許可が出ればすぐにも飛び降りたいきぶんだった。絶対に聞こえたはずなのに、リューアは知らん顔していた。

「はぁ……ちくしょう。あの時、リューアに頼ったのがいけないのかな。いや……きっと公安に見つかった辺りからすでに……」

 ぶつぶつ一人反省会を始めたオレは、髪を軽く引く動きをうざったく思いながら顔を上げる。考え事に没頭していたし、油断も多分にしていた。だからオレは悪くない。

 反射的に顔をリューアのいる右に向けた瞬間――痛っ!!

「ほら、じっとしろ」

 形よく長い指が、オレの右耳に触れる。それからゆっくりと左耳もなぞった。金属の感触があって、ズキッと痛みが走った。顔をしかめて、リューアの手を振り払った。

「なに……?」

 自分で手を左耳に当てると、ぬるりと血の感触がある。驚いて固まったオレの右耳を、舌の這うざらりとした感触が襲った。ぞくっと肌が粟立つ。

「や……っ」

 身をよじって逃げようとすると、右肩がずきんと痛む。まだ完治していない肩を庇って動きを止めたら、左耳も同様に舐められた。

「絶対になくすな」

 囁く声の擽ったさに身を竦めた。

「サファイアのピアスだ。魔除らしいが、お前に青はよく似合う」

「……オレ、穴開けてないけど?」

「関係ない」

「え?!」

 言葉に顔が引きつる。恐る恐る触れた耳朶に、硬い鉱石の感触があった。

「無理やりするなよ」

 ゆっくり進むパレードのオープンカーの周囲を守る護衛から、鏡を差し出される。車と同じ速度で歩く彼らが余計な物を持ち歩くわけがなく、当初から予定されていたのだと気づく。手鏡で確認すると、左右ともぴたり嵌ったピアスに溜め息が漏れた。

 無理やり嵌められたピアスの異物感は、如何ともし難い。

 鏡に写ったのは、真っ青な矢車草と呼ばれる最高級のサファイアだった。控え目に見積もっても1ct近い大粒が2つ。ピアスには上質すぎて、ペンダントトップに使えそうな大粒のカシミール・ブルーの色が並ぶ。左右とも同じ色で、天然石を揃えるのは大変だっただろう。

 地球でしか産出しない天然石なら、このピアスだけで一生食べていけるざいさんだ。もちろん、この男が人工サファイアなんか寄越すわけがない。

 まるで飾りのように赤が伝う。独特の色とぬめりで、血の臭いに敏感なオレは渡されたハンカチで赤を拭った。さっき舐められたのは、出血のせいらしい。

「痛いのは嫌いだ。なんで出かける前に渡さない?」

 そうしたら自分で着けたのに。

 ぼやくオレは気づいていない。この時点で、リューアの渡すピアスを断る選択肢を、自ら捨てている事実に。そしてこの男はそんなオレの失言を微笑んで受け止めた。

「私の、この手で着けたかった」

 ペットの首輪みたいに言うな! 恨みがましく反論して、ぷいっと顔を逸らした。何かが反射して、眩しさに視界を奪われる。反射によって取り込まれる太陽光が目に飛び込み、ぎゅっと目蓋を閉じた。丸い残像が網膜に焼き付いたように滲みる。

「そう怒るな、宥めて欲しいのか?」

「ちがぅ……んっ、ふ、やめ……っ!」

 オープンカーで、外から丸見えだろ! リューアのキスは強引で、今度こそ噂を完全に肯定する口付けが人目に晒された。オレの左手首を肩の高さで押さえつけ、体重をかけて唇を奪われる。

 遠慮なく貪る男の肩を押し戻そうとする右肩は弾傷で自由にならず、かろうじてスーツを掴む程度の抵抗だった。おかげで縋ったように見える。

 右腕は力が入らず、左手はシートに固定された。この上、文句を言う口まで塞がれたら……抵抗なんて出来ない。蹴飛ばしてやろうとしたオレの動きを察して、シートに乗り上げる形で足を絡められた。

 舌を差し入れて念入りに繰り返すキスは、上向かされた喉に唾液を伝わせる。ごくりと動いた喉に、いつのまにか奴の唇が滑り降りていた。さきほど止めさせたくせに、ネクタイを緩めて首に痕を残す手際の良さ。

 こういうことに長けた奴だと思っていたけど……お前、誰に教わったんだ?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【魔導具師マリオンの誤解】 ~陰謀で幼馴染みの王子に追放されたけど美味しいごはんともふもふに夢中なので必死で探されても知らんぷりします

真義あさひ
BL
だいたいタイトル通りの前世からの因縁カプもの、剣聖王子×可憐な錬金魔導具師の幼馴染みライトBL。 攻の王子はとりあえず頑張れと応援してやってください……w ◇◇◇ 「マリオン・ブルー。貴様のような能無しはこの誉れある研究学園には必要ない! 本日をもって退学処分を言い渡す!」 マリオンはいくつもコンクールで受賞している優秀な魔導具師だ。業績を見込まれて幼馴染みの他国の王子に研究学園の講師として招かれたのだが……なぜか生徒に間違われ、自分を呼び寄せたはずの王子からは嫌がらせのオンパレード。 ついに退学の追放処分まで言い渡されて意味がわからない。 (だから僕は学生じゃないよ、講師! 追放するなら退学じゃなくて解雇でしょ!?) マリオンにとって王子は初恋の人だ。幼い頃みたく仲良くしたいのに王子はマリオンの話を聞いてくれない。 王子から大切なものを踏みつけられ、傷つけられて折れた心を抱え泣きながら逃げ出すことになる。 だがそれはすべて誤解だった。王子は偽物で、本物は事情があって学園には通っていなかったのだ。 事態を知った王子は必死でマリオンを探し始めたが、マリオンは戻るつもりはなかった。 もふもふドラゴンの友達と一緒だし、潜伏先では綺麗なお姉さんたちに匿われて毎日ごはんもおいしい。 だがマリオンは知らない。 「これぐらいで諦められるなら、俺は転生してまで追いかけてないんだよ!」 王子と自分は前世からずーっと同じような追いかけっこを繰り返していたのだ。

ハイスペックストーカーに追われています

たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!! と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。 完結しました。

【完結】元騎士は相棒の元剣闘士となんでも屋さん営業中

きよひ
BL
 ここはドラゴンや魔獣が住み、冒険者や魔術師が職業として存在する世界。  カズユキはある国のある領のある街で「なんでも屋」を営んでいた。  家庭教師に家業の手伝い、貴族の護衛に魔獣退治もなんでもござれ。  そんなある日、相棒のコウが気絶したオッドアイの少年、ミナトを連れて帰ってくる。  この話は、お互い想い合いながらも10年間硬直状態だったふたりが、純真な少年との関わりや事件によって動き出す物語。 ※コウ(黒髪長髪/褐色肌/青目/超高身長/無口美形)×カズユキ(金髪短髪/色白/赤目/高身長/美形)←ミナト(赤髪ベリーショート/金と黒のオッドアイ/細身で元気な15歳) ※受けのカズユキは性に奔放な設定のため、攻めのコウ以外との体の関係を仄めかす表現があります。 ※同性婚が認められている世界観です。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

【完結】召喚された勇者は贄として、魔王に美味しく頂かれました

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
BL
美しき異形の魔王×勇者の名目で召喚された生贄、執着激しいヤンデレの愛の行方は? 最初から贄として召喚するなんて、ひどいんじゃないか? 人生に何の不満もなく生きてきた俺は、突然異世界に召喚された。 よくある話なのか? 正直帰りたい。勇者として呼ばれたのに、碌な装備もないまま魔王を鎮める贄として差し出され、美味しく頂かれてしまった。美しい異形の魔王はなぜか俺に執着し、閉じ込めて溺愛し始める。ひたすら優しい魔王に、徐々に俺も絆されていく。もういっか、帰れなくても……。 ハッピーエンド確定 ※は性的描写あり 【完結】2021/10/31 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、エブリスタ 2021/10/03  エブリスタ、BLカテゴリー 1位

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

勇者の股間触ったらエライことになった

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
勇者さんが町にやってきた。 町の人は道の両脇で壁を作って、通り過ぎる勇者さんに手を振っていた。 オレは何となく勇者さんの股間を触ってみたんだけど、なんかヤバイことになっちゃったみたい。

【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】

彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。 「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」

処理中です...