125 / 386
第十章 サークレラ
第25話 花の国の物騒な王(4)
しおりを挟む
必死で説得した結果、なんとか戦は思いとどまってくれたらしい。どっと疲れたが、ライラは無邪気に繋いだ手を揺すっている。
「ねえ、リア。あたくしは屋台の甘い巻物が食べたいわ」
「もしかして果物やクリームを巻いた菓子ですか? すぐに用意させましょう」
部下を呼びに行こうと動く国王を、笑顔のままでライラは止めた。
「いやよ、屋台で買って食べたいの!」
「はあ…」
「好きにさせてやれ、それに祭りを見に来たからリアも案内してやりたいし」
勝手に観光すると言い放ったジルだが、配下であるリシュアはそう簡単に頷ける話ではない。治安には気を使ってきたが、万が一にも己の分を弁えない存在が現れて彼を不愉快にさせたら……。心配は尽きない。もちろんジルに喧嘩を売るような輩を見つけ次第、投獄する用意は必要だった。
「ならば警護兵をつけますので」
「邪魔」
「では、私がご一緒して」
「要らない」
提案はすげなく断られてしまう。がくりと肩を落とす姿はひどく哀れで、国王という華やかな地位の男には見えなかった。
午後の穏やかな日差しが少しずつ傾いて、オレンジ色を帯びてくる。どの国も祭りは夜の方が盛り上がるもので、ライラやルリアージェの意識は夜祭りへ向かいつつあった。
「ジルを街に出すのが不安なんじゃないか?」
「いいえ! ジル様が望むであれば、この国も捧げます」
「…………それは、行き過ぎだと思う」
艶のある黒髪を揺らして、国を滅ぼす話を即決した国王に絶句する。落ち込んだ姿が気の毒で呟いた言葉が、予想外の言質をとってしまった。1000年も守った国を、主が命じるなら捧げるという。
大災厄を街に放り出した際のトラブルを心配しているのかと思えば、まったく違っていた。1000年前の戦いに参加せず、挙句に主が封印されて会えなくなった事態に、リシュアがずっと自責の念に駆られていたなど、誰も知らない。
次は己の命を含めたすべてを捧げる決意をしていたリシュアは、明暗の瞳を細めて笑った。
「私にとってジル様より優先する存在は、もういませんから」
かつて妻となった人はとうに鬼籍に入り、魔王に匹敵する魔力があっても再会は叶わない。彼女の面影をもつ子供達も亡くなり、今の子孫は他人も同然だった。それでもこの国を存続させたのは、主の命令があったからだ。
戦い前に駆けつけたリシュアへ、ジルは淡々と言い聞かせた。
『守る存在を間違えるな。今のお前は妻と子供を守ってやれ。連中は寿命が短いんだ、一緒にいられる時間は永くない。それでも余裕があれば、オレを守らせてやるよ』
あの言葉を噛み締めて、封じられた衝撃に自滅したいほどの後悔を覚えて、それでも言葉を守り続けた。いつか主が復活したときに、胸を張って「約束を守った」と誇りたかったのだ。
「国王を代替わりするなら、面倒な葬儀やら儀式が終わってから来い。リオネルが喜ぶぞ」
祭りの後に国王の崩御を勧めるジルはくすくす笑いながら呟く。名を口にしても喚ぶ力を込めていないから、リオネルには届かないだろう。
「確かに彼は喜ぶわね」
ライラが相槌を打つ。ジルとまったく逆の意味で、面倒な主に心酔する側近が一人増えれば、自分の役割が楽になると喜ぶはずだ。
「ねえ、リア。あたくしは屋台の甘い巻物が食べたいわ」
「もしかして果物やクリームを巻いた菓子ですか? すぐに用意させましょう」
部下を呼びに行こうと動く国王を、笑顔のままでライラは止めた。
「いやよ、屋台で買って食べたいの!」
「はあ…」
「好きにさせてやれ、それに祭りを見に来たからリアも案内してやりたいし」
勝手に観光すると言い放ったジルだが、配下であるリシュアはそう簡単に頷ける話ではない。治安には気を使ってきたが、万が一にも己の分を弁えない存在が現れて彼を不愉快にさせたら……。心配は尽きない。もちろんジルに喧嘩を売るような輩を見つけ次第、投獄する用意は必要だった。
「ならば警護兵をつけますので」
「邪魔」
「では、私がご一緒して」
「要らない」
提案はすげなく断られてしまう。がくりと肩を落とす姿はひどく哀れで、国王という華やかな地位の男には見えなかった。
午後の穏やかな日差しが少しずつ傾いて、オレンジ色を帯びてくる。どの国も祭りは夜の方が盛り上がるもので、ライラやルリアージェの意識は夜祭りへ向かいつつあった。
「ジルを街に出すのが不安なんじゃないか?」
「いいえ! ジル様が望むであれば、この国も捧げます」
「…………それは、行き過ぎだと思う」
艶のある黒髪を揺らして、国を滅ぼす話を即決した国王に絶句する。落ち込んだ姿が気の毒で呟いた言葉が、予想外の言質をとってしまった。1000年も守った国を、主が命じるなら捧げるという。
大災厄を街に放り出した際のトラブルを心配しているのかと思えば、まったく違っていた。1000年前の戦いに参加せず、挙句に主が封印されて会えなくなった事態に、リシュアがずっと自責の念に駆られていたなど、誰も知らない。
次は己の命を含めたすべてを捧げる決意をしていたリシュアは、明暗の瞳を細めて笑った。
「私にとってジル様より優先する存在は、もういませんから」
かつて妻となった人はとうに鬼籍に入り、魔王に匹敵する魔力があっても再会は叶わない。彼女の面影をもつ子供達も亡くなり、今の子孫は他人も同然だった。それでもこの国を存続させたのは、主の命令があったからだ。
戦い前に駆けつけたリシュアへ、ジルは淡々と言い聞かせた。
『守る存在を間違えるな。今のお前は妻と子供を守ってやれ。連中は寿命が短いんだ、一緒にいられる時間は永くない。それでも余裕があれば、オレを守らせてやるよ』
あの言葉を噛み締めて、封じられた衝撃に自滅したいほどの後悔を覚えて、それでも言葉を守り続けた。いつか主が復活したときに、胸を張って「約束を守った」と誇りたかったのだ。
「国王を代替わりするなら、面倒な葬儀やら儀式が終わってから来い。リオネルが喜ぶぞ」
祭りの後に国王の崩御を勧めるジルはくすくす笑いながら呟く。名を口にしても喚ぶ力を込めていないから、リオネルには届かないだろう。
「確かに彼は喜ぶわね」
ライラが相槌を打つ。ジルとまったく逆の意味で、面倒な主に心酔する側近が一人増えれば、自分の役割が楽になると喜ぶはずだ。
0
お気に入りに追加
280
あなたにおすすめの小説
美しい姉と痩せこけた妹
サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった
お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。
全力でお母さんと幸せを手に入れます
ーーー
カムイイムカです
今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします
少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^
最後まで行かないシリーズですのでご了承ください
23話でおしまいになります
虐げられた令嬢、ペネロペの場合
キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。
幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。
父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。
まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。
可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。
1話完結のショートショートです。
虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい……
という願望から生まれたお話です。
ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。
R15は念のため。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
【完結】公女が死んだ、その後のこと
杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】
「お母様……」
冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。
古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。
「言いつけを、守ります」
最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。
こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。
そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。
「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」
「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」
「くっ……、な、ならば蘇生させ」
「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」
「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」
「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」
「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」
「まっ、待て!話を」
「嫌ぁ〜!」
「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」
「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」
「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」
「くっ……!」
「なっ、譲位せよだと!?」
「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」
「おのれ、謀りおったか!」
「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」
◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。
◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。
◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった?
◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。
◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。
◆この作品は小説家になろうでも公開します。
◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!
悪女と呼ばれた王妃
アズやっこ
恋愛
私はこの国の王妃だった。悪女と呼ばれ処刑される。
処刑台へ向かうと先に処刑された私の幼馴染み、私の護衛騎士、私の従者達、胴体と頭が離れた状態で捨て置かれている。
まるで屑物のように足で蹴られぞんざいな扱いをされている。
私一人処刑すれば済む話なのに。
それでも仕方がないわね。私は心がない悪女、今までの行いの結果よね。
目の前には私の夫、この国の国王陛下が座っている。
私はただ、
貴方を愛して、貴方を護りたかっただけだったの。
貴方のこの国を、貴方の地位を、貴方の政務を…、
ただ護りたかっただけ…。
だから私は泣かない。悪女らしく最後は笑ってこの世を去るわ。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ ゆるい設定です。
❈ 処刑エンドなのでバットエンドです。
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる