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82.寂しかったけど言えなかったの
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用意された料理を美味しく平らげ、最後に出されたお茶を飲みながら一息つく。メレディスを値踏みしていたシェンは、彼女なら大丈夫だと判断した。体は男性でも心が女性なら、女性として扱うべきだろう。宮殿でエリュの味方として、メレディスは最適の人材だった。
「メレディス、その気があれば宮殿で料理人をしないか? 料理長に話を通しておく」
「あら、それなら料理じゃなくて皆の衣装担当がいいわ」
シェンの提案に悩むことなく、メレディスは己の希望を伝えてきた。仕事の内容としては、まったく方向性が違う。しかし当人が希望するなら問題ない。忙しい侍女達に代わり、衣装や服飾品の管理を任せられるなら有難かった。
「給与は弾むぞ」
「期待してるわ。でも給与が低くても引き受けるわよ? だって、エリュちゃんやシェンちゃんを着飾らせていいんでしょう? 男の子の衣装も扱える上、リンカちゃんみたいに可愛いお嬢さんもいるし」
うふふと笑うメレディスに、全員が顔を見合わせた。
「分かってるのか? エリュ様は皇帝陛下だぞ」
リリンが眉を寄せる。友人相手に不敬だと騒ぐ気はないが、あまりに目に余る言動なら窘める必要があった。皇族の権威を保ち、舐められないために。
「分かってるつもりよ。この子達は王族やら皇族やら、神様までいるんだもの。誰も対等に扱ってくれないわ。あなたも含めて、ね……リリン」
友人だからこそ、間違いを正したいと思う。それはメレディスも同じだった。外部の目があるときは、きちんと敬称で呼ぶ。魔族の民として当然の振る舞いだ。しかし宮殿内や私的な街遊びで、堅苦しい扱いが相応しいはずがなかった。
危険が迫らない範囲なら、対等にバカを言い合って遊ぶ仲でも問題ない。メレディスに突きつけられた指摘に、リリンははっとした。心当たりがある。
一緒に過ごすとき、敬称で呼ばれて寂しそうな目をしたエリュ。陛下ではなく、エリュと呼んで欲しいと願ったあの日の声色。シェンに乗じた願いだが、あれはエリュの心の叫びだったとしたら?
「距離を置いたようで、寂しかったですか?」
質問したリリンの表情が曇る。座っていた椅子から飛び降りて、エリュは彼女の膝に抱き着いた。シェンの目配せに従い、膝の上に抱き上げる。届かない両手で背中まで包むようにしがみ付いたエリュが、リリンの顔を見上げた。
「お母さんがリリンで、お父さんがベリアルみたいだったらいいなと思ったの。もっと一緒にいたいけど、お仕事あるから我慢してた」
エリュ自身に公務はない。文官としての仕事はすべてベリアルが代行し、リリンは警護や軍の訓練に忙しかった。先代皇帝であるアドラメレクが殺害された影響で、魔族の上下関係が一気に揺らいだ時期だ。
今のように蛇神が共にあれば防げた反乱も、すべて力づくで押し潰した。武を司るリリンは隙を見せるわけにいかず、ベリアルも同様の状態だ。手が足りないと嘆くより、前を向いた二人を讃えるべきだろう。
「寂しい思いをさせてしまい、申し訳ありません」
「そうじゃないでしょ。ほら、もっと強く抱いて。砕けた口調で」
臣下の言葉で謝罪したリリンを、メレディスが叱りつけた。指示された通り強く抱き締める。
「次から寂しかったら呼んでね」
「うん」
歳の離れた姉のようなリリンへ、エリュは素直に頷く。感動的な場面であくびをしたナイジェルは、その直後にリンカの教育的指導の手刀が飛んだが……周囲の笑いを誘って終わった。
*********************
【新作】世界を滅ぼす僕だけど、愛されてもいいですか
https://www.alphapolis.co.jp/novel/470462601/174623072
愛の意味も知らない僕だけど、どうか殺さないで――。
「お前など産まれなければよかった」
「どうして生きていられるんだ? 化け物め」
「死ね、死んで詫びろ」
投げかけられるのは、残酷な言葉。突きつけられるのは、暴力と嫌悪。孤独な幼子は密かに願った。必死に生きたけど……もうダメかもしれない。誰でもいい、僕を必要だと言って。その言葉は世界最強と謳われる竜女王に届いた。番である幼子を拾い育て、愛する。その意味も知らぬ子を溺愛した。
やがて判明したのは残酷な現実――世界を滅ぼす災厄である番は死ななければならない。その残酷な現実へ、女王は反旗を翻した。
「私からこの子を奪えると思うなら、かかってくるがいい」
幼子と女王は世界を滅ぼしてしまうのか!
恋愛要素が少しあるファンタジーです(*ノωノ)
「メレディス、その気があれば宮殿で料理人をしないか? 料理長に話を通しておく」
「あら、それなら料理じゃなくて皆の衣装担当がいいわ」
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「給与は弾むぞ」
「期待してるわ。でも給与が低くても引き受けるわよ? だって、エリュちゃんやシェンちゃんを着飾らせていいんでしょう? 男の子の衣装も扱える上、リンカちゃんみたいに可愛いお嬢さんもいるし」
うふふと笑うメレディスに、全員が顔を見合わせた。
「分かってるのか? エリュ様は皇帝陛下だぞ」
リリンが眉を寄せる。友人相手に不敬だと騒ぐ気はないが、あまりに目に余る言動なら窘める必要があった。皇族の権威を保ち、舐められないために。
「分かってるつもりよ。この子達は王族やら皇族やら、神様までいるんだもの。誰も対等に扱ってくれないわ。あなたも含めて、ね……リリン」
友人だからこそ、間違いを正したいと思う。それはメレディスも同じだった。外部の目があるときは、きちんと敬称で呼ぶ。魔族の民として当然の振る舞いだ。しかし宮殿内や私的な街遊びで、堅苦しい扱いが相応しいはずがなかった。
危険が迫らない範囲なら、対等にバカを言い合って遊ぶ仲でも問題ない。メレディスに突きつけられた指摘に、リリンははっとした。心当たりがある。
一緒に過ごすとき、敬称で呼ばれて寂しそうな目をしたエリュ。陛下ではなく、エリュと呼んで欲しいと願ったあの日の声色。シェンに乗じた願いだが、あれはエリュの心の叫びだったとしたら?
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今のように蛇神が共にあれば防げた反乱も、すべて力づくで押し潰した。武を司るリリンは隙を見せるわけにいかず、ベリアルも同様の状態だ。手が足りないと嘆くより、前を向いた二人を讃えるべきだろう。
「寂しい思いをさせてしまい、申し訳ありません」
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「次から寂しかったら呼んでね」
「うん」
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