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第7章 吸血鬼の集う城

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「そのようなもの、望まぬ」

 一族中の尊敬と畏敬を集める当主の地位も、強大すぎる魔力も、権威の象徴である本城も……何もかも必要ないと言い切る。

「それでは……何なら……」

 必要とされるのですか? 問いかける吸血鬼の声は掠れて、緊張に乾いた唇が小さく動く。

 口角を引き上げて笑うシリルが手を差し伸べれば、隣に立つライアンが恭しく甲に唇を押し当てた。

「ライアンだ。これがいれば、お前は必要ない」

 それをどういう意味にとったのか。彼女の眼差しを見れば一目瞭然だった。餌を見つめるように、蔑んだ眼差しがライアンの顔へ向けられる。

 シリルが必要とするのは、ライアンの血。お前は餌で家畜に過ぎない。嘲笑する言葉を紡ぐ筈だった赤い唇は、しかしシリルの次の発言に声を失った。

「ライアンは我が半身、リスキアとアイザックは片腕だ。それらに比べれば、お前など塵に等しい。おのが立場を弁えるがいい」

 文字通り吐き捨てたシリルが足を踏み出す。衝撃に震える彼女の目の前を、存在すら無視して歩き出した。ライアンが気遣わしげな視線を送ったことさえ気づかない。

「シリル、言い過ぎだろう?」

「……おかしなことを言う。カヨコは分不相応な望みを抱き、お前とアイザックをリスキアと対立させようと画策した女だ。庇う意味があるのか?」

 足を止めないシリルの前に立ちはだかり、ライアンは床に片膝をついた。見上げてくる青紫の瞳の強さに、しかたなく立ち止まる。

「シリルが当主で、一族を率いる立場なのは変えられない。ならば、配下となる彼女らを庇護して導くのも役目だろう? そういう面倒が嫌いなのは知ってるが、出来ることをしないのは……罪だと思うけどな」

 諭すような言葉で、ゆっくり説明する。

 別にカヨコを庇ってやろうなどという傲慢な考えはなかった。彼女がどうなろうと構いやしないと思う。だが、これから一族を束ねるリスキアやアイザックの苦労を、シリルが否定することは許されない。純血種として生まれ育った以上、シリルには最低限の義務があるのだから。

 好意を向ける同族を踏み躙る権利など、誰も持たないのだ。

 呆然と見つめるカヨコを振り返り、物憂げな様子でシリルが溜め息をついた。

「ライアンに感謝しろ」

 まだ跪いているライアンの頬に指を滑らせ、立つように促す。

「処分はしない。今まで通り本城も任せよう。長老たるリスキアに従い、一族を盛りたてよ」

 命じる声に、カヨコは無言で頭を下げた。

 不相応な願いは叶わない。この美しくて傲慢で、どこまでも気高くある人を独占する夢は泡沫と消えた。だが、まだ彼の役に立てることがある。それだけで良かった。

 存在そのものを王に否定されたなら、貴族たる彼女の存在意義すら失われる。

「ライアン……」

 これでいいか? 尋ねる眼差しに、表情を和らげたライアンが頷いた。

 視線の先でカヨコが静かに頭を下げる。その顔に、嫌悪や憎しみの色はなかった。自分が恨まれるのも嫌われるのも構わない。だがシリルに拒絶された勢いで、彼女がシリルを憎みでもしたら……そう考えるだけでゾッとした。

 傲慢で我が侭な小悪魔、そんな印象を振りまきながらもシリルは真っ直ぐだ。他人からの憎悪を受け止めて生きるには、あまりに純粋すぎた。ましてや同じ一族なら、顔を合わせる機会も多いだろう。

 災いの芽を、育つ前に断つのも……恋人であり伴侶である自分の役目。ライアンはそう考えたのだ。

 伸ばされた手が首に絡みつき、苦笑しながら抱き上げてやる。甘える恋人の仕草に喜びを感じながら、ライアンは腕の中で微笑むシリルへ接吻けを贈った。
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