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第8章 赤い月の洗礼

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※吸血行為があります。
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「冗談!」

 不敵な笑みを浮べたライアンが、転がる生贄の死体を一瞥した。

「人間の血を吸わせたこと自体、かなりの屈辱だったんだぜ? これ以上、シリルに別の血を吸わせる気はねぇよ」

「そうだな」

 あっさり同意したアイザックが、ようやく身を起こす。怠そうに目を伏せ、すぐにくすくす笑いだした。

「それにしても、たいした嫉妬だ」

 己の命が失われる可能性がない訳じゃない。ヴェネゲルの治癒能力は万能ではなく、間に合わなければ死に至るだろう。理解していても、2人は己が身を差し出した。

 体を張っての、命懸けの嫉妬――揶揄るアイザックの自嘲めいた表情に、ライアンは軽く肩を竦める。

「まあ、命懸けで惚れてんだから……このくらい当然だろ」

 見上げた先で、ほんのり赤みを帯びた薄い月が嗤った。




 ―――血に濡れた己の手を、これほど呪わしく感じることはなかった。




「来たか」

 気配を感じて振り返ったライアンは、隣のアイザックを気遣わしげに見やる。しかし硬い決意を滲ませる緑の瞳に、結局根負けして苦笑した。

 元が人間のアイザックに流れるヴェネゲルの血は未だ薄く、流しきれば命が危ない。ライアンのように無茶が出来ない彼に「2日目は諦めろ」と諭したのは、友人を失いたくないライアンの我が侭だった。同時に、もしアイザックが危険な目に合ったと知ったら、リスキアが傷つくだろうと判断しての忠告だ。

 赤い血色の瞳で瞬きもなく、周囲を見回す吸血鬼に笑いかけた。すっと差し伸べた右手に、シリルが軽く愁眉を寄せる。不審に思っているのだろう。

「おいで、シリル」

 足を踏み出したシリルへ差し出した手に、白い指が触れる。飛び込むように腕の中に身を投げた恋人を受け止めたライアンの目に、不吉な色の満月が映った。完全に満ちた月は滴る血のように赤く、血に飢えて狂った吸血鬼達を包む。

「……っ」

 牙を立てるシリルの唇が首筋にあたり、ついで溢れた血を啜る音が聞こえる。柔らかい黒髪に手を滑らせ、そっと背に腕を回した。

「……ぁ?」

 微かな問いかけに、激痛を耐えていたライアンが目を見開く。シリルの唇が血に染まり、再び小さく動いた。「ライアン」と名を形作った後、苦しそうに目を細めて己の体を抱き締める。震えるシリルに驚いて身を起こせば、噛まれた首筋と肩が痛んだ。
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