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外伝

外伝・第3話 夜着の威力

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 買ってきた下着をベッドの上に置く。眠る必要がなくなったルリアージェだが、疲れた時や一人になりたい時は睡眠を取る。魔性の中にも睡眠を嗜好品として楽しむ者がいると聞いた。

 ジル達は興味がないようだが、人の王を務めたリシュアは「睡眠はときどき嗜みます」と理解を示してくれる。漆黒の城はジルが作り出した亜空間に存在するため、人の世と時間の流れが異なる。ゆっくり流れる時間と、窓の外の変わらない景色に焦燥ではなく安心を覚えるようになった。

 人族だった頃は、自分だけが数十年で死んでしまう運命だと考えた。だから距離を置いたのだ。彼らと親しく過ごしても、のめり込んだら傷つくのは自分だけ。彼らにとって人族の主は『一夏の蝶』だろう。そう自虐して、勝手に決めつけて彼らを侮辱した。

 人族を主人と仰いだ時から、彼らが残りの寿命全てを放棄する覚悟があったなど……知らずにひどい言葉も口にした。

 王族ですら触れるのを躊躇う豪華な宝石箱を開けば、小さな石や種が入っている。宝石類はすべてジルに預けてあった。身につけて己を飾ることに興味がないルリアージェに渡しても、一度も着けずに終わってしまう。彼女の無欲さを理解する魔性達は、それぞれにルリアージェ用のジュエリー やドレスを保有していた。

 本人に着飾る気がなくとも、毎日交代でドレスやお飾りを用意する。ジルは自分だけで用意するつもりだったが、ライラを含めた全員に反対されて諦めた。

 だから宝飾品を所有していても手元に持たない彼女が大事にする宝石箱は、思い出が詰め込まれている。この10年、増えることはあっても減ることはなかった。

 一緒に海へ行った日に拾った貝殻、ジルとこっそり食べ歩きに行った街で買った水晶の屑石……これはジルに叱られたが、売りに来た子供は痩せこけていた。食事代を含めて金貨を差し出したが、その金額で少しジルと口喧嘩して、最後に笑いながら「リアがいいならいいさ」と理解してくれた。

 種はライラに貰ったもの。もう絶滅した、白い花の咲く蓮の種だという。図鑑を見ながら「素敵な花だ」と褒めたら、どこからか調達してきた。どこかの精霊が保有していたらしく、申し訳ないから返してこいと命じたら、半泣きになって焦った。あれでも精霊達の王になる資格をもつ子なのだが……。

 懐かしみながら、皆との思い出を辿る。変化がないようで、毎日何かが違う。穏やかな日々はルリアージェに安心を与え、笑顔を増やした。

 長く生きることが出来る身体になって、ようやく理解できたのは――長寿ゆえの悩みと退屈を紛らわす大切さだ。魔族が人族にちょっかいを出すのは、興味があるからではない。退屈を紛らわす手段だった。

「リア、入っていいか?」

「あ、少し待ってくれ」

 考えにふけっている間に時間が過ぎていたらしい。外を見ても夜と昼の区別がない空間で、ルリアージェのためにジルが月を作って浮かべた。それが登ったら夜という、単純なもの。浮かんだ月に慌てて、ルリアージェはベッドの上の下着を手に取った。

 象牙色の肌に似合うと言われて選んだのは、白。淡いピンクのレースがふんだんに使われた下着を身につけ、最後に艶がある桜色の夜着を羽織る。悩んだ末、透けるタイプは恥ずかしくて諦めた。代わりに肌触りのいい上質な絹を選ぶ。リシュアが治めていたサークレラ国の絹を纏い、長い銀髪をライラに贈られた櫛で梳く。リオネルが用意した髪飾りでまとめて、最後にパウリーネに渡された香水を控え目に振りかけた。

「い、いいぞ。ジル……入ってくれ」

 緊張しながら声をかけた先で、ドアが開いて……ジルはすごい勢いで後ろを確認した後、中に入って後ろ手にドアを閉めた。鍵はないが、結界を張って空間を遮断したのがわかる。

「……リ、リア」

 ごくりと喉を鳴らしたジルが、紫の瞳を見開いて言葉を探す。恥ずかしそうに手招くルリアージェに近づくと、手前で膝をついた。
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