上 下
64 / 137

64.国王派が崩壊した日

しおりを挟む
 伯母様のやり方は強引だ。他国の王族による越権行為、内政干渉である。そう批判が出るかと思ったけれど、貴族派は大喝采だった。

 調査の妨害ばかりする国王派も、頂点の王がいなければ黙るしかない。国を乗っ取られ、罪人とされた王を担いだところで、文官武官を問わず誰も従わなかった。

 あれほど時間がかかったのが嘘のように、横領の証拠が積み上がる。それ以外の悪事も次々と明るみになり、あまりの惨状にお父様達は頭を抱えて呻いた。政に詳しくない私でも絶句する有様だった。

「マウリシオ、政のことは他の公爵家に任せよ。もっと重要な事件の解決が待っておるぞ」

 伯母様は優先順位の変更を主張する。国より身内である私を優先する、と聞こえた。でも実際は違う。国の頂点に立つ王と次代王になる王太子の暴挙、その取り巻きや側近が起こした事件。すべては彼らの思い上がりからきている。

 王族がルールを無視すれば、下の貴族も上をみて倣うだろう。貴族や民の模範となるべき法の番人が、無法を宣言したも同然だった。ならば腐った建物の土台から手を入れるべきだ。これが伯母様の意見であった。エリサリデ侯爵やオレバリス公爵に調査の現場指揮を任せ、お父様はこちらへ合流する。

「伯母様、よくこれだけの騎士で制圧できましたね」

 謁見の間に連れてきた騎士は、両手に足りるほど。王が己の命を捨てても国を守る男でなかったのも影響したが、国取りは大軍を率いて行うのでは? 疑問混じりの呟きに、女王陛下らしい自信を滲ませた声で返答があった。

「戦いは頭を潰せば終わる。故に、私が取られれば負けだ。それだけの覚悟を決めた我が騎士達と、そこで棒のように突っ立っていた役立たずの騎士を同列に考えてはならぬぞ。我が国はつい数年前まで戦をしていたのだからな。それから……クラリーチェと呼べ」

「はい、クラリーチェ伯母様」

「長いな、リチェだと愛称が被るか」

 うーんと扇を揺らして考える伯母様に「クラリーチェ様」と呼ぶ提案をする。すぐに嬉しそうに笑って許可をくれた。

「夫以外でそのように呼ぶのは、アリーチェの特権だな」

「まぁ」

 随分とすごい権利を手に入れてしまった。お母様が女王陛下とよい姉妹関係を築いてくれたお陰だわ。有り難く思う。

「さて、私の可愛い姪を殺そうとした愚か者共の首を、検分するとしようか」

 ぱちんと扇を開いて閉じ、クラリーチェ様は口角を持ち上げる。

「女王陛下、まだ首は落としておりませんが?」

「おお、そうだった。では並べて言い訳を聞くとしよう。連れて参れ」

 ロベルディの騎士は十名程だったが、フェリノス国の貴族家所属の騎士達が協力した。わずか数時間で、関係者の拘束が終わる。突然の国取りに、逃げ出せた者はいない。オレバリス公爵家が、脱走者に目を光らせていた。そのため、ほぼ全員が居場所を把握されていたのだ。

 謁見の間の玉座は倒され、そのまま放置。代わりに置かれたのは、長椅子だった。クラリーチェ様の命令で、私は女王陛下の隣に腰掛けている。猿轡をされ縛り上げられた数人を、我がフロレンティーノ公爵家の騎士が引き摺って入場した。

 挨拶と丁寧な礼を行う騎士に、さっと扇が振られる。クラリーチェ様の斜め後ろに立つ専属護衛騎士のフェルナン卿が、顔を上げるよう命じた。

 ぐいと顔を上げさせられたのは、三人の青年。猿轡で顔の半分は見えないものの、それなりに整った顔立ちだと分かる。上位貴族は美しい妻を迎えて、遺伝で凝縮された美を持つ。彼らもその類だった。

 記憶がない私は初対面だが、彼らの名前は知っている。貴族名鑑で覚えたから。睨んで何か喚くものの、彼らの声は届かなかった。どうせ聞こえたら、悪口でしょうね。

 長椅子にクラリーチェ様と並んで座る私から見て、右側の一段下がった位置にお父様が立つ。臨時宰相を仰せつかったお父様は、渋い顔をしていた。

「女王陛下の御前である。静かにいたせ」

 お父様の命令に、騎士が即座に応じる。ぐっと喉を絞め、落ちる寸前で緩めた。肩で息をする三人は、もう睨みつける余裕もない。殺されると思ったのか、ガタガタと震え始めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

〖完結〗私が死ねばいいのですね。

藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。 両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。 それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。 冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。 クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。 そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全21話で完結になります。

砕けた愛は、戻らない。

豆狸
恋愛
「殿下からお前に伝言がある。もう殿下のことを見るな、とのことだ」 なろう様でも公開中です。

悪役令嬢は処刑されました

菜花
ファンタジー
王家の命で王太子と婚約したペネロペ。しかしそれは不幸な婚約と言う他なく、最終的にペネロペは冤罪で処刑される。彼女の処刑後の話と、転生後の話。カクヨム様でも投稿しています。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

婚約者に忘れられていた私

稲垣桜
恋愛
「やっぱり帰ってきてた」  「そのようだね。あれが問題の彼女?アシュリーの方が綺麗なのにな」  私は夜会の会場で、間違うことなく自身の婚約者が、栗毛の令嬢を愛しそうな瞳で見つめながら腰を抱き寄せて、それはそれは親しそうに見つめ合ってダンスをする姿を視線の先にとらえていた。  エスコートを申し出てくれた令息は私の横に立って、そんな冗談を口にしながら二人に視線を向けていた。  ここはベイモント侯爵家の夜会の会場。  私はとある方から国境の騎士団に所属している婚約者が『もう二か月前に帰ってきてる』という話を聞いて、ちょっとは驚いたけど「やっぱりか」と思った。  あれだけ出し続けた手紙の返事がないんだもん。そう思っても仕方ないよでしょ?    まあ、帰ってきているのはいいけど、女も一緒?  誰?  あれ?  せめて婚約者の私に『もうすぐ戻れる』とか、『もう帰ってきた』の一言ぐらいあってもいいんじゃない?  もうあなたなんてポイよポイッ。  ※ゆる~い設定です。  ※ご都合主義です。そんなものかと思ってください。  ※視点が一話一話変わる場面もあります。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

【完結】え、別れましょう?

須木 水夏
恋愛
「実は他に好きな人が出来て」 「は?え?別れましょう?」 何言ってんだこいつ、とアリエットは目を瞬かせながらも。まあこちらも好きな訳では無いし都合がいいわ、と長年の婚約者(腐れ縁)だったディオルにお別れを申し出た。  ところがその出来事の裏側にはある双子が絡んでいて…?  だる絡みをしてくる美しい双子の兄妹(?)と、のんびりかつ冷静なアリエットのお話。   ※毎度ですが空想であり、架空のお話です。史実に全く関係ありません。 ヨーロッパの雰囲気出してますが、別物です。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

処理中です...