160 / 321
159.新しき情報と古い知人(SIDEセティ)
しおりを挟む
*****SIDE セティ
罰を与えろと口にすれば、イシスが怖がる。この子の精神はあの日からほとんど成長していない。子どもの純粋さを保ち、ただ知識を足した。きょとんとした顔のイシスに微笑みかけ、慌てて指示を出す大司教に尋ねる。
「この子の親は見つかったのか」
「それが……その、ティターン国で亡くなっておりました」
言い淀んだ僅かの間で、状況が掴めた。つまりイシスは親に捨てられたのでも、売られたのでもない。この色を持つ子どもを得るために親を殺して奪ったのだ。ティターン国に両親がいると考えたオレの予想は当たったが、この状況は最悪のパターンだった。
両親がどうなったかを、この子は知るべきか。かつて両親に愛され、自分は捨て子ではなかったと知ったとき……何を得るか? ヴルムが母親になると言った時の、嬉しそうな顔を思い出す。自分にはいなかったからと笑ったイシスの心が、今になって突き刺さる。
神という存在は、どこまでも情が薄い。人間の感情を同じように感じることはないだろう。多少近づけたとしても、同じではなかった。それでも、この子が歩んだ辛さはある程度想像できる。
オレが知らせずに、いずれ他人の口から知るよりは早めに知らせてやった方がいいだろう。見下ろした先で、抱き締めたイシスはほわりと笑う。話を聞いていなかったらしい。説明は後回しにして、さらに話を進めるために結界を張った。イシスの耳に優しくない言葉を聞かせる必要はない。
黒髪を優しく撫でてやると、猫のように目を細めて擦り寄る。今はそれでよかった。
「親を殺した者を裁け、これは神殿の最優先事項だ」
神託として彼らに告げる。頭を床につけて深く礼をし、大司教は神託を守るよう部下に命じた。久しぶりに神殿まで足を運んだのは、これだけではない。一番大切な神託が残っていた。
「我が伴侶として、この子を召す。すでに人に非ず――手出し不要だ」
人ではないと示すことで、この子に関する権利を持つ人間が存在しないことを断言する。勝手に王侯貴族が養子縁組をしたり、この子の血縁者が名乗り出るのを防ぐためだった。こうして手を打たねば、人間は狡賢く神を利用しようとする。イシスに不要な肩書きを与え、地上に縛り付けるのは目に見えていた。
きっぱり言い切ったことで、イシスは神族として認められていると理解させるのが目的だった。今日はスカート姿で来させたのも、伴侶という単語を神殿が納得しやすくする配慮だ。神族は互いに繋がっているため、勝手に情報が共有されていく。しかし人間はそう簡単ではなかった。
この子がオレの物と宣言することは、最低限必要なことだ。人間と縁を切ったことを記録させ証明する。
くいっと長い黒髪を引っ張るイシスに微笑みかける。何か気になるのか、イシスは少し離れた場所を指さした。そこに平伏する老人が一人……神官ではなく、上位の司祭服を纏っている。
「気になるのか?」
「うん……おじいちゃんだと思う」
何度かイシスの話に出てきた、優しく頭を撫でて本を読んでくれたという老人か。紫の目を向けられた老人は、皺がれた手で深く礼をした。
罰を与えろと口にすれば、イシスが怖がる。この子の精神はあの日からほとんど成長していない。子どもの純粋さを保ち、ただ知識を足した。きょとんとした顔のイシスに微笑みかけ、慌てて指示を出す大司教に尋ねる。
「この子の親は見つかったのか」
「それが……その、ティターン国で亡くなっておりました」
言い淀んだ僅かの間で、状況が掴めた。つまりイシスは親に捨てられたのでも、売られたのでもない。この色を持つ子どもを得るために親を殺して奪ったのだ。ティターン国に両親がいると考えたオレの予想は当たったが、この状況は最悪のパターンだった。
両親がどうなったかを、この子は知るべきか。かつて両親に愛され、自分は捨て子ではなかったと知ったとき……何を得るか? ヴルムが母親になると言った時の、嬉しそうな顔を思い出す。自分にはいなかったからと笑ったイシスの心が、今になって突き刺さる。
神という存在は、どこまでも情が薄い。人間の感情を同じように感じることはないだろう。多少近づけたとしても、同じではなかった。それでも、この子が歩んだ辛さはある程度想像できる。
オレが知らせずに、いずれ他人の口から知るよりは早めに知らせてやった方がいいだろう。見下ろした先で、抱き締めたイシスはほわりと笑う。話を聞いていなかったらしい。説明は後回しにして、さらに話を進めるために結界を張った。イシスの耳に優しくない言葉を聞かせる必要はない。
黒髪を優しく撫でてやると、猫のように目を細めて擦り寄る。今はそれでよかった。
「親を殺した者を裁け、これは神殿の最優先事項だ」
神託として彼らに告げる。頭を床につけて深く礼をし、大司教は神託を守るよう部下に命じた。久しぶりに神殿まで足を運んだのは、これだけではない。一番大切な神託が残っていた。
「我が伴侶として、この子を召す。すでに人に非ず――手出し不要だ」
人ではないと示すことで、この子に関する権利を持つ人間が存在しないことを断言する。勝手に王侯貴族が養子縁組をしたり、この子の血縁者が名乗り出るのを防ぐためだった。こうして手を打たねば、人間は狡賢く神を利用しようとする。イシスに不要な肩書きを与え、地上に縛り付けるのは目に見えていた。
きっぱり言い切ったことで、イシスは神族として認められていると理解させるのが目的だった。今日はスカート姿で来させたのも、伴侶という単語を神殿が納得しやすくする配慮だ。神族は互いに繋がっているため、勝手に情報が共有されていく。しかし人間はそう簡単ではなかった。
この子がオレの物と宣言することは、最低限必要なことだ。人間と縁を切ったことを記録させ証明する。
くいっと長い黒髪を引っ張るイシスに微笑みかける。何か気になるのか、イシスは少し離れた場所を指さした。そこに平伏する老人が一人……神官ではなく、上位の司祭服を纏っている。
「気になるのか?」
「うん……おじいちゃんだと思う」
何度かイシスの話に出てきた、優しく頭を撫でて本を読んでくれたという老人か。紫の目を向けられた老人は、皺がれた手で深く礼をした。
41
お気に入りに追加
1,248
あなたにおすすめの小説
【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼第2章2025年1月18日より投稿予定
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので)
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
【完結】オーロラ魔法士と第3王子
N2O
BL
全16話
※2022.2.18 完結しました。ありがとうございました。
※2023.11.18 文章を整えました。
辺境伯爵家次男のリーシュ・ギデオン(16)が、突然第3王子のラファド・ミファエル(18)の専属魔法士に任命された。
「なんで、僕?」
一人狼第3王子×黒髪美人魔法士
設定はふんわりです。
小説を書くのは初めてなので、何卒ご容赦ください。
嫌な人が出てこない、ふわふわハッピーエンドを書きたくて始めました。
感想聞かせていただけると大変嬉しいです。
表紙絵
⇨ キラクニ 様 X(@kirakunibl)
あと一度だけでもいいから君に会いたい
藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。
いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。
もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。
※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
今夜のご飯も一緒に食べよう~ある日突然やってきたヒゲの熊男はまさかのスパダリでした~
松本尚生
BL
瞬は失恋して職と住み処を失い、小さなワンルームから弁当屋のバイトに通っている。
ある日瞬が帰ると、「誠~~~!」と背後からヒゲの熊男が襲いかかる。「誠って誰!?」上がりこんだ熊は大量の食材を持っていた。瞬は困り果てながら調理する。瞬が「『誠さん』って恋人?」と尋ねると、彼はふふっと笑って瞬を抱きしめ――。
恋なんてコリゴリの瞬と、正体不明のスパダリ熊男=伸幸のお部屋グルメの顛末。
伸幸の持ちこむ謎の食材と、それらをテキパキとさばいていく瞬のかけ合いもお楽しみください。
モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる