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116.セティの偽物と本物

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「下を見てみろ」

 楽しそうにセティが言う。フェルの首にしがみ付いて、恐る恐る山の下を見ると……雲が下にあった。初めて見る。雲は軽くて空に浮いてるものじゃないの?

「雲、重くなっちゃった?」

「くくっ、やっぱりイシスの感性は面白いな。雲は浮いてるだろう? そこより高い場所に登ったんだ」

 雲の位置を左手で示して、僕らのいる位置が下から上に変わった。右手が移動する様子に頷く。僕達が雲より高い山の上にいるんだね。そういえば、山の上が雲で見えなかったことある。あれのときの山から見ると、こんな風だったのかな。

「賢いな」

 褒められながらフェルの毛皮を滑って着地する。僕も自分だけで降りられるようになった。きっと背も高くなって、セティを追い抜けるよ。この山の天辺は平らで、何もない。白い湯気? 煙みたいなのが広がって、あまりよく見えなかった。

「こっちだ。惑わされるなよ」

 よくわかんない。

「オレだけを見てろ」

 それなら分かる。セティと手を繋いで歩く。どんどん世界が白くなって、何も見えなくなってきた。僕の足も見えないし、お腹のトムの袋も見えなくなりそう。セティと繋いだ手に力を入れると、ぎゅっと握り返された。

 大丈夫だよ。セティと繋がってるもん。いつもセティは僕を助けて、僕に優しくしてくれる。置いてったりしない。手を引き寄せて、ぎゅっと胸の辺りに押し付けた。

 白い景色に色が出て来る。赤い三角や黄色い丸があった。一気に風が吹いたみたいに白が吹き飛んで、僕達は大きな建物の前に立っていた。こんなの、さっきは見えなかったのに。

「よく着いてこられた。さすがはオレのイシスだ」

 セティが僕を抱き上げて頬ずりする。繋いでいた手を離そうとして、なぜか怖くなった。この人、誰? セティじゃない。声はセティなのに、姿も同じだけど……違うっ!

 手を突っ張った僕を誰かが奪って、後ろから抱きしめられた。顔は見えないし声もないけど、間違いなくセティだ。嬉しくなって笑う。匂いも何も同じだけど、前にいるのは違った。後ろで僕を抱きしめる腕が本物だ。

 騙されたとかじゃなくて、セティじゃないと嫌だ。ぐりぐりと頭を擦りつけて甘える僕の首や髪にキスが降ってきた。

「セティ!」

 身を捩って首に手を回して抱き着く。

「ごめんな。惑わされたら入れないシステムなんだよ……頑張った、偉いぞ」

 ただ褒められるより「頑張った」の一言がじわっと胸に広がった。僕、すぐにわかった。セティに似たセティじゃない人、わかったよ。全然違う。声も言葉もセティにそっくりだけど、僕のセティじゃない。

「振られたか」

「相変わらず性格悪い奴だ」

 顔を上げると、間違いなく僕のセティがいる。抱き着いたのが本物で、あっちにいるのは偽物?

「偽物じゃなくて、これが本当の姿だよ」

 苦笑いするもう一人のセティの色が変わっていく。肌の色が茶色っぽく、髪が銀貨の色になった。目は同じ紫なんだね。あ、違う。セティは青っぽい紫だけど、この人は赤っぽい。顔はまったく同じなのに変なの。

「この人、誰?」

「人……神様の片割れなんだが。創造神ガイアだ」

 この人、セティと同じ神様なの? 神様って全員同じ顔してるのかな……どこで区別するんだろう。
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