上 下
6 / 70

06.トム爺さんが来るまで外出禁止

しおりを挟む
「あんたは外へ出とくれ。体がはみ出してるじゃないか。あ! 壁にツノが!」

 うん、壁を傷つけてる。怒ったブレンダに追い出され、巨大鹿はうろうろと玄関先を歩き回った。本物の猫……すなわちアイカの愛猫が気になって仕方ないのだ。

「あれ、いいの?」

「ああ、いつものことさ。ほら、この屋根の傷もカーティスのツノなんだよ」

 言われて見れば、ちょっと届かない高さに傷がいくつもあった。熊用に大きく建てられた家でも、あのサイズの鹿は厳しい。よく入れたよね。アイカはくすくす笑いながら、ブレンダの手伝いを始めた。

 牛乳のような液体でパンを浸して、オレンジ達の前に並べる。お水も交換して、シリアルに似た食べ物を机に運んだ。

「朝はいつもこれなんだよ。平気かね」

 失礼してひと摘み食べてみたが、やっぱり味はシリアルだった。平べったい感じの、あれ。嫌いじゃないけど、ミルクを掛けるのは嫌いだ。そう伝えると、思わぬ物が出てきた。

「こっちで食べるんさ」

 微妙な語尾の方言? が気になるアイカだが、それより苺ミルクにしか見えないピンクの乳白色の液体が先だ。花瓶のようなピッチャーを持ち上げて、くんと匂ってみた。

「甘そう」

「苺と蜂蜜とミルクさ。美味いよ」

「試してみる」

 甘いものは嫌いじゃない。ミルクもそのままは飲まないけど、加工してあればいけると思う。コーヒー牛乳は平気だった。アイカは過去の経験から、挑戦を決めた。

 シリアルを大きな袋から取り分け、上からピッチャーの苺ミルク蜂蜜入りを注ぐ。朝食なのに、甘ったるい匂いが漂った。木製スプーンでぱくり!

 アイカは目を見開いた。イケる、かも。よく見れば、シリアルには木の実や干し果物が入っていた。不思議と合う。ナッツ類は平気だけど、干し果物が酸味強かった。アイカは酸味と甘さの絶妙なバランスを楽しみながら、朝食を終えた。

「美味しかった!」

「そりゃよかった。いくらでも食べとくれ」

 ブレンダはしっかり三杯食べたが、アイカは同じ器に一杯が限界だ。朝から食べ過ぎたとお腹をさすり、窓の外に目を向けて凍りついた。

「うわぁ!」

 窓から大きな目がぎょろりと室内を観察している。間違いなくカーティスだろう。というか、他に心当たりがない。アイカと同じ考えに至ったブレンダが大きく息を吐いた。

「ったく、そんなに小動物が好きだったかねぇ」

 猫が気になるらしい。ご飯を食べた猫達は毛繕いを始め、室内にいない鹿など興味も示さない。こういうところ、飼い猫だな。窓の外は別世界と割り切ってるんだろう。

「会わせるのは、トム爺さんが来てからだね」

「あ、トムさん。来てくれるんですか?」

 ブレンダはぼよんと柔らかそうなお腹をぽんと叩き、片付けを始める。アイカは慌てて手伝った。猫の器も洗わないといけないし。あ、ブランが半分も残してる。いつものカリカリじゃないから? 首を傾げる飼い主に、ブランは大きく欠伸をして寝転んだ。

 これは単に空腹じゃなかっただけかな。逆にいつもは少食のノアールが完食ってことは、昨日のパンはブランが多めに食べたようだ。アイカは冷静に愛猫達の観察を終えると、台所と思われる部屋へ食器を運んだ。

「今日はトム爺さんの手続き待ちだ。あんたと猫は手続きが終わるまで、この家の外へ出たらダメだよ。間違いがあるといけないからね」

 間違い? 不思議な言い方だが、ブレンダが言うなら間違いない。そう思うくらいには、彼女を信用していた。

「わかりました」

 いい返事をした時ほど、信用してはいけない。自分にも当てはまるのだと、アイカは数時間後、頭を抱えることになった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

義妹を溺愛するクズ王太子達のせいで国が滅びそうなので、ヒロインは義妹と愉快な仲間達と共にクズ達を容赦なく潰す事としました

やみなべ
恋愛
<最終話まで執筆済。毎日1話更新。完結保障有>  フランクフルト王国の辺境伯令嬢アーデルは王家からほぼ選択肢のない一方的な命令でクズな王太子デルフリと婚約を結ばされた。  アーデル自身は様々な政治的背景を理解した上で政略結婚を受け入れるも、クズは可愛げのないアーデルではなく天真爛漫な義妹のクラーラを溺愛する。  貴族令嬢達も田舎娘が無理やり王太子妃の座を奪い取ったと勘違いし、事あるごとにアーデルを侮辱。いつしか社交界でアーデルは『悪役令嬢』と称され、義姉から虐げられるクラーラこそが王太子妃に相応しいっとささやかれ始める。  そんな四面楚歌な中でアーデルはパーティー会場内でクズから冤罪の後に婚約破棄宣言。義妹に全てを奪われるという、味方が誰一人居ない幸薄い悪役令嬢系ヒロインの悲劇っと思いきや……  蓋を開ければ、超人のようなつよつよヒロインがお義姉ちゃん大好きっ子な義妹を筆頭とした愉快な仲間達と共にクズ達をぺんぺん草一本生えないぐらい徹底的に叩き潰す蹂躙劇だった。  もっとも、現実は小説より奇とはよく言ったもの。 「アーデル!!貴様、クラーラをどこにやった!!」 「…………はぁ?」  断罪劇直前にアーデル陣営であったはずのクラーラが突如行方をくらますという、ヒロインの予想外な展開ばかりが続いたせいで結果論での蹂躙劇だったのである。  義妹はなぜ消えたのか……?  ヒロインは無事にクズ王太子達をざまぁできるのか……?  義妹の隠された真実を知ったクズが取った選択肢は……?  そして、不穏なタグだらけなざまぁの正体とは……?  そんなお話となる予定です。  残虐描写もそれなりにある上、クズの末路は『ざまぁ』なんて言葉では済まない『ざまぁを超えるざまぁ』というか……  これ以上のひどい目ってないのではと思うぐらいの『限界突破に挑戦したざまぁ』という『稀にみる酷いざまぁ』な展開となっているので、そういうのが苦手な方はご注意ください。  逆に三度の飯よりざまぁ劇が大好きなドS読者様なら……  多分、期待に添えれる……かも? ※ このお話は『いつか桜の木の下で』の約120年後の隣国が舞台です。向こうを読んでればにやりと察せられる程度の繋がりしか持たせてないので、これ単体でも十分楽しめる内容にしてます。

前世の祖母に強い憧れを持ったまま生まれ変わったら、家族と婚約者に嫌われましたが、思いがけない面々から物凄く好かれているようです

珠宮さくら
ファンタジー
前世の祖母にように花に囲まれた生活を送りたかったが、その時は母にお金にもならないことはするなと言われながら成長したことで、母の言う通りにお金になる仕事に就くために大学で勉強していたが、彼女の側には常に花があった。 老後は、祖母のように暮らせたらと思っていたが、そんな日常が一変する。別の世界に子爵家の長女フィオレンティーナ・アルタヴィッラとして生まれ変わっても、前世の祖母のようになりたいという強い憧れがあったせいか、前世のことを忘れることなく転生した。前世をよく覚えている分、新しい人生を悔いなく過ごそうとする思いが、フィオレンティーナには強かった。 そのせいで、貴族らしくないことばかりをして、家族や婚約者に物凄く嫌われてしまうが、思わぬ方面には物凄く好かれていたようだ。

転生おばさんは有能な侍女

吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀? 転生おばさんは忙しい そして、新しい恋の予感…… てへ 豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!

今世ではあなたと結婚なんてお断りです!

水川サキ
恋愛
私は夫に殺された。 正確には、夫とその愛人である私の親友に。 夫である王太子殿下に剣で身体を貫かれ、死んだと思ったら1年前に戻っていた。 もう二度とあんな目に遭いたくない。 今度はあなたと結婚なんて、絶対にしませんから。 あなたの人生なんて知ったことではないけれど、 破滅するまで見守ってさしあげますわ!

余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

藤森フクロウ
ファンタジー
 相良真一(サガラシンイチ)は社畜ブラックの企業戦士だった。  悪夢のような連勤を乗り越え、漸く帰れるとバスに乗り込んだらまさかの異世界転移。  そこには土下座する幼女女神がいた。 『ごめんなさあああい!!!』  最初っからギャン泣きクライマックス。  社畜が呼び出した国からサクッと逃げ出し、自由を求めて旅立ちます。  真一からシンに名前を改め、別の国に移り住みスローライフ……と思ったら馬鹿王子の世話をする羽目になったり、狩りや採取に精を出したり、馬鹿王子に暴言を吐いたり、冒険者ランクを上げたり、女神の愚痴を聞いたり、馬鹿王子を躾けたり、社会貢献したり……  そんなまったり異世界生活がはじまる――かも?    ブックマーク30000件突破ありがとうございます!!   第13回ファンタジー小説大賞にて、特別賞を頂き書籍化しております。  ♦お知らせ♦  余りモノ異世界人の自由生活、コミックス3巻が発売しました!  漫画は村松麻由先生が担当してくださっています。  よかったらお手に取っていただければ幸いです。    書籍のイラストは万冬しま先生が担当してくださっています。  7巻は6月17日に発送です。地域によって異なりますが、早ければ当日夕方、遅くても2~3日後に書店にお届けになるかと思います。  今回は夏休み帰郷編、ちょっとバトル入りです。  コミカライズの連載は毎月第二水曜に更新となります。  漫画は村松麻由先生が担当してくださいます。  ※基本予約投稿が多いです。  たまに失敗してトチ狂ったことになっています。  原稿作業中は、不規則になったり更新が遅れる可能性があります。  現在原稿作業と、私生活のいろいろで感想にはお返事しておりません。  

異世界転移したので、メイドしながらご主人様(竜)をお守りします!

星名柚花
ファンタジー
平岡新菜は階段からの転落をきっかけに異世界転移してしまった。 魔物に襲われ、絶体絶命のピンチを助けてくれたのは虹色の瞳を持つ美しい青年。 彼は竜で、人に狙われないように人になりすまして生活しているらしい。 それならメイドやりつつ戦闘能力も身に着けてご主人様をお守りしようではありませんか! そして新菜は、竜と幻獣の子どもが暮らす家でメイド生活を始めたのだった。

追放されたテイマー半年後に従魔が最強になったのでまた冒険する

Miiya
ファンタジー
「テイマーって面白そうだったから入れてたけど使えんから出ていって。」と言われ1ヶ月間いたパーティーを追放されてしまったトーマ=タグス。仕方なく田舎にある実家に戻りそこで農作業と副業をしてなんとか稼いでいた。そんな暮らしも半年が経った後、たまたま飼っていたスライムと小鳥が最強になりもう一度冒険をすることにした。そしてテイマーとして覚醒した彼と追放したパーティーが出会い彼の本当の実力を知ることになる。

正妃に選ばれましたが、妊娠しないのでいらないようです。

ララ
恋愛
正妃として選ばれた私。 しかし一向に妊娠しない私を見て、側妃が選ばれる。 最低最悪な悪女が。

処理中です...