216 / 321
215.名前を呼んで(SIDEセティ)
しおりを挟む
*****SIDE セティ
街の衛兵に対して何だ? 邪神と称される破壊神タイフォンと名乗ったら、すぐに平伏するくせに。仲間の悪行を見逃そうとしたら、すぐにでも叩き潰すつもりだった。騒動を起こすと船に乗るのが難しくなる。そのため一度は譲歩することにした。
これ以上オレを怒らせなければ、ここで終わりにしてやる。だが事実を捻じ曲げるなら……この街は夜までに更地になるだろうな。ファフニールが、許すとは到底思えない。一夜どころか、一時間ほどで火の海だろう。
「このタグを見ても同じことを言えるなら、話を聞いてやろう」
放り投げたタグは、黒い金属プレートだ。魔術師特有の模様が浮き出て、職業と身分を保証する。受け取った指揮官が確認して青ざめた。
国家に縛られず、絶大な権力を持つ魔術師協会のタグだ。各国の王族が頭を下げて、自国への来訪を願うほどの魔術師でなければ登録できない。無造作に放ったタグの価値に、指揮官は事態の重大さに気づいた。
「も、申し訳……ございません」
震える声で謝罪して地面に頭を擦りつけた。きょとんとした様子の部下にも謝罪を命じた男の姿に、オレは少しだけ気持ちを落ち着ける。まだ自浄作用は働くらしい。ここで突っぱねられたら、国ごと消しても足りなかったな。
「な、なんでだよ。俺は暴力を振るわれたんだぞ」
助けてくれると思った上司が謝罪する姿に、混乱した様子で男が叫んだ。指揮官の命令ですぐに捕縛される。
「処罰は厳重に、決して手を抜くな。オレの嫁に手を出した。人前で体を弄り、嫌がる嫁からドラゴンの鱗を奪おうとした罪は重い。この鱗の持ち主は、手ずから嫁に鱗を差し出したのだ。この子が彼らを呼べば、街など壊滅する」
「畏まりまして、承ります」
最敬礼で応じた指揮官が、とんでもないことを仕出かした部下を蹴飛ばしながら連れて行った。呆然としているイシスに向き直り、抱き寄せて浄化を施す。黙ってされるままのイシスと手を繋ぎ、足早に薬屋を離れた。香辛料の買い入れも終わったので、フェルがいる森へ戻ろう。
引っ張られるまま着いてくるイシスが妙に静かなことに気付いて、セティは歩調を緩めた。立ち止まって振り返ると、声もなく涙を流している。両頬はぐっしょり濡れて、擦った目元は真っ赤だった。
「イシス」
「僕、汚れたから贄になれない? もう食べられなくなった? 嫌い?」
名前も呼んでもらえないくらい嫌われた。僕はもういらない。セティに食べてもらえない。視線が合った途端、溢れ出した感情が一気に流れ込んだ。イシスの無言は、傷ついた心が悲鳴を上げて泣いていた所為だ。もっと早く気づかなきゃいけなかったのに。
「ごめん、大丈夫だよ。イシスは綺麗だ。オレの嫁で、タイフォンの伴侶で、汚れてなんていない」
ぽろりと涙が落ちるのを、口付けで受ける。濡れた頬にキスをして、唇も塞いだ。声をあげて泣くなら分かるが、音もなく涙だけを流す姿は痛々しかった。わずかに目を離しただけ、その代償は大きい。
「名前、呼ぶ?」
しゃくり上げながらの言葉に、オレの方が泣きそうになった。胸が痛む。あんな奴らに名を聞かせたくなくて呼ばなかったが、イシスはそう受け止めなかった。もういらない存在だから名を呼ばない、愛されていないと感じたのだろう。
「呼ぶさ、いつでもイシスと一緒にいたい。愛してる、だからオレを呼べ」
頷いたイシスを抱き上げて、転移した。テントを取り出し、火を焚いて野営の準備をする。その間、オレは一時もイシスから離れなかった。
街の衛兵に対して何だ? 邪神と称される破壊神タイフォンと名乗ったら、すぐに平伏するくせに。仲間の悪行を見逃そうとしたら、すぐにでも叩き潰すつもりだった。騒動を起こすと船に乗るのが難しくなる。そのため一度は譲歩することにした。
これ以上オレを怒らせなければ、ここで終わりにしてやる。だが事実を捻じ曲げるなら……この街は夜までに更地になるだろうな。ファフニールが、許すとは到底思えない。一夜どころか、一時間ほどで火の海だろう。
「このタグを見ても同じことを言えるなら、話を聞いてやろう」
放り投げたタグは、黒い金属プレートだ。魔術師特有の模様が浮き出て、職業と身分を保証する。受け取った指揮官が確認して青ざめた。
国家に縛られず、絶大な権力を持つ魔術師協会のタグだ。各国の王族が頭を下げて、自国への来訪を願うほどの魔術師でなければ登録できない。無造作に放ったタグの価値に、指揮官は事態の重大さに気づいた。
「も、申し訳……ございません」
震える声で謝罪して地面に頭を擦りつけた。きょとんとした様子の部下にも謝罪を命じた男の姿に、オレは少しだけ気持ちを落ち着ける。まだ自浄作用は働くらしい。ここで突っぱねられたら、国ごと消しても足りなかったな。
「な、なんでだよ。俺は暴力を振るわれたんだぞ」
助けてくれると思った上司が謝罪する姿に、混乱した様子で男が叫んだ。指揮官の命令ですぐに捕縛される。
「処罰は厳重に、決して手を抜くな。オレの嫁に手を出した。人前で体を弄り、嫌がる嫁からドラゴンの鱗を奪おうとした罪は重い。この鱗の持ち主は、手ずから嫁に鱗を差し出したのだ。この子が彼らを呼べば、街など壊滅する」
「畏まりまして、承ります」
最敬礼で応じた指揮官が、とんでもないことを仕出かした部下を蹴飛ばしながら連れて行った。呆然としているイシスに向き直り、抱き寄せて浄化を施す。黙ってされるままのイシスと手を繋ぎ、足早に薬屋を離れた。香辛料の買い入れも終わったので、フェルがいる森へ戻ろう。
引っ張られるまま着いてくるイシスが妙に静かなことに気付いて、セティは歩調を緩めた。立ち止まって振り返ると、声もなく涙を流している。両頬はぐっしょり濡れて、擦った目元は真っ赤だった。
「イシス」
「僕、汚れたから贄になれない? もう食べられなくなった? 嫌い?」
名前も呼んでもらえないくらい嫌われた。僕はもういらない。セティに食べてもらえない。視線が合った途端、溢れ出した感情が一気に流れ込んだ。イシスの無言は、傷ついた心が悲鳴を上げて泣いていた所為だ。もっと早く気づかなきゃいけなかったのに。
「ごめん、大丈夫だよ。イシスは綺麗だ。オレの嫁で、タイフォンの伴侶で、汚れてなんていない」
ぽろりと涙が落ちるのを、口付けで受ける。濡れた頬にキスをして、唇も塞いだ。声をあげて泣くなら分かるが、音もなく涙だけを流す姿は痛々しかった。わずかに目を離しただけ、その代償は大きい。
「名前、呼ぶ?」
しゃくり上げながらの言葉に、オレの方が泣きそうになった。胸が痛む。あんな奴らに名を聞かせたくなくて呼ばなかったが、イシスはそう受け止めなかった。もういらない存在だから名を呼ばない、愛されていないと感じたのだろう。
「呼ぶさ、いつでもイシスと一緒にいたい。愛してる、だからオレを呼べ」
頷いたイシスを抱き上げて、転移した。テントを取り出し、火を焚いて野営の準備をする。その間、オレは一時もイシスから離れなかった。
58
お気に入りに追加
1,360
あなたにおすすめの小説
【完結】少年王が望むは…
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
シュミレ国―――北の山脈に背を守られ、南の海が恵みを運ぶ国。
15歳の少年王エリヤは即位したばかりだった。両親を暗殺された彼を支えるは、執政ウィリアム一人。他の誰も信頼しない少年王は、彼に心を寄せていく。
恋ほど薄情ではなく、愛と呼ぶには尊敬や崇拝の感情が強すぎる―――小さな我侭すら戸惑うエリヤを、ウィリアムは幸せに出来るのか?
【注意事項】BL、R15、キスシーンあり、性的描写なし
【重複投稿】エブリスタ、アルファポリス、小説家になろう、カクヨム
【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜
N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。
表紙絵
⇨元素 様 X(@10loveeeyy)
※独自設定、ご都合主義です。
※ハーレム要素を予定しています。
【完結】僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました
楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。
ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。
喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。
「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」
契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。
エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。
⭐︎表紙イラストは針山糸様に描いていただきました

それ以上近づかないでください。
ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」
地味で冴えない小鳥遊凪は、ある日、憧れの人である蓮見馨に不意に告白をしてしまい、2人は付き合うことになった。
まるで夢のような時間――しかし、その恋はある出来事をきっかけに儚くも終わりを迎える。
転校を機に、馨のことを全てを忘れようと決意した凪。もう二度と彼と会うことはないはずだった。
ところが、あることがきっかけで馨と再会することになる。
「凪、俺以外のやつと話していいんだっけ?」
かつてとはまるで別人のような馨の様子に戸惑う凪。
「お願いだから、僕にもう近づかないで」
【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。
N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間
ファンタジーしてます。
攻めが出てくるのは中盤から。
結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。
表紙絵
⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101)
挿絵『0 琥』
⇨からさね 様 X (@karasane03)
挿絵『34 森』
⇨くすなし 様 X(@cuth_masi)
◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。
【完結】もふもふ獣人転生
*
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。
ちっちゃなもふもふ獣人リトと、攻略対象の凛々しい少年ジゼの、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です(笑)
本編完結しました!
『伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします』のノィユとヴィル
『悪役令息の従者に転職しました』の透夜とロロァとよい子の隠密団の皆が遊びに来る、舞踏会編はじめましたー!
他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
舞踏会編からお読みいただけるよう、本編のあらすじをご用意しました!
おまけのお話の下、舞踏会編のうえに、登場人物一覧と一緒にあります。
ジゼの父ゲォルグ×家令長セバのお話を連載中です。もしよかったらどうぞです!
第12回BL大賞10位で奨励賞をいただきました。選んでくださった編集部の方、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです。
心から、ありがとうございます!

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜
天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。
彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。
しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。
幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。
運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる