34 / 386
第四章 王宮炎上
第14話 帝国の遺産(1)
しおりを挟む
テラレス――突然他国の名前が出たことに、王太子は眉を顰めた。
そして思い出す。かの国は代替わりしたばかりで、アスターレンと隣接するシグラ国とウガリス国に王の姉妹が嫁いでいた。その3国から手配される『女魔術師』がいたことを。
指名手配された彼女は優秀な魔術師として、北の国々から勧誘される腕前を持つ。宮廷魔術師としてテラレスに留まっていたが、手配されたのならば逃亡中なのだろう。
それが彼女だとしたら?
テラレスで起きた『戴冠式直前の爆発事故』が関係しているのか。
「まさか……」
そこで思い至ることがあった。テラレスの戴冠式で奇妙な噂を聞いたのだ。本来ならば代々受け継がれてきた王杖を使う戴冠式で、若き王は新しく作られた王杖を手にしている――と。
新しい王杖に、その場では違和感を覚えなかった。他国では代々王杖を受け継ぐ慣習はなく、それぞれに己に見合った王杖や王冠を誂えることも多いからだ。
それ故に聞き逃してしまったが、『帝国の遺産』を誇る国が数百年に及ぶ慣習を破る理由は何だ?
あの国に受け継がれる『アティン帝国の遺産』である『海の雫』は大粒の金剛石だった。その宝石を飾った王杖を使わない……いや、使えなかった理由。
「帝国の遺産、か……?」
「ああ、多少は知ってる奴がいるらしいな」
王太子が見上げた先で、黒衣の魔性は楽しそうに目を細めた。
「まあいい、ルリアージェの願いだ。叶えてやろう」
酔狂か、本心か。
彼の魔性の言葉を信じる根拠は何もない。だが、黒衣の魔性に囚われた美女はほっと息を吐いた。
「頼む」
無邪気に言葉を重ねる彼女の純粋さに、王太子は驚いた。
義弟が拾った美女は――ほぼ間違いなく、テラレスの宮廷魔術師だ。記憶を失っているのは事実だろうが、彼女を匿う危険性は身に沁みた。
テラレス国を敵に回す手間など、造作もない。あの国より繁栄し大きな領土を誇る我が国が敗れる理由はなく、また代替わりで無様に揺れる国など敵にならなかった。
そもそも優秀な魔術師は、どの国でも喉から手が出るほど欲しい存在なのだ。最上級の魔術を3つも続けざまに使ってみせた彼女の実力ならば、厳しい北の国々でも喜んで召抱えるだろう。
だが、この魔性が彼女に付いているなら話は別だった。ルリアージェと呼ばれる美女は『魔性に魅入られている』のだ。望むと望まざるとに関わらず、彼女の影のように魔性は離れない。
ルリアージェの存在は――国の存亡に関わる。
そして思い出す。かの国は代替わりしたばかりで、アスターレンと隣接するシグラ国とウガリス国に王の姉妹が嫁いでいた。その3国から手配される『女魔術師』がいたことを。
指名手配された彼女は優秀な魔術師として、北の国々から勧誘される腕前を持つ。宮廷魔術師としてテラレスに留まっていたが、手配されたのならば逃亡中なのだろう。
それが彼女だとしたら?
テラレスで起きた『戴冠式直前の爆発事故』が関係しているのか。
「まさか……」
そこで思い至ることがあった。テラレスの戴冠式で奇妙な噂を聞いたのだ。本来ならば代々受け継がれてきた王杖を使う戴冠式で、若き王は新しく作られた王杖を手にしている――と。
新しい王杖に、その場では違和感を覚えなかった。他国では代々王杖を受け継ぐ慣習はなく、それぞれに己に見合った王杖や王冠を誂えることも多いからだ。
それ故に聞き逃してしまったが、『帝国の遺産』を誇る国が数百年に及ぶ慣習を破る理由は何だ?
あの国に受け継がれる『アティン帝国の遺産』である『海の雫』は大粒の金剛石だった。その宝石を飾った王杖を使わない……いや、使えなかった理由。
「帝国の遺産、か……?」
「ああ、多少は知ってる奴がいるらしいな」
王太子が見上げた先で、黒衣の魔性は楽しそうに目を細めた。
「まあいい、ルリアージェの願いだ。叶えてやろう」
酔狂か、本心か。
彼の魔性の言葉を信じる根拠は何もない。だが、黒衣の魔性に囚われた美女はほっと息を吐いた。
「頼む」
無邪気に言葉を重ねる彼女の純粋さに、王太子は驚いた。
義弟が拾った美女は――ほぼ間違いなく、テラレスの宮廷魔術師だ。記憶を失っているのは事実だろうが、彼女を匿う危険性は身に沁みた。
テラレス国を敵に回す手間など、造作もない。あの国より繁栄し大きな領土を誇る我が国が敗れる理由はなく、また代替わりで無様に揺れる国など敵にならなかった。
そもそも優秀な魔術師は、どの国でも喉から手が出るほど欲しい存在なのだ。最上級の魔術を3つも続けざまに使ってみせた彼女の実力ならば、厳しい北の国々でも喜んで召抱えるだろう。
だが、この魔性が彼女に付いているなら話は別だった。ルリアージェと呼ばれる美女は『魔性に魅入られている』のだ。望むと望まざるとに関わらず、彼女の影のように魔性は離れない。
ルリアージェの存在は――国の存亡に関わる。
0
お気に入りに追加
280
あなたにおすすめの小説
私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】
小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。
他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。
それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。
友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。
レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。
そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。
レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった
お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。
全力でお母さんと幸せを手に入れます
ーーー
カムイイムカです
今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします
少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^
最後まで行かないシリーズですのでご了承ください
23話でおしまいになります
虐げられた令嬢、ペネロペの場合
キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。
幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。
父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。
まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。
可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。
1話完結のショートショートです。
虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい……
という願望から生まれたお話です。
ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。
R15は念のため。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
【完結】公女が死んだ、その後のこと
杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】
「お母様……」
冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。
古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。
「言いつけを、守ります」
最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。
こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。
そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。
「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」
「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」
「くっ……、な、ならば蘇生させ」
「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」
「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」
「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」
「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」
「まっ、待て!話を」
「嫌ぁ〜!」
「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」
「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」
「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」
「くっ……!」
「なっ、譲位せよだと!?」
「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」
「おのれ、謀りおったか!」
「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」
◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。
◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。
◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった?
◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。
◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。
◆この作品は小説家になろうでも公開します。
◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる