【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)

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215.名前を呼んで(SIDEセティ)

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*****SIDE セティ



 街の衛兵に対して何だ? 邪神と称される破壊神タイフォンと名乗ったら、すぐに平伏するくせに。仲間の悪行を見逃そうとしたら、すぐにでも叩き潰すつもりだった。騒動を起こすと船に乗るのが難しくなる。そのため一度は譲歩することにした。

 これ以上オレを怒らせなければ、ここで終わりにしてやる。だが事実を捻じ曲げるなら……この街は夜までに更地になるだろうな。ファフニールが、許すとは到底思えない。一夜どころか、一時間ほどで火の海だろう。

「このタグを見ても同じことを言えるなら、話を聞いてやろう」

 放り投げたタグは、黒い金属プレートだ。魔術師特有の模様が浮き出て、職業と身分を保証する。受け取った指揮官が確認して青ざめた。

 国家に縛られず、絶大な権力を持つ魔術師協会のタグだ。各国の王族が頭を下げて、自国への来訪を願うほどの魔術師でなければ登録できない。無造作に放ったタグの価値に、指揮官は事態の重大さに気づいた。

「も、申し訳……ございません」

 震える声で謝罪して地面に頭を擦りつけた。きょとんとした様子の部下にも謝罪を命じた男の姿に、オレは少しだけ気持ちを落ち着ける。まだ自浄作用は働くらしい。ここで突っぱねられたら、国ごと消しても足りなかったな。

「な、なんでだよ。俺は暴力を振るわれたんだぞ」

 助けてくれると思った上司が謝罪する姿に、混乱した様子で男が叫んだ。指揮官の命令ですぐに捕縛される。

「処罰は厳重に、決して手を抜くな。オレの嫁に手を出した。人前で体を弄り、嫌がる嫁からドラゴンの鱗を奪おうとした罪は重い。この鱗の持ち主は、手ずから嫁に鱗を差し出したのだ。この子が彼らを呼べば、街など壊滅する」

「畏まりまして、承ります」

 最敬礼で応じた指揮官が、とんでもないことを仕出かした部下を蹴飛ばしながら連れて行った。呆然としているイシスに向き直り、抱き寄せて浄化を施す。黙ってされるままのイシスと手を繋ぎ、足早に薬屋を離れた。香辛料の買い入れも終わったので、フェルがいる森へ戻ろう。

 引っ張られるまま着いてくるイシスが妙に静かなことに気付いて、セティは歩調を緩めた。立ち止まって振り返ると、声もなく涙を流している。両頬はぐっしょり濡れて、擦った目元は真っ赤だった。

「イシス」

「僕、汚れたから贄になれない? もう食べられなくなった? 嫌い?」

 名前も呼んでもらえないくらい嫌われた。僕はもういらない。セティに食べてもらえない。視線が合った途端、溢れ出した感情が一気に流れ込んだ。イシスの無言は、傷ついた心が悲鳴を上げて泣いていた所為だ。もっと早く気づかなきゃいけなかったのに。

「ごめん、大丈夫だよ。イシスは綺麗だ。オレの嫁で、タイフォンの伴侶で、汚れてなんていない」

 ぽろりと涙が落ちるのを、口付けで受ける。濡れた頬にキスをして、唇も塞いだ。声をあげて泣くなら分かるが、音もなく涙だけを流す姿は痛々しかった。わずかに目を離しただけ、その代償は大きい。

「名前、呼ぶ?」

 しゃくり上げながらの言葉に、オレの方が泣きそうになった。胸が痛む。あんな奴らに名を聞かせたくなくて呼ばなかったが、イシスはそう受け止めなかった。もういらない存在だから名を呼ばない、愛されていないと感じたのだろう。

「呼ぶさ、いつでもイシスと一緒にいたい。愛してる、だからオレを呼べ」

 頷いたイシスを抱き上げて、転移した。テントを取り出し、火を焚いて野営の準備をする。その間、オレは一時もイシスから離れなかった。
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