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59.隣国から伯母様が到着なさった

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 徹夜は無理で、途中で眠ってしまった。同室で過ごしたサーラが灯りを消してくれたようだ。目が覚めると部屋は暗かった。分厚いカーテンに遮られた窓の向こうは、すでに日が昇っている。細い朝日が隙間から差し込んだ。

 サーラはまだ眠っている。ベッドの中で、読みかけの日記を手に取った。結局、最後まで目を通せなかった。思ったより文字が細かい上、びっしりと書いてある。私、意外と几帳面だったみたい。今の私とは別人のように感じながら、栞を抜き取る。これはサーラが挿してくれたのね。

「お嬢様? おはようございます。失礼いたしました」

 慌てて飛び起きようとする彼女の肩を押さえ、私は首を横に振った。まだ早いわ。朝の準備はゆっくりしたらいいし、正直、眠いのも手伝ってこのまま横になりたいのが本音よ。でも伯母様がいらっしゃるのに、まさかベッドで横たわってお迎えするわけにいかない。病人や重傷者じゃないんですもの。

「ゆっくりでいいわ」

 一礼して身を起こし、サーラは準備を始めた。女王陛下にお会いするのに失礼がない格式の、けれど窮屈ではないドレスを数点選ぶ。どれもガーデン用の淡い色ばかりだ。選んだのは淡いオレンジ色、金髪の女性は印象がぼやけるから嫌がる色だった。私の銀髪とは相性がいいし、何より人と色が被らないのがいい。

 支度を終えたのを待っていたように、ノックされた。カリストお兄様だ。きちんと礼服を着込んでいるのは、伯母様の到着予定が確定したからね。

「伯母上はもうすぐ到着される。一緒に待とう」

 出迎えのお誘いだった。離宮の敷地から離れることは、お父様に禁止されている。可能なら散歩も控えてほしいと言われた。けれど、さすがに隣国の女王陛下をお迎えにするにあたり、出迎えもしないのは失礼だ。

 お兄様が一緒なら問題ない。サーラはトランクを持って続き、私達は玄関ロビーに降り立った。噂を聞いたのか、何人かの貴族がうろうろしている。その中にエリサリデ侯爵夫妻もいた。

「おはようございます」

 優雅に挨拶を交わし、開いたままの玄関扉の先を見つめる。まだお姿はない。遅れずに済んだと胸を撫で下ろした。明るい日差しが照らす玄関アプローチの石畳は、白い石が使われている。反射して眩しいくらいだった。

 きらりと何かが光った。遠くから馬車の音が聞こえる。伯母様かしら。期待した私の足は数歩前に出た。それを咎めるように、兄が前に立つ。

 油断してはいけない。気を引き締めて、一つ深呼吸した。馬車の車輪の音は徐々に大きくなり、距離が近づくと蹄の音も混じる。意識を前方へ集中する私は、後ろから肩を叩く手にびくりと身を竦めた。

「すまん、脅かしてしまった」

「お父様……おはようございます」

 後ろにはサーラやエリサリデ侯爵夫妻がいたのだ。敵が後ろから襲ってくれば、彼女らが先に声を上げる。ここしばらく襲撃が続いたので、心配しすぎたみたい。頬を緩めて、お父様の隣に並んだ。

「お父様、カフスが……」

 取れそうです。そう続ける前に手を伸ばした。触れた袖のカフスボタンを直し、笑顔を添えた。ほぼ同じ頃、馬車がアプローチの石畳を回る。さっと自分の身なりを確認し、サーラと頷き合った。大丈夫そうね。

 止まった馬車から降りた女性は、肖像画のお母様に似ている。でももっと厳しい表情をして、怖そうな感じだった。その硬い表情が、私達を見るなり解けていく。

「ようこそお越しくださいました。伯母様」

 私は跪礼を披露するも、すぐに歩み寄った女王陛下に遮られた。頬に触れた手は、手袋を外している。するりと撫でた後、伯母様は「出迎えに感謝する」と礼を解くよう告げた。

「久しぶりだ、よく顔を見せておくれ。アリーチェ、どこぞ部屋に案内しておくれ」

 艶があり煌く金髪の美女は、赤紫の瞳をしていた。お母様の肖像画の赤い瞳を思い出す。とても安心した。
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