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1.オレはおかしいのだろう

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 自然は凄い、素直にそう思えた。

 何でも人工的に管理されている宇宙植民地セトルメントと違い、夕暮れや夜が勝手にやってくる。月面にも昼と夜があるが、まったく風景が違った。

 人類が宇宙に出て生活するようになり、早200年が過ぎようとしている。僅か200年、されど200年、その間に人類が果たした進化は驚くべきものがあった。

 月面に基地を作り、そこを足がかりに小惑星を入植地として形成する。小惑星同士の僅かな引力を利用して地球との距離を固定し、精力的に人類が生存できる環境を広げていく姿は、性質の悪いウィルスのようだった。

 実際、宇宙にとって人類は害悪なのだろう。

 セトと呼ばれる入植地が広がるにつれ、爆発的に人口が増えて宇宙を占拠しているのは事実だった。




 
 淡い金の髪を後ろで一つに括り、青年は夕暮れの風景に目を細める。

 鮮やかなオレンジ色の光は斜め右側からスコープを反射させた。しかたなく時間調整の為に、ビルの屋上に寝転がる。

 埃に汚れているが、輝きを放つ金髪とサングラスの青年は美しかった。そう、他に表現が思いつかない美貌の持ち主なのだ。黒い衣装も彼のほっそりしたスタイルのよい肢体を引き立たせていた。

 ……そろそろか。


 寝転がったまま俯せでビルの下を確認し、本物の空気を胸いっぱい吸い込んで吐き出す。夕日の角度を確認し、すぐ脇に置いたライフルを手にした。

 肌に馴染む冷たい感触にぞくぞくする。金属特有の冷酷さが気持ちよかった。

 スコープの十字の照準に、1人の男を捉える。向かいのホテルでのんびり談笑する獲物の姿に、身震いするほどの興奮が体中を走った。

 どきどきする鼓動の早さと、ジ~ンと胸を騒がせる一瞬が積み重なって、ゆっくりオレの中に変化を齎す。

 独特の高揚感は、快感と呼んでも差し支えなかった。

 長い髪が肩をさらりと滑る。

「チッ、鬱陶しい」

 折角の気分を台無しにする髪だが、切るに切れない状況を思い出して舌打ちするに留めた。

 切ろうとしても、アイツが邪魔すのは目に見えている。しかたなく髪を手で払い、再びスコープを覗いた。

 獲物を狙うハンターの気分だ。

 いま、トリガーひとつで世界が変わる。

 この瞬間に、オレだけがトリガーを引くチャンスを得た。誰も理解出来ないだろう。理解などしてくれなくていい。オレだけの特権なのだ……。

 マトモな奴なら、ぞくりとする一瞬を手に入れる為に、スナイパーなんて危険な職業を続ける筈がない。

 だから、オレはおかしいのだろう。

 指先の動きひとつが、人間1人の命運を自由に出来る。誰もそれを邪魔できないなんて最高じゃないか。興奮するなって方が無理だ。

 うっそりと冷たい微笑を浮かべた青年は……嬉しそうに唇に舌を這わせた。



 十字の照準に映るターゲットは、ある政治家だ。

 社会的地位を持った男だが、依頼者に言わせれば「悪魔より酷い」らしい。だが、青年にとって獲物は獲物以上でも以下でもなかった。

 人殺しはいつの世も違法行為の犯罪者だ。

 特権階級の悪事は、そいつの影響力が弱くなるまで手出しできない。

 自分が危なくないと判断できるまで、保安関係者も見て見ぬフリをするのが通例だった。

 法律で裁けない人間が存在するから、オレみたいなスナイパーにも仕事がある。

 ありがたい、と思うことにするか。

 くくっ……喉の奥から低く笑いが漏れた。青年は前髪を掻き上げ、ゆっくり左手の人差し指に力を込める。

 一瞬息を止めた。それが合図で―――緊張と興奮が最高潮に達する瞬間。

 高層ビル群特有のビル風で流される誤差を計算した位置へ照準をずらし、トリガーを一気に引き絞った。

 少しずつ息を吐き出し、肩から力を抜く。

 銃身が少し持ち上がり、青年の腕の中に引き戻された。

 ターン、着弾から遅れること1秒弱で、軽い銃声が周囲の空気を切り裂く。

 もっとも、銃口の目の前にいる青年はすでに銃声を耳にしていた。スコープの中で倒れるターゲットの死亡を確認し、口元が笑みに緩む。

 誰とも共有できない快感が体中を支配した。2度ほど深呼吸し、硝煙の匂いが残る銃身を愛しさを込めて撫でる。

 サングラス越しに目に飛び込む夕日は鮮やかな赤に変わり、空はすでに紫に染まりつつあった。

 見つかるとマズい。

 さっさとこの場を離脱する為、手早く銃を解体してバックに放り込んだ。

 逃げることに流れた意識を、ぞくりと背筋を走る快感に呼び戻される。

 自分の体を強く抱き締めてやり過ごし、片唇を歪めて笑みを作ると……非常階段を一気に駆け下りた。
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