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1.私達にも選ぶ権利はありましてよ

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 穏やかな春の日差しが降り注ぐ庭園で、仲のいい友人達とお茶会を開きました。ラ・フェルリータ公爵家自慢の庭は、私達3人のひそひそ話を包み込みます。花々が咲き乱れる季節、心地よい風が吹いていました。お茶会用に小ぶりの円卓を用意させたのは正解だったようね。

 幼馴染みの私達は、ちょうど年頃も近く一緒に育ちました。並んで礼儀作法を学び、共に公爵令嬢としての公務を果たしてきたのです。まるで姉妹のように。王家に王女殿下がお生まれにならなかった関係で、他国の王族や使者のもてなしを担当しています。彼女達は大切な友人なの。

 顔を近づけて内緒話をするには、大きなテーブルは邪魔ですわ。お茶菓子はグラスコンポートやティースタンドに並べられ、取り分ける侍女が待機していました。合図を送ってマカロンを運んでもらいます。

 向かって左に座る金髪のご令嬢は、ラ・ヴァッレ公爵家のアンジェリーナ様。一口サイズのチョコケーキを選びました。扇で口元を隠した右側のご令嬢、ラ・カーメラ公爵家のルクレツィア様は砂糖菓子を指し示します。

 それぞれの手元にお菓子が届いたのを確認し、侍女に少し下がるよう命じました。これからのお話は各公爵家が現在もっとも悩んでいる問題ですもの。侍女の口から情報が漏れるのは困るわ。

「王太子殿下と結婚なんて、絶対にお断りだわ」

「そうよね。私も嫌だけど……候補に名前があったのよ」

「え? やだ、あなたも?」

 女性が3人集まればかしましいと言われますが、実際そうかも知れません。公爵令嬢である私を含め、大切なお友達も青ざめていました。つい数日前、両親から聞かされたのは王家からの婚約打診。もちろん一度は断ってくださったのですが、「何としても」と国王陛下に食い下がられてお父様が折れました。

 あれほど「任せておけ」と仰ったのに、結局押し切られるなんて! もう!! しばらく顔も合わせたくありませんわ。その所為で、王太子妃候補に名前が残ってしまったんだもの。

「婚約する当人同士の気持ちを大切にする、とか」

「だったら今すぐ断りますわ」

「待って、あなたが断ったら私に回ってきてしまうじゃない」

「全員一緒に断りましょうよ」

 うーんと唇を尖らせた淑女が3人、いい代案も浮かばぬまま考え込みました。どうしましょう。

「お茶を淹れ直します」

 侍女のマリカがティーポットを手に近づきます。先に声をかけたのは、これから話をするから離れてと命じたためでしょう。それでも彼女の仕事はお茶会を恙なくサポートすること。お茶のカップが空になれば、声をかけて注ぐのが役割でした。

「ええ、お願い」

 お茶会のホスト役である私が頷けば、マリカはゆったりと頷きました。公爵家の侍女ともなれば、大抵は男爵家や子爵家の令嬢ですもの。貴族の礼儀作法は身についていました。お茶は美しい水色を揺らし、花の香りが漂います。ハーブティを選んだのは正解だったわ。気持ちが落ち着くもの。

「誰か王太子殿下の御心を掴む貴族女性がいないかしら」

「それよ、私達以外から選んでもらえるように手配したらどう?」

 ここからは策略の域に入っていきます。最上位の公爵位はこの国に三家しかありません。すべて家名に「ラ」の尊称がつくので一目瞭然でした。つまりこの場にいる私達3人の実家です。アンジェリーナ様ことアンは王妹殿下を母に持ち、ルクレツィア様ことクレアは祖父が先代王兄殿下でした。

 かくいう我が家もお父様が王弟殿下なので、血筋的には近いのです。従兄弟に当たる王太子殿下は素行に問題があり、国王陛下は婚約を急いでいました。他国の王女殿下を妻に迎えるのは、外交問題に発展する可能性が高い。となれば、国内で王太子妃候補を探すのは必然です。

 乱暴で淑女に対するマナーのなっていない王太子殿下は、外見だけ整っております。中身はすべてにおいて残念な方でした。何かにつけ、王家の権力を振りかざす最低の性格ですわ。絶対に嫁ぎたくありません。

「アン、クレア。私にいい考えがあるの」

 にっこりと微笑んだ私の顔は、きっと黒く恐ろしいでしょうね。感情と本音が滲んで醜いと思うけれど、彼女達は目を輝かせました。いつだって悪戯を思いつくのは一番年下の私、ひとつ上のアンやクレアが付き合ってくれます。今回も私の案に期待しているんだもの。成功させなくちゃね。

「何を思いついたの?」

「ステフィ、悪い顔をしていますわよ」

 くすくす笑いながら耳を貸す友人達に、小声で作戦内容を告げました。ラ・フェルリータ公爵令嬢ステファニア渾身の作戦よ。いかが?

「素敵!」

「それでいきましょう」

「きっと上手く行くわ」

 賛同する友人達と手を握り合い、きゃっきゃとはしゃぐ。今日もいい天気ですね。すべてを成功させて、自由になりたいわ。王家に嫁いで苦労するだけの未来なんてまっぴらごめん、大切な友人に押し付ける気もありません。ならば話は簡単、王妃になりたい誰かに押し付けたらいいのです。

「情報を集めるわね」

「ある程度候補は絞ったの?」

「ええ。こちらを見てくださる?」

 用意したリストを差し出します。一枚の紙を覗き込んだアンとクレアが、真剣に名前を目で追いました。視線を庭の緑へ向けたアンは、当該令嬢の顔を思い出せないようで目を閉じました。クレアは記憶の片隅に残る貴族名鑑と照合が終わったようで、眉を寄せます。

「ねえ、ステフィ。私、このご令嬢は知らないわ」

 候補は3人、一番下に書かれた名前をクレアが指で示します。上の二人はある意味有名でした。自由奔放と言えば聞こえはいいのですが、礼儀作法が出来ておりません。上位貴族への挨拶もまともにできない男爵令嬢と子爵令嬢なのですから。一番下は伯爵令嬢の肩書きがあるものの、最近引き取られた庶子です。

 明確に順位がつけられる貴族社会で、庶子は平民と同じ。たとえ親が王族であろうと、庶子は平民扱いが通例でした。伯爵令嬢と名乗ることが許されたなら、父親が引き取って養女にしたのでしょう。まだ貴族名鑑にも名が載っていない新しい情報です。

「私のお勧めは、この伯爵令嬢なの」

 ふふっと笑って手招きします。お行儀が悪いけど、この話は機密なのよ。顔を寄せた二人に、こそこそと耳打ちしました。

 庶子で平民として育ったご令嬢なら、きっとお伽噺のような展開に憧れると思うの。

「まぁ、素敵」

「ぜひお任せしたい方ね」

「そうでしょう?」

 見つけた私を褒めて。そう口にしたら、アンもクレアも優しく微笑んでくれました。あのご令嬢なら、きっと王太子妃を狙ってくれるわ。私達は穏やかに身を引けばいいのです。

「明日から貴族学院へ通うらしいの。是非とも仲良くしてもらいましょう」

 扇で悪い笑みを隠した私に、同じ仕草で二人も表情を緩めます。空を舞う白い鳥を見上げ、私は明日からの学校生活を楽しむための仕掛けを考え始めました。










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