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37.否定する前に上書きされる噂
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すべてを仕組んだ男は、オレの右手を捕まえてご満悦だった。もちろんエリシェルにも手伝わせただろうけど、週刊誌がこれだけ大っぴらに記事にかけるのは、情報源がリューア自身で間違いない。
ある事ない事、情報に乗せたのだ。そう思うと隣で笑顔を振りまく男が憎らしくもなる。まあ……先日も含め、いろいろ助けられてるのも事実だが。それとこれは別問題だった。
地球に降りる前にそんな噂はなかった。つまり、オレが地球にいる間に広めたに違いない。
――なんて独占欲の強さ。
しかも迂闊にも、今の行為が噂を肯定してしまった。先日発売された『シェーラ』の最新カタログの表紙は、オレの首に噛みつくリューアの野性味溢れる写真だ。噂はどこまでも浸透していく。
オレが噂を否定する側から、隣でリューアが新しい噂を振り撒くんだろう。いやでも想像できてしまった。
ランクレー家の当主なんだから、絶対に跡取りは必要なのだ。男と結婚したら、次代をどうするつもりなのか。オレが心配する事じゃないが、親族は……自分の子を養子に送り込もうとするから
、逆に喜ぶかも知れんな。
精神的な打撃で目眩を感じながら、オレは当初の目的を果たすべく口を開いた。大きめの声で耳元に叫ぶ。
「オレ、帰ってもいいか?」
吐き気と微熱に加えて、頭痛まで出そうだ。今の運転手は運転が荒いので、酔いやすいオレは許可が出ればすぐにも飛び降りたいきぶんだった。絶対に聞こえたはずなのに、リューアは知らん顔していた。
「はぁ……ちくしょう。あの時、リューアに頼ったのがいけないのかな。いや……きっと公安に見つかった辺りからすでに……」
ぶつぶつ一人反省会を始めたオレは、髪を軽く引く動きをうざったく思いながら顔を上げる。考え事に没頭していたし、油断も多分にしていた。だからオレは悪くない。
反射的に顔をリューアのいる右に向けた瞬間――痛っ!!
「ほら、じっとしろ」
形よく長い指が、オレの右耳に触れる。それからゆっくりと左耳もなぞった。金属の感触があって、ズキッと痛みが走った。顔をしかめて、リューアの手を振り払った。
「なに……?」
自分で手を左耳に当てると、ぬるりと血の感触がある。驚いて固まったオレの右耳を、舌の這うざらりとした感触が襲った。ぞくっと肌が粟立つ。
「や……っ」
身をよじって逃げようとすると、右肩がずきんと痛む。まだ完治していない肩を庇って動きを止めたら、左耳も同様に舐められた。
「絶対になくすな」
囁く声の擽ったさに身を竦めた。
「サファイアのピアスだ。魔除らしいが、お前に青はよく似合う」
「……オレ、穴開けてないけど?」
「関係ない」
「え?!」
言葉に顔が引きつる。恐る恐る触れた耳朶に、硬い鉱石の感触があった。
「無理やりするなよ」
ゆっくり進むパレードのオープンカーの周囲を守る護衛から、鏡を差し出される。車と同じ速度で歩く彼らが余計な物を持ち歩くわけがなく、当初から予定されていたのだと気づく。手鏡で確認すると、左右ともぴたり嵌ったピアスに溜め息が漏れた。
無理やり嵌められたピアスの異物感は、如何ともし難い。
鏡に写ったのは、真っ青な矢車草と呼ばれる最高級のサファイアだった。控え目に見積もっても1ct近い大粒が2つ。ピアスには上質すぎて、ペンダントトップに使えそうな大粒のカシミール・ブルーの色が並ぶ。左右とも同じ色で、天然石を揃えるのは大変だっただろう。
地球でしか産出しない天然石なら、このピアスだけで一生食べていけるざいさんだ。もちろん、この男が人工サファイアなんか寄越すわけがない。
まるで飾りのように赤が伝う。独特の色とぬめりで、血の臭いに敏感なオレは渡されたハンカチで赤を拭った。さっき舐められたのは、出血のせいらしい。
「痛いのは嫌いだ。なんで出かける前に渡さない?」
そうしたら自分で着けたのに。
ぼやくオレは気づいていない。この時点で、リューアの渡すピアスを断る選択肢を、自ら捨てている事実に。そしてこの男はそんなオレの失言を微笑んで受け止めた。
「私の、この手で着けたかった」
ペットの首輪みたいに言うな! 恨みがましく反論して、ぷいっと顔を逸らした。何かが反射して、眩しさに視界を奪われる。反射によって取り込まれる太陽光が目に飛び込み、ぎゅっと目蓋を閉じた。丸い残像が網膜に焼き付いたように滲みる。
「そう怒るな、宥めて欲しいのか?」
「ちがぅ……んっ、ふ、やめ……っ!」
オープンカーで、外から丸見えだろ! リューアのキスは強引で、今度こそ噂を完全に肯定する口付けが人目に晒された。オレの左手首を肩の高さで押さえつけ、体重をかけて唇を奪われる。
遠慮なく貪る男の肩を押し戻そうとする右肩は弾傷で自由にならず、かろうじてスーツを掴む程度の抵抗だった。おかげで縋ったように見える。
右腕は力が入らず、左手はシートに固定された。この上、文句を言う口まで塞がれたら……抵抗なんて出来ない。蹴飛ばしてやろうとしたオレの動きを察して、シートに乗り上げる形で足を絡められた。
舌を差し入れて念入りに繰り返すキスは、上向かされた喉に唾液を伝わせる。ごくりと動いた喉に、いつのまにか奴の唇が滑り降りていた。さきほど止めさせたくせに、ネクタイを緩めて首に痕を残す手際の良さ。
こういうことに長けた奴だと思っていたけど……お前、誰に教わったんだ?
ある事ない事、情報に乗せたのだ。そう思うと隣で笑顔を振りまく男が憎らしくもなる。まあ……先日も含め、いろいろ助けられてるのも事実だが。それとこれは別問題だった。
地球に降りる前にそんな噂はなかった。つまり、オレが地球にいる間に広めたに違いない。
――なんて独占欲の強さ。
しかも迂闊にも、今の行為が噂を肯定してしまった。先日発売された『シェーラ』の最新カタログの表紙は、オレの首に噛みつくリューアの野性味溢れる写真だ。噂はどこまでも浸透していく。
オレが噂を否定する側から、隣でリューアが新しい噂を振り撒くんだろう。いやでも想像できてしまった。
ランクレー家の当主なんだから、絶対に跡取りは必要なのだ。男と結婚したら、次代をどうするつもりなのか。オレが心配する事じゃないが、親族は……自分の子を養子に送り込もうとするから
、逆に喜ぶかも知れんな。
精神的な打撃で目眩を感じながら、オレは当初の目的を果たすべく口を開いた。大きめの声で耳元に叫ぶ。
「オレ、帰ってもいいか?」
吐き気と微熱に加えて、頭痛まで出そうだ。今の運転手は運転が荒いので、酔いやすいオレは許可が出ればすぐにも飛び降りたいきぶんだった。絶対に聞こえたはずなのに、リューアは知らん顔していた。
「はぁ……ちくしょう。あの時、リューアに頼ったのがいけないのかな。いや……きっと公安に見つかった辺りからすでに……」
ぶつぶつ一人反省会を始めたオレは、髪を軽く引く動きをうざったく思いながら顔を上げる。考え事に没頭していたし、油断も多分にしていた。だからオレは悪くない。
反射的に顔をリューアのいる右に向けた瞬間――痛っ!!
「ほら、じっとしろ」
形よく長い指が、オレの右耳に触れる。それからゆっくりと左耳もなぞった。金属の感触があって、ズキッと痛みが走った。顔をしかめて、リューアの手を振り払った。
「なに……?」
自分で手を左耳に当てると、ぬるりと血の感触がある。驚いて固まったオレの右耳を、舌の這うざらりとした感触が襲った。ぞくっと肌が粟立つ。
「や……っ」
身をよじって逃げようとすると、右肩がずきんと痛む。まだ完治していない肩を庇って動きを止めたら、左耳も同様に舐められた。
「絶対になくすな」
囁く声の擽ったさに身を竦めた。
「サファイアのピアスだ。魔除らしいが、お前に青はよく似合う」
「……オレ、穴開けてないけど?」
「関係ない」
「え?!」
言葉に顔が引きつる。恐る恐る触れた耳朶に、硬い鉱石の感触があった。
「無理やりするなよ」
ゆっくり進むパレードのオープンカーの周囲を守る護衛から、鏡を差し出される。車と同じ速度で歩く彼らが余計な物を持ち歩くわけがなく、当初から予定されていたのだと気づく。手鏡で確認すると、左右ともぴたり嵌ったピアスに溜め息が漏れた。
無理やり嵌められたピアスの異物感は、如何ともし難い。
鏡に写ったのは、真っ青な矢車草と呼ばれる最高級のサファイアだった。控え目に見積もっても1ct近い大粒が2つ。ピアスには上質すぎて、ペンダントトップに使えそうな大粒のカシミール・ブルーの色が並ぶ。左右とも同じ色で、天然石を揃えるのは大変だっただろう。
地球でしか産出しない天然石なら、このピアスだけで一生食べていけるざいさんだ。もちろん、この男が人工サファイアなんか寄越すわけがない。
まるで飾りのように赤が伝う。独特の色とぬめりで、血の臭いに敏感なオレは渡されたハンカチで赤を拭った。さっき舐められたのは、出血のせいらしい。
「痛いのは嫌いだ。なんで出かける前に渡さない?」
そうしたら自分で着けたのに。
ぼやくオレは気づいていない。この時点で、リューアの渡すピアスを断る選択肢を、自ら捨てている事実に。そしてこの男はそんなオレの失言を微笑んで受け止めた。
「私の、この手で着けたかった」
ペットの首輪みたいに言うな! 恨みがましく反論して、ぷいっと顔を逸らした。何かが反射して、眩しさに視界を奪われる。反射によって取り込まれる太陽光が目に飛び込み、ぎゅっと目蓋を閉じた。丸い残像が網膜に焼き付いたように滲みる。
「そう怒るな、宥めて欲しいのか?」
「ちがぅ……んっ、ふ、やめ……っ!」
オープンカーで、外から丸見えだろ! リューアのキスは強引で、今度こそ噂を完全に肯定する口付けが人目に晒された。オレの左手首を肩の高さで押さえつけ、体重をかけて唇を奪われる。
遠慮なく貪る男の肩を押し戻そうとする右肩は弾傷で自由にならず、かろうじてスーツを掴む程度の抵抗だった。おかげで縋ったように見える。
右腕は力が入らず、左手はシートに固定された。この上、文句を言う口まで塞がれたら……抵抗なんて出来ない。蹴飛ばしてやろうとしたオレの動きを察して、シートに乗り上げる形で足を絡められた。
舌を差し入れて念入りに繰り返すキスは、上向かされた喉に唾液を伝わせる。ごくりと動いた喉に、いつのまにか奴の唇が滑り降りていた。さきほど止めさせたくせに、ネクタイを緩めて首に痕を残す手際の良さ。
こういうことに長けた奴だと思っていたけど……お前、誰に教わったんだ?
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