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31.ありがとう、君たちの犠牲は忘れない!

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「ルーイが襲われたら、今期コクレションの発表が絶望的だ。今年はショーも取りやめたんだ、これ以上の損害は困る」

「そうだ、何としても死守する」

 スタッフの皆さん、ありがとう……君たちの献身は忘れない。ぜひ盾となって華麗に散ってくれ。

 人の情けは辛い時ほど身に染みる。嬉しいが言わせてほしい。君たちで阻止できるなら、あの男に連絡してない。アイツは来てくれるが、代償が大きい切り札ジョーカーだからな。

「うん、サンキュ」

 礼だけ言って後半は飲み込んでおいた。撮影を再開する気になれない我々の耳に、時計の針の音だけが無情に響く。雑談する勇者もおらず、残り時間をカウントダウンされる気分が沈んでいった。

「っ……」

 飲んだコーヒーが砂を噛みしめるようだ。冷たいコーヒーを淹れ直そうと立ち上がり、後ろについてくる連中を振り返った。

「誰か飲む?」

 示し合わせたように首を横に振る。そりゃそうだろう、喉も通らないとは現状を表すに最適な表現だ。しかし何もしないのも気が滅入るので、オレは飲むかわからないコーヒーを淹れた。

 襲われたら当事者のオレはもちろん、他の人間も被害を被る。最重要人物であるイメージモデルが攫われ、後から駆け付けたリューアに止めを刺されるだろう。

 落ち着かない気持ちを抑えようと、コーヒーメーカーの前に座り込む。誰かが置き去りにした簡易椅子はぎしっと軋んだ音を立てて、オレの乱暴な所作を受け止めた。ぽたぽた落ちる琥珀色の液体を見ながら、ここ数週間の不幸を思い出す。

 呪われてるんじゃね? というくらい、運が悪い。

 仕事の後で公安に拘束され、リューアの元へ強制送還された。会長室にいれば爆弾が投げ込まれ、欠伸をしてたら狙撃、無理やり髪を整えられてパーティー出席。諦めて付き合ってやればエレベーターが落ちるし、会場では腕を撃ち抜かれた。挙句、犯人はまだ捕まっていない。

 裏の仕事が出来ないから、表の仕事を……とカタログ撮影に入れば、あのオバサンが押し掛けた。これはもうお祓いすべき状況じゃないか? 悪魔祓いの専門家を探すべきだな。

「あの音……」

 ラルクが顔を強張らせた。何かが走ってくる足音はまだ遠いが、嫌な想像をしたのは全員一緒だった。顔を見合わせ、がたんと椅子を蹴って立ち上がったスタッフが、オレの姿を隠すために円陣を組む、

 ありがとう、君たちの犠牲は忘れない! ってことで、オレは先に逃げていいのか?

「逃げるぞ、ルーイ」

「頑張れ」

「掴まるなよ」

 スタッフの熱い声援を受け、オレは隣の部屋に逃げ込んだ。鍵をかけてソファを2人で押す。不安が尽きなくて、さらにテーブルも扉の前まで押した。

「……大丈夫かな」

 これだけ分厚い扉でも、あのオバサンなら突き破ってくるんじゃないか? 襲われた被害者ゆえの妄想が膨らんで、身体が震えた。小さな物音に身が竦む。ラルクと一緒に聞き耳を立てていると……。

「ルーイはどこだ?」

 聞き慣れた声がかすれて聞こえた。ドアの向こうにいるのは、待ち望んだリューアだ! 大喜びで、今度はテーブルを引っ張った。押したときは気にならなかったが、引っ張るとなると絨毯のせいで思うようにならない。ソファを蹴飛ばしてどかし、ラルクが開錠した扉を勢いよく開いた。

「リューア!!」

 ハートマーク飛ばしまくりのオレの声に、振り返った長身の黒髪男は確かに保護者だった。

「すっごく恐かった!!」

 態勢を入れ替え、半泣きのオレを受け止めてくれる。逞しい腕は事務職の会長様らしくないが、こいつは鍛えてるから細身でもがっしりしてる。鼻を啜ったオレの髪を手櫛で梳きながら、奴は何度も旋毛の辺りにキスをくれた。その優しさがまた涙を誘う。

 緊張が解けると、なんだか頭がぼうっとした。

「あの、ティン様。外の様子は……」

 恐る恐る尋ねたラルクにはっと我に返った。そうだ、まだ片付いていなかった。抱き締める腕の主の、やたら整った顔を見上げる。美形ってのは下から見ても上から見ても美形――狡い。

「まだいる――今日の撮影はここまでにして、皆引き上げてくれ。残りの撮影については安全を確保してから連絡する」

 最高権力者の決断に、誰も反論せず頷くだけだった。
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