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第十三章 龍炎と氷雷の舞

第36話 龍炎が舞う戦場(3)

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 全身を燃やし尽くすような炎の蛇を纏った青年の声に、ジルは腕を組んだまま溜め息を吐いた。それからおもむろに斜め後ろのリシュアを振り返る。

「コイツ、誰?」

 炎蛇を手足のごとく操る姿から二つ名もちと見当はつくが、基本的に他者への興味が薄いジルに心当たりはない。何度か戦った相手ならば記憶しているが、この男に見覚えはなかった。

「龍炎のラヴィアではないでしょうか」

「ふーん、知らないな」

 無情にもばっさり切り捨てる。待ちかねたと言われても、まったく思い出せなかった。1000年前の戦いに参加していたとしても、大量にいた『その他大勢』の1人に過ぎない。魔王クラスでもなければ、ジルは魔性の名に興味を持たない。

 魔力と霊力が大きすぎるが故に、ほとんどの魔族は警戒対象とならないのだ。いつでも倒せる敵は、脅威の対象とみなさなかった。

 挑発する意図はなく、本当に覚えていない。

「……っ、きさま!」

 ラヴィアの腕に巻きついた炎蛇がジルに襲い掛かる。炎蛇が魔法陣に吸い込まれ、ジルの目の前に出現した別の魔法陣から一気に噴出した。初見殺しに近い魔術による攻撃に、反応したのはリシュアだった。

 魅了の二つ名に相応しい明暗の緑瞳が、炎蛇を見据える。ジルの前に転移したリシュアは、余裕の表情を浮かべて蛇を見つめた。攻撃の牙を剥いた蛇が口を閉じ、ゆっくり首を垂れるまで。敵意を失った炎蛇をラヴィアは無造作に消す。

 僅かな時間で手懐けられたことに、ラヴィアは怒りより歓喜を覚えた。小手先の戦いではなく、やっと全力を尽くして本気で戦える敵を得たのだ。龍炎の名は小さな蛇ごときに与えられるものではない。

「我が君と戦う前に、私の相手をしていただきましょう」

 リオネルがいない今、この場を守るのは自分の役目だ。そう言い放ったリシュアへ、ラヴィアは楽しそうに笑う。黒い瞳が好戦的に煌いた。

 黒衣を揺らしたジルは背を向ける。

「逃げるのか!」

「……リシュアに勝てたら、呼べ」

 一礼して見送るリシュアの前で、魔法陣へ消えるジルが闇に飲み込まれる。ジルの黒い城を背負う形で立ち塞がるリシュアは、嬉しそうに頬を緩めた。

「安心してください。きっちり殺して差し上げますので」

 死神の眷属は、魔王の側近も及ばぬ実力者ぞろいで有名だった。事実、リオネルは炎の魔王マリニスより上位の実力を誇る。四大精霊の名を冠しないリシュアだが、風の魔術に関してはラーゼンの側近に匹敵した。

「勝てると奢るは自由。だが、龍炎の名は伊達ではないぞ!」

 叫んだラヴィアの周囲に円を描くように、大きく炎が広がった。
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