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第8章 赤い月の洗礼

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※吸血行為、流血表現があります。

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「……そっちは無事かぁ??」

 間の抜けた声で問いかけ、近くの大木に身を預ける。自力で立つのが精一杯の状態だった。どうせアイザックも似たり寄ったりだと判断し、ライアンは虚勢を張ることなく溜め息をつく。

「……ああ」

 かろうじて……といった感じの返事と同時に、彼も血塗れの手で前髪を掻き上げた。天を仰いだまま仰向けに転がるアイザックは、貧血に立ち上がる気力すら奪われている。自分より血が薄い友人を心配して、ライアンは崩折れそうな膝を叱咤して歩き出した。

 普段なら何てことはない、僅か数歩の距離が遠い。やはり首を中心に傷つけられた肌は、まだ血を流していた。人間なら疾うに黄泉路を辿って鬼籍入りしただろうが、不死の民ヴェネゲルの血を持つ彼らは死ねない。

 死なぬ体を傷つける吸血鬼達は、甘い血を浴びるように愉しんだ。致死に至るほど深く肌を引き裂き、溢れる血をすする姿は嫌悪より愛しさを呼び起こす。僅かな血を貰うことに脅え、戸惑う姿より美しく思えた。

 だが、傷つけられた傷は驚異的な速度で塞がる。ヴェネゲルの血が持つ特徴でもある治癒能力は、吸血鬼である彼らにとって苛立ちの一端を担うものだったのだろう。

 塞がった傷を再び爪で抉り、牙を突き立てた。死なぬ体とは言え、感じる痛みや感覚は人間と変わらない。繰り返される激痛と出血に意識を保つのがやっとだった。

「……少し分けようか?」

「大丈夫だ」

「強がりは起きて言えよ」

 遠慮するアイザックに笑って、彼のベルトからナイフを抜き取った。塞がりかけている傷をひとつ切り裂いて、彼の傷の上に垂らす。

 吸血行為より効率は悪いが、これでアイザックの中に流れるヴェネゲルの血は活性化する筈だ。しばらく待てば、彼の貧血も収まるだろう。ぐったりとアイザックの横に転がり、ライアンは再び溜め息をついた。

「……シリル達、まだ正気に戻ってなかったな」

 夜明けが近付くと、彼らは城へ戻った。その瞳は赤く染まったまま、全身を血に濡らしての帰城だ。自分達が弄んでいた獲物に見向きもせず、2人は踵を返した。

 無慈悲で残酷に美しい姿は、まだ赤い月の影響を受けていると知らしめるに十分だった。

「シリルがオレ達を遠ざけようとした期間は3日前後、つまりそのくらいは影響下ってワケだ」

 嬉しくもない計算をしてみせたライアンへ、苦笑したアイザックが顔を向けた。先ほどまでの青白い顔色が、だいぶ戻っている。

「ならば、もうやめるか?」
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