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第二十章 愛し愛される資格
第85話 狙われた弱点(1)
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騒ぐ配下を前に、風の魔王ラーゼンは溜め息をついた。死神の眷属にあしらわれたのが悔しいなら、自分でやり返せばいい。なぜ問題を挿げ替えて騒ぐのか。風の魔王の権威が落ちたと嘆く彼らに、淡々と告げた。
「我が権威は傷ついておらぬ」
傷ついたのはお前たちの矜持だ。風の魔王本人は関わりないのだと切り離せば、押し黙ってしまった。だがこのまま放置する気もない。せっかく向こうが動いてくれたのだから、彼らを焚きつけて利用するのも一興だった。
「傍観者が隠し持つ『白い粉』を手に入れれば、死神を封じてやろう」
神族の骨を砕いたという白い粉は、傍観者であるレンが所有している。その情報を配下にちらつかせた。暴風のエアリデが進み出て首を垂れる。
「お任せください」
頷いて見送る。野心家のエアリデならば手に入れるかもしれない。火の魔王マリニスといられれば、配下も魔王の地位も必要なかった。だが彼といるために、魔王の座が必要であるという矛盾がラーゼンを悩ませる。風が螺旋を描く丘の後ろには、マリニスがお気に入りの火山があった。
人の世は常に国が移り変わるため、現在はリュジアンとツガシエという国の境目にあるらしい。北の国にありながら、常に熱を絶やさぬ火口は今もマリニスを癒しているだろう。
「エアリデに任せてよいのですか?」
心配そうに眉をひそめて忠告するのは、1000年以上前から側近として侍る女だった。マリニスに似た赤い髪が気に入って傍に置いた彼女が不安がるのは、エアリデの野心を察知しているのだ。風の魔王の地位を狙っている男にチャンスを与える行為だった。
「構わぬ。奴が拒むなら奪えばよいだけだ」
素直に差し出せば良し。拒んで抵抗するなら、殺して奪えばいい。魔王の名にふさわしい残酷な発言を、女はうっとりと微笑んで受け止めた。これでこそ主として認めた風の魔王だと、誇るように頷く。
衣を揺らす強い風を受けながら、ラーゼンは長い緑の前髪をかき上げた。
「ラーゼン」
突如かけられた声色に、風の魔王は口元を緩めて振り返る。燃え盛る炎の色を移したような赤い髪と同色の瞳が美しい青年は、転移した魔方陣を乗り越えて歩み寄った。手を差し出してエスコートする形で受けたラーゼンに対し、赤い青年は素直に身を委ねる。
手を受けて隣に立つ姿を、女は舌打ちしたい心境で見ていた。大した実力もないくせに繰上りで魔王の座にある男が、麗しい主の隣に立つなど……しかし感情を上手に覆い隠して、ただ膝をついて従う。
風の魔王ラーゼンにとって、火の魔王マリニスがどれだけ大切か――側近だからこそ、嫌になるほど身に染みて知っていた。以前の側近数人は、マリニスの存在に異を唱えて主に消されたのだから。気に食わなくても表に出すようなミスはしない。
「死神を消す方法を見つけた」
「我が権威は傷ついておらぬ」
傷ついたのはお前たちの矜持だ。風の魔王本人は関わりないのだと切り離せば、押し黙ってしまった。だがこのまま放置する気もない。せっかく向こうが動いてくれたのだから、彼らを焚きつけて利用するのも一興だった。
「傍観者が隠し持つ『白い粉』を手に入れれば、死神を封じてやろう」
神族の骨を砕いたという白い粉は、傍観者であるレンが所有している。その情報を配下にちらつかせた。暴風のエアリデが進み出て首を垂れる。
「お任せください」
頷いて見送る。野心家のエアリデならば手に入れるかもしれない。火の魔王マリニスといられれば、配下も魔王の地位も必要なかった。だが彼といるために、魔王の座が必要であるという矛盾がラーゼンを悩ませる。風が螺旋を描く丘の後ろには、マリニスがお気に入りの火山があった。
人の世は常に国が移り変わるため、現在はリュジアンとツガシエという国の境目にあるらしい。北の国にありながら、常に熱を絶やさぬ火口は今もマリニスを癒しているだろう。
「エアリデに任せてよいのですか?」
心配そうに眉をひそめて忠告するのは、1000年以上前から側近として侍る女だった。マリニスに似た赤い髪が気に入って傍に置いた彼女が不安がるのは、エアリデの野心を察知しているのだ。風の魔王の地位を狙っている男にチャンスを与える行為だった。
「構わぬ。奴が拒むなら奪えばよいだけだ」
素直に差し出せば良し。拒んで抵抗するなら、殺して奪えばいい。魔王の名にふさわしい残酷な発言を、女はうっとりと微笑んで受け止めた。これでこそ主として認めた風の魔王だと、誇るように頷く。
衣を揺らす強い風を受けながら、ラーゼンは長い緑の前髪をかき上げた。
「ラーゼン」
突如かけられた声色に、風の魔王は口元を緩めて振り返る。燃え盛る炎の色を移したような赤い髪と同色の瞳が美しい青年は、転移した魔方陣を乗り越えて歩み寄った。手を差し出してエスコートする形で受けたラーゼンに対し、赤い青年は素直に身を委ねる。
手を受けて隣に立つ姿を、女は舌打ちしたい心境で見ていた。大した実力もないくせに繰上りで魔王の座にある男が、麗しい主の隣に立つなど……しかし感情を上手に覆い隠して、ただ膝をついて従う。
風の魔王ラーゼンにとって、火の魔王マリニスがどれだけ大切か――側近だからこそ、嫌になるほど身に染みて知っていた。以前の側近数人は、マリニスの存在に異を唱えて主に消されたのだから。気に食わなくても表に出すようなミスはしない。
「死神を消す方法を見つけた」
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